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生三十三話 その包丁の前では魔女も女になる

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(うわぁ……やり過ぎたかも)

 峰打ちだったとしても、頭から血が流れたらアウトだ。
 病院に連れて行って、色々検査してもらわないといけない重傷だ。

「えっ?」

 ラナ男を心配していると、頭と左足の脛辺りから白い湯気が昇り出した。
 頭の出血が止まり、紫色に膨れた左足の腫れが消えていく。
 まさかと思った時には、ラナ男の身体がピクリと動いた。

「ゔぅ……」
「なあっ⁉︎」

 急いで二歩、三歩と後ろに跳び下がった。
 バンダナ姉さんからもっと詳しい話を聞くべきだった。
 吸血鬼やゾンビみたいな回復力があるなんて聞いてない。
 こんな不死身ゾンビ野朗を倒す自信なんてない。
 首を切り落とすか、心臓に木の杭を打ち込んで殺すべきだ。

「ゔぅ……うぁぁ……」

 包丁大を構えて待っていると、呪いの幽霊みたいにラナ男がカクカク立ち上がった。
 倒せないなら拘束するしかないけど、鉄枷の鎖を普通にぶち壊す怪力ゾンビだ。
 冷凍庫に閉じ込めても、蓋閉める前に蓋が壊されそうだ。

 だったらやる事は殺すか、回復できなくなるまで痛め付けるしかない。
 もちろんやるのは後者に決まっている。

「…………」
「んっ?」

 ドォーン。

「——うわあ‼︎」

 無言で右手を向けたと思ったら、即座に小さな火の球を撃ってきた。
 反射的に包丁大を振り回して、炎の球を打ち壊した。
 動きがキレキレだ。やっぱりあの薬の効果有ると思います!

「あの野朗ッ~! ——って‼︎」

 怒っている暇もなかった。次の火の球を撃ってきた。
 そんな初級魔法みたいな攻撃で私を倒せると思うなよ、だ。
 包丁大を再び振り回して、火の球を打ち壊した。
 やっぱりマグレじゃない。私の実力が上がっている。

(よし、必殺技を使おう!)

 最後の望みはこれしかない。壊せるなら避けずに壊してやる。
 すでに一つ目の文字が刀身に少し現れている。

「フゥッ、ハァッ!」

 壊せるものは壊す、壊せないなら避ける。ラナ男が左手も向けてきて、炎の球を左右で連発してきた。
 とにかく一定の距離を保って、世にも奇妙な打者移動式バッティングセンターを続けるしかない。
 この炎の球を壊すと意外と刀身の文字が増えてくれる。一文字目が完成して、二文字目が始まった。

「アアアアアッッー‼︎」
「くっ!」

 遊びは終わりみたいだ。ラナ男が炎の球から炎の波に切り替えた。
 左右の手を縦横斜めに振り回して、回避不能の連続の炎波がやって来た。
 スライディングでもジャンプでも通れる隙間が一つもない炎の波壁だ。

 ここで包丁をフライパンに変えて、せっかく溜めた必殺技ポイントを消したくない。
 火の球が壊せるなら、この包丁大を今だけは斬鉄剣、斬炎剣だと思うしかない。
 私なら切れる。切るしかない。
 包丁大を垂直に振り上げ、やって来る横横斜めの三段波に構えた。

「生きる!」

 死ぬには私は若過ぎる。願いを込めた一撃を振り下ろした。

 ——ズパァン‼︎

(マ、マジか⁉︎)

 私が言ったらいけない台詞だけど、マジかだ!
 炎の波三連撃が刃に切られて消滅した。信じられない現象だ。
 包丁で炎は切れない。切った事ないから分からないけど、多分切れない。

「うああッッ!」
「よ、よぉーし」

 だけど、確かめる方法ならある。ラナ男が追加の波を飛ばしてきた。
 この十字の二連撃を切れれば、切れるの確定だ。
 切っ先を左下斜めに向けて、左足の横に構えると、左下から右上に包丁を振り上げた。

 ——ズパァン‼︎

(当たったぁー‼︎)

 予想的中だ。十字の中心を切り裂くと、風船みたいにパァンと割れて消え去った。
 間違いない。この包丁は魔法も切れる万能包丁だ!

 ♦︎百合神視点♦︎

「……ふぅ、やっと気付いたか。その通り、その包丁に宿る聖なる力の効果だ。その包丁の前では魔女もただの女に戻る。バンダナ姉さんとの百合百合プレイは失敗したが、まだ、親娘同時百合攻略が残っている。ルカよ、もう失敗は許されないぞ。さあ、お前の百合力を私に見せてくれ」
 
 ♢

「エイッ! ヤアッ!」

 もう炎は怖くない。形勢逆転だ。飛んでくる炎の波を切って切って切りまくる。
 空振りして炎が当たったらヤバいけど、幅一メートルのデカイ波を空振りなんてしない。

 ドォーン。

(——でしょうねえ!)

 波を切ったら、球が飛んできた。私でもそうすると思う。
 球を避けると、球球がいっぱい飛んできた。
 質より量に切り替えたみたいだけど……それ最初に通じなかった攻撃ですよ。

「ひょお、ひゃい!」

 切れない球は避けるに決まっている。
 だけど、避ければ当然私の後ろに飛んでいって、後ろの何かにぶつかる。
 壁や地面はいいけれど、人に当たるのは駄目だ。犠牲者が出る前に決着をつけたい。
 
(あとちょっと何だけど……)

 刀身に現れた文字を確認するけど、最後の三文字目がまだ完成してない。
『乱切り』『微塵切り』と同じなら、おそらく三文字で完成する。
 でも、完成しても使うには覚悟がいる。使えば必ずラナ男が死んでしまう。
 それだけ強力な切り方だ。
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