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生三十一話 じゃあ本気出そうかな?

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「ゔっ……!」

 ラナ男が両手をバンザイして頭上への振り下ろしは鎖で防がれたけど、左脇腹への振り払いが命中した。
 ラナ男は反射的な反応は速いけど、それ以外は大した事ない。バンダナ姉さんの方がまだ速かった。
 これなら炎を警戒せずに、包丁二刀流でデタラメな滅多打ちした方が素早く行動不能に出来るはずだ。

「うああああ~!」

 焼きたきゃ焼けだ。左右の手をデタラメに振り回して、ラナ男の上半身を強襲した。

「ずぅ……ゔっ……」

 右、左、斜め、垂直の包丁の軌道が、ラナ男の身体を太鼓のように叩きまくる。
 これが峰打ちじゃなければ、ラナ男はもうすでに血だらけ状態だ。

「ゔっ……アアアアアアツツ‼︎」

 ——ボォフン‼︎

 やっぱり来た。黙って太鼓になるつもりはなかった。
 いきなり絶叫すると、目の前で炎が打ち上げ花火のように爆発した。

「チィアッ‼︎」

 両腕を素早く顔の前にバツ十字に構えて、顔だけは守った。
 すぐに身体が後ろから引っ張られるように吹き飛ばされて、また扉を通って台所まで飛ばされてしまった。

「痛っぅぅ、あと少しだったのに……」

 やっぱりそこまで痛くない。吹き飛ばし特化の攻撃みたいだ。
 すぐに立ち上がって、ラナ男の部屋を見た。
 バンダナ姉さんみたいに切っ先で滅多刺しすれば、すぐに倒せるのに生け捕りは難しい。
 睡眠薬を無理矢理飲ませるか、塗るタイプの痺れ薬とか毒薬を包丁に塗って軽く切りたい。

「くっ!」

 だけど、もう近づく事も許されないみたいだ。ラナ男がベッドから降りて立ち上がった。
 両手の手の平を私に向けて、手の平に赤い炎の塊を作り出している。間違いなくアレが来る。

(外に出すのはマズイよね)

 ちょっとだけ扉を見てしまった。
 外に逃げるのは簡単だけど、前みたいに住民達を焼き殺されたら困る。
 頑張って助けても、殺人犯になったらよくて牢屋暮らし、悪ければ死刑だ。
 この部屋で決着をつけるしかない。

 ボォン!

 予想通り炎が手の平から噴き出し飛んできた。
 狭い左よりも広い右に逃げた方が良さそうだ。台所の右側に素早く移動した。
 私が立っていた所の後ろの壁に炎がぶつかり弾け飛んだ。

「ふぅー……よし!」

 ゆっくり息を吐き出して、気持ちを切り替えた。
 冷静に落ち着いて油断せずにだ。私ならやれる。やれるはずだ。
 両手の包丁を構えて、ラナ男の部屋が見えるさっきの位置に慎重に戻っていく。
 部屋の中が見えた。ラナ男が見えた。こっちを見て立っている。
 近づいたら間違いなく炎を撃ってくる。でも、近づかなければ倒せない。
 
(あれ、もしかすると会話できるんじゃない?)

 私とした事が倒す前提で動いていたから、肝心な事を忘れていた。
 人間同士なんだから、まずは争わずに対話するのが大切だった。
 争いからは何も産まれない。優しさこそが人と人を繋ぐ架け橋なんだ。

「もうやめようよ。こんな事やっても、誰も幸せにならないよ……」

 儚げな表情で右手で髪をかき上げた。
 有紗相手ならこの一撃でキュン死のダメージを与える事が出来た。

「あの子はどこにいるの!」
「うわあ‼︎」

 会話と攻撃は同時にやってはいけない!
 飛んできた返事と炎を右に跳んで避けた。
 また炎が壁にぶつかり、木壁が黒く焼け焦げ半壊している。
 次かその次で炎が外に飛び出そうだ。

「ふぅ……あの子ってペトラの事?」
「どこにいるのよおー!」
「にゃあ!」

 駄目だ、会話にならない!
 こっちは儚げな表情で冷静に話そうと努力しているのに、一方通行の返事と炎が飛んでくる。
 しかも、今の炎で壁が壊れて人が通れる丸い出入り口が出来ている。
 こんなの出来たら住民とベレー帽兵士が覗いちゃうよ!

「ふぅ……仕方ない」

 開いている丸穴じゃなくて、普通に扉から外に出た。
 諦めと臨機応変な対応は大事だと思う。
 あのまま部屋で戦っていたら、飛び出た炎が気になった人がやって来ていた。
 こうやって外に出れば『近づくな!』と注意できるというものだ。

「何だ今のは⁉︎ また喧嘩か⁉︎」

 ほら、すぐにベレー帽兵士が六人も走ってきた。
 私を半円形に囲んでいるのは、捕まえる気満々だからだろう。
 だから、穴の方を包丁の切っ先で指して教えてあげた。

「家の中に魔女がいて暴れています。近づくと危ない——」
「逃げろおー‼︎ 魔女だ‼︎ 魔女がいるぞ‼︎」
「死にたくねえー‼︎ 死にたくねえよおー‼︎」
「…………」

 逃げろとは言ってない。壁の丸穴を覗き込んだ瞬間にベレー帽兵士が叫び走り出した。
 住民を命懸けで助けるのが仕事なんだから、死にたくねえは絶対言ってはいけない。

「まったく……」

 臆病者の兵士に呆れつつ、丸穴の中を覗いてみた。

 バァキン!

「あっ……」

 私も死にたくねえと逃げ出したくなった。
 台所までやって来たラナ男が普通に手枷の鎖を引っ張り千切った。
 まるで邪魔だと言わんばかりに足枷の鎖まで引っ張り千切った。

(もしかして……さっきまで本調子じゃなかった?)

 多分、この嫌な予想は正解だ。
 動きは速かったけど、炎の爆発の威力は低かった。
 つまり本気になったと言うわけだ。

「……じゃあ、仕方ないよね。私も本気出そうかな?」

 ごめんなさい、超強がりです。最初から超本気です。
 だけど、この強がりを本当にしないと勝てそうにない。
 ポケットの中から黒い飴玉を取り出した。使うなら今しかない。
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