上 下
54 / 84

生六話 さん、じゃねえよ。ちゃん、だろうがあー‼︎

しおりを挟む
「そう落ち込む事ないですよ。プロでもたまに間違う事もありますから」
「くぅぅぅ!」

 床の雑草と毒草を布袋に詰め込んでいると、笑顔で店長が言ってきた。
 ペトラの所為でバンダナの息子バンから、バンダナの息子バカになってしまった。
 もうこの店には二度と買い物に来ない。別のもっと良い薬屋を探してやる。

「すみません、床を汚してしまって。でも、ペトラがあれが薬草だと言ったので、俺はそれを信じただけです。俺が間違ったわけじゃないですからね」

 床を雑草についていた土で汚してしまったので、ムカツクけど頭を下げて謝った。
 でも、勘違いしてもらったら困る。私はペトラに騙された被害者だ。

「ペトラさんが? はぁぁ、そんなわけないでしょう。自分の失敗を人の所為にするのは駄目ですよ」
「いやいや、本当ですって! ペトラが臭い匂いの草は全部薬草だって言ったんです!」
「ペトラさんがそんな事言うわけないです。いい加減な嘘はやめていただきたい。ペトラさんは立派な大人の女性です。そんな子供みたいな嘘吐きませんよ」

 キチンと否定しているのに、コイツ全然信じていない。
 ペトラの信用度が異常に高い。私の方が歳上の大人の女だ。
 子供に完璧に騙されたけど、ペトラよりも胸ないけど、歳上の大人の女なんだ。
 これだけは確かだ。

「本当ですって! ペトラが——」
「はいはい、分かっています。お金が足りないんですよね? 銀貨七枚です。道草拾っているような、あなたのような人が持っているとは思っていません。まったくペトラさんも付き合う人は選んだ方がいいのに……まあ、お隣さんならそれも難しいですね。ラナさんが亡くなるまで待つつもりでしたが、これは結婚を急いだ方がいいかもしれませんね」
「くぅぅぅ!」

 拳を握り締めたけど、殴りたいけど、大人だから我慢する。
 店長が私の話を聞かずに勝手に素行の悪い隣人に決めつけた。
 お金なら金貨持っている。ペトラと同じ貧乏人じゃない。

(えっ、結婚……? ラナさんが亡くなるまで?)

 馬鹿な貧乏人だと思われたのも凄く気になるけど、もっと気になる事がある。
 店長の話を要約すると、この店長とペトラがラナさんが亡くなったら結婚する予定になっている。
 歳の差三十はありそうな歳の差婚だ。オジ様好きの私が言いたくないけど、結婚する男は選んだ方がいい。
 前髪上げても絶対イケメンじゃないし、性格悪くて上から目線だ。束縛DV旦那確定だ。

 しかも、十年か二十年後には介護までしないといけない可能性がある。
 今まで苦労してきたペトラが、さらに人生を棒に振るうような真似を見過ごす事は出来ない。
 神父が訊く前に、この結婚に異議を唱えるに決まっている。

「結婚って……まだ早過ぎるでしょ。ペトラは十二歳ですよ。薬草と毒草の違いも分からない子供に結婚は早過ぎます。ペトラと結婚するなら、最低でも二十歳を過ぎて、大人の考えが出来るようになった後でも遅くないですよ」

 子供相手にいい大人が情けない、そんな感じの呆れた顔で言ってやった。それなのに……

「ペトラさんは充分に大人です」

 またこれだ。苦労したから、同い年の子供よりも少し精神的に大人になっていたとしても子供は子供だ。
 そんな子供にお母さんが亡くなったら、僕が面倒見ますから結婚しましょう。安心していいですよ……
 みたいな事を言う大人の方がどうかしている。言ったかどうか知らないけど、そう言ったはずだ。

「思わず撫で回したくなる細長い手足に、小さく膨らんだ胸とお尻。栗色の傷んだ長い髪は私の作った洗髪剤で、私の手で綺麗にしてあげたくなる。あのボロボロの安い服も綺麗で可愛い物に変えなくては。笑顔が素敵な私の天使には似つかわしくない物だ——」

 ゾクゾクゾク‼︎

(ひいいい‼︎)

 恍惚の表情で語り出した店長の所為で、お尻から背筋に向かって恐ろしい寒気が走った。
 私とした事が油断した。精神的に大人扱いしてるんじゃなくて、肉体的に大人扱いしていた。
 道理で若い女の子が好きそうな店の外観だと思った。この店長、ゴキブリ(ロリコン)だ‼︎

「嫌あああーッ‼︎」

 左胸から包丁小を取り出し、高速でフライパンに変えると、目の前のゴキブリの顔面を叩き潰した。

 グシャァ‼︎

「はぐぅ……‼︎」
「死ね死ね死ね死ね死ね死ねえー‼︎」
「ハグっ、ハグっ、ハグっ、ハグっ……‼︎」

 床に倒れたゴキブリの顔に、さらにフライパンの底を何度も叩きつける。
 ゴキブリはしぶといから容赦したらいけない。

 パシィ‼︎

「ひいいい‼︎」

 ほら、言った通りだ。顔面を叩かれながらも、フライパンを振り下ろす私の両腕を掴んで止めた。

「ハァハァ、ハァハァ、この細くてスベスベの肌……あなたもしかして女の子ですか?」
「い、嫌あああーッ‼︎」

 普通に二の腕を撫で回された、
 気持ち悪さに失神する前に右腕を振り上げ、ゴキブリの顔面に殺す気で打ち込んだ。

「にゃああッ‼︎」
「ごべえっ……‼︎ はぐぶぅ、はぐぶぅ……‼︎」

 何度も何度も何度も打ち込んだ。このゴキブリは生きてていいゴキブリじゃない。
 社会的な抹殺じゃ足りない。完全に始末しないと安心して街で暮らせない。

「ハァハァ、ハァハァ! さんじゃねえよ……『ちゃん』だろうがあー‼︎」

 床から立ち上がると、半殺しにしたゴキブリを見下ろし言ってやった。
 小さな子供をさん付けする奴はとにかくゴキブリだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【三章開始】だからティリアは花で染める〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花で依頼を解決する〜

花房いちご
ファンタジー
人間の魔法が弱まった時代。強力な魔法は、魔法植物の力を染めた魔道具がなければ使えない。しかも、染めることが出来る者も限られていた。 魔法使い【ティリア】はその一人。美しい黒髪と新緑色の目を持つ彼女は、【花染め屋(はなそめや)】と名乗る。 森に隠れ住む彼女は、訪れる客や想い人と交流する。 これは【花染め屋(はなそめや)】ティリアと、彼女の元を訪れる客たちが織り成す物語。 以下、はじまりの章と第一章のあらすじ はじまりの章 「お客様、どうかここまでたどり着いてください」 主人公であるティリアは、冒険者ジェドとの会話を思い出していた。それは十年前、ティリアがフリジア王国に来たばかりの頃のことで、ティリアが花染め屋となったきっかけだ。ティリアは懐かしさに浸りつつ、夕焼け色の魔法の花で花染めの仕事をし、新しい客を待つのだった。 第一章 春を告げる黄金 「冬は去った。雪影女王、ラリアを返してもらうぞ」 イジスは、フリジア王国の宮廷魔法使いだ。幼馴染の商人ラリアが魔物に襲われ、命の危機に陥ってしまう。彼女を救うためには【最上級治癒】をかけなければいけないが、そのためには【染魔】したての魔道具が必要だった。 イジスはジェドや古道具屋などの助けを得つつ、奔走し、冒険する。たどり着いたのは【静寂の森】の【花染め屋】だった。 あらすじ終わり 一章ごとに話が完結します。現在五章まで完成しています。ざまぁ要素が特に強いのは二章です。 小説になろう様でも【花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜】というタイトルで投稿しています

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

家族から虐げられるよくある令嬢転生だと思ったら

甘糖むい
恋愛
目覚めた時、ヒロインをめぐってエルヴィン王子とソレイユ辺境伯が織りなす三角関係が話題の新作小説『私だけが知っている物語』の世界に、エルシャールとして転生してしまっていた紘子。 読破した世界に転生した―ーそう思っていたのに原作にはなかった4年前から話しは始まってしまい…… ※8/2 内容を改変いたしました。変更内容並びに詳細は近状ボードをご覧ください。

子供部屋おばさんのチューニング

春秋花壇
現代文学
「子供部屋おばさん」とは、成人になっても実家から離れずに子供のころから使っていた実家の部屋で暮らす独身男女のことです。20代から30代前半くらいまでは「パラサイトシングル」と呼ばれています。 子供部屋おばさん17年。社会復帰を目指します。 しかも選んだ職業は、保険のセールスレディ。 そんなの無理に決まってんじゃんという自分と やってみなきゃわかんないじゃんという自分のデスマッチ。 いざ勝負!

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

悪役令嬢に転生したおばさんは憧れの辺境伯と結ばれたい

ゆうゆう
恋愛
王子の婚約者だった侯爵令嬢はある時前世の記憶がよみがえる。 よみがえった記憶の中に今の自分が出てくる物語があったことを思い出す。 その中の自分はまさかの悪役令嬢?!

処理中です...