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再二十三話 ドチビを助ける呪い

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 残り二振り。乱切りは合計三振りで十五回も切りつけてくれる。
 右手の包丁を斜め下、真横と連続で二回振り回した。
 弾き飛ばされた包丁も空中で方向転換して、再びバンダナに向かっていく。

「舐めんじゃないよ‼︎ オラッッー‼︎」
「ああッ!」

 それなのにバンダナが木製テーブルの脚を片手で掴んで包丁達に振り回した。
 包丁達がテーブルの台にバシィバシィ叩き落とされていく。
 テーブルをタオルみたいに軽々振り回して、私の乱切りが全て防がれてしまった。
 火事場の馬鹿力ババアめ。

「よっこせえ! ハァハァ、同じ技が通用するとでも思ったのかい! 舐めんじゃないよ!」

 ドォスンとテーブルが逆さまに床に力強く下された。
 バンダナの息が乱れているけど、こっちは絶体絶命のピンチだ。
 再び覚悟を決めると包丁を左腕に当てた。

「ぐぅあああ‼︎」

 痛い‼︎ 凄く痛い‼︎
 死ぬのは怖くないけど、痛いのはやっぱり怖い。

「ああ、そういう事かい‼︎ 包丁で何か切らないと今のは使えないんだねえ‼︎ だったらさせないよ‼︎」

 バンダナに気づかれた。
 これ以上切らせないと、テーブルの脚を掴んで投げつけてきた。
 咄嗟に出口扉とは逆方向、部屋の奥に跳んで避けた。

「喰らいな!」
「——ッ! フ、フライパン‼︎」

 テーブルを避けて一安心していたのに、テーブルの陰からバンダナが飛び出てきた。
 急いで解れた緊張の糸を引き結んで、包丁に命じた。
 左右の包丁が光り、両手にフライパンが現れた。一つでいいのに二つも現れた。

「やっぱりね! あんたの魔法は『金属の形状変化』じゃなくて『金属生成』だね! 何もない所から包丁が出せるなら、形状変化よりも上位の魔法になる。それに特殊な追加効果もあるってんだから、まったくいくらで売れるか楽しみだよ!」

 だったら棍棒振り回すな!
 嬉々とした表情でバンダナが棍棒を振り回してくる。
 両手のフライパンで棍棒を受け止め、防御に専念する。

 だけど、包丁と違ってフライパンに光る文字は現れない。
 片方を包丁に戻して、フライパンを切って、乱切りの文字が現れるか確かめたい。
 それで現れるなら包丁二本を切り合わせれば、乱切り使い放題になる。

「どおりゃー!」
「ぐがぁぁ……!」

 だけど、今はそんな時間も暇もない。
 防御したのに棍棒のフルスイングに身体が壁まで吹き飛ばされた。
 フライパンで防御しても、腕が棍棒の力に負けてしまう。
 何度も受け止め両腕がプルプル震えて力が入らない。

「もう限界なんだろ? その出血に怪我。そろそろ諦めな。死んじまうよ」

 ……諦める? 諦められるわけないよ!
 弱気になるのも弱くなるのも駄目だ。二つのフライパンに包丁に戻るように命じた。
 フライパンが輝き、包丁に変化していく。防御が無理なら攻撃あるのみだ。

「やれやれ。馬鹿は死ななきゃ治らないって言うけど、こっちは死なれたら困るんだよ。いいかい、よく聞きな。あんたのその強い思いは『呪い』なんだ。魔女として生き返ると、生前の未練や後悔が強く残る。あんたのは典型的な『誰かを助けられなかった後悔』だね。過去に囚われずに未来を見な。反抗的な態度だと奴隷扱いするしかないよ」

 攻撃をやめてバンダナが優しく提案してきた。
 飴と棍棒で私が言うこと聞くと思っているなら大間違いだ。
 もうお前の言う事なんて信じない。

 でも、『呪い』には少し心当たりがある。夏帆の野朗だ。
 有紗に転ばされて助けを求める夏帆を置き去りに逃げてしまった。
 夏帆の奴が私に『ドチビを助ける呪い』をかけた可能性がある。
 間違いない。あの女なら猫スマホを盗られた怨みで異世界まで呪いを送ってきそうだ。
 エロ爺にスマホ売ったのがバレたら更に怨まれる。

 ギギギギィィィ‼︎

 まあ、呪いだろうと何だろうと関係ない。全部切ってやる。
 二つの刃を合わせると擦り合わせた。石の地面を削るような音が鳴る。

「……はぁぁ、あくまでも反抗するってかい。仕方ないねえー。後悔するんじゃないよ。私が一から調教してやるよ!」

 バンダナが諦めて向かってきた。
 包丁の刀身に文字は現れない。この方法は使えないみたいだ。
 別の手を考える必要があるけど、何かを包丁で切るしかない。
 それ以外の方法で勝てそうな手はない。とにかく避けて攻撃するしかない。

「まったく人が親切で教えてやってんのに。あんたもペトラみたいに殺されたいのかい?」

 ジリジリと追い込むように、ゆっくりとした動きでバンダナが詰め寄り言ってきた。
 逃げ場は何処にもない。外への出口は塞がれている。ラナさんとペトラの部屋に逃げても行き止まりだ。
 
「くぅっ、ペトラは関係ないでしょ!」
「ヒィヒヒヒ! いいや、あるねえ。生前の未練や後悔って言っただろ。ラナはペトラを愛していたけど、それ以上に憎んでいたんだよ。邪魔で邪魔で仕方なかったんだ。『あの子さえいなければ、私は幸せになれるのに』……とか思ってなければ、あんな風に殺せないよ。まったく羨ましいよ。今のラナは世界で一番幸せで自由な女になったんだから」
「巫山戯んな、ババアーッ‼︎」

 安い挑発にキレてしまった。遊びで親子をやる人間なんていない!
 両手の包丁をがむしゃらにバンダナに振り回した。

「ほらほら、当たんないよお! ラナみたいに一発で綺麗に当ててみな!」

 くぅぅぅ、ムカつくババアに掠りもしない。最低限の軽い動きで避けられている。
 私が疲れて動けなくなるのを狙っている。出血と疲労で倒れるのも時間の問題だ。
 早く勝負を決めないと。
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