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再十五話 病人にはすり下ろしリンゴ

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「ルカ先生、ありがとうございます。これでお母さん助かるんですね」

 家までの帰り道、期待に胸を膨らませたペトラがお礼を言ってきた。
「そうだね」と一応返事したけど、可能性があるだけで、失敗する可能性もある。
 否定おじさんの言う通り、命を縮めるだけで終わるかもしれない。

 そうならないように私も頑張るけど、結局最後は神頼み。運任せになってしまう。
 無力で無知な自分が嫌になるけど、自分をどれだけ嫌いになっても何も変わらない。
 今の私に出来る精一杯の事をやるしかない。

「コラッ、ペトラ‼︎ 遅くまで何処行ってたんだい‼︎」

 決意を胸にペトラの家に辿り着くと、玄関扉の前にバンダナさんが仁王立ちで待っていた。

「ごめんなさい、ナヨンおばさん! でも、お母さんの病気が治るかもしれないんです!」
「……えっ? それは本当かい?」
「はい、このルカ先生が治してくれるそうです!」

 ペトラがバンダナさんに駆け寄り謝ると、私の事を自信たっぷりに紹介してくれた。
「どうも」と軽く会釈して挨拶したけど、これで失敗したら往復ビンタじゃすまされない。

「へぇー、あんた医者かい?」
「え、ええ、見習いですけど……」
「へぇー、見習いねぇー。まあ、何だっていいよ。ちゃんと治してくれるならね」

 やっぱり怪しんでる。誰が見ても私って怪しい女に見えるみたいだ。
 でも、医者だと名乗っているから怪しく見えるだけで、宿屋の店員だと名乗れば普通に見えるかも。
 つまり私は怪しい女じゃない。多分だけど。

「ペトラ、リンゴとコップを用意してもらっていい?」
「はい、いいですよ。今持って来ます」

 家に入るとペトラにお願いしてみた。
 ペトラが応えるとラナさんの部屋に入っていった。

「はい、どうぞ」
「ありがとう。すぐに用意するからお母さんを起こして待ってて」
「はい、分かりました」

 部屋から戻ってきたペトラからコップと籠に入ったリンゴを籠ごと受け取った。
 錠剤をそのまま口に突っ込むのが一番手っ取り早いけど、それは料理人のプライドが許さない。
 ここは『回復すり下ろしリンゴ錠剤』の出番だ。すり下ろしたリンゴと叩き潰した錠剤で簡単に作れる料理だ。

「ちょっとあんた、一体何するつもりだい?」

 石台を上着の袖で綺麗に拭いていると、バンダナさんが訊いてきた。
 ペトラがいなくなったからかもしれない。

「薬を作るんですよ。黙ってみててください」
「薬ねぇー……」

 説明するのも面倒だから、簡単に答えて、左胸から包丁を取り出した。
 まずは買ったばかりの魔力消し薬と回復薬が入った瓶を石台の上に置いた。
 瓶から錠剤を石台にばら撒くと、包丁の腹に体重を乗せて砕いていく。
 砕いた後はコップの四分の一ぐらいまで入れていく。

 まずは慎重にちょっとずつ飲ませて様子見だ。
 薬の過剰摂取で死ぬ事もあるから当然の処置だ。
 あっ、今の医者っぽいかも♪

(うーん、すりおろし器があると便利なんだけどなぁ~)

 店を探し回ればあるかもしれないけど、そこまで必要な物じゃない。
 すり下ろしリンゴは諦めて、微塵切りリンゴに変更すればいい。
 細かく切って、ラナさんの部屋の水差しの水を加えればギリ飲めるはずだ。

 石台にリンゴを置いて、まずは半分に切って、半分に切ったものをまた半分に切る。
 四等分されたリンゴを並べて、包丁の峰に左手を乗せて、どんどん押し切っていく。
 この時、リンゴの皮を剥く必要はない。皮に栄養があるからだ。

「……ふぅー、完成っと! ペトラー、用意できたよぉー!」

 コップ半分の高さまで、錠剤とリンゴで埋め尽くした。
 あとは水を加えるだけだ。

「ちょっと待ちな‼︎ まさかそれで完成じゃないだろうね⁉︎」

 バンダナさんが信じられないといった顔で訊いてきた。もちろん水を加えるに決まっている。
 でも、飲まずに食べたいのなら水を加える必要はない。そこはラナさんにお任せする。

「もちろんです。水を加えて飲みやすくしますよ」
「水ゥ⁉︎ 水って、あんた‼︎ ちょっ、ちょっと待ってな‼︎ 私が戻るまで絶対に飲ませるんじゃないよ‼︎」
「えぇー」

 こっちは急いでいるのに困ったものだ。バンダナさんが家から飛び出していった。
 三分待って戻って来なかったら、ラナさんに飲ませよう。
 多分、一回じゃ効果は出ない。三回ぐらいは飲んでもらわないと。

「ハァハァ! 待たせたね!」

 二分も経たずにバンダナさんが戻ってきた。
 手にはビール瓶みたいな茶色い瓶を持っている。

「水を加えるぐらいなら、この酒を混ぜな! 多少は誤魔化せるから!」

『何を?』と聞かなくても分かる。味に決まっている。
 バンダナさんから酒瓶を受け取ると、コルク栓を引き抜いて、グビィと味見した。

(うーん、日本酒に近いかな?)

 もちろん飲んだ事はない。
 間違って、自動販売機で売られているカップ天然水(酒)を飲んだ事があるぐらいだ。
 あれを飲むぐらいなら、チューハイの方が安くて美味しい。

(まあ、これならいいかな)

 せっかく持ってきたんだから、遠慮なく使わせてもらおう。
 残った分は私が預からせてもらう。
 コップの中に酒を溢れないように注いで、指を突っ込んで掻き回していく。
 よーく混ぜ込んで、緑色の液体が完成した。

「うぇっ」

 指をペロッと舐めてみたけど、苦い味しかしなかった。
 この程度の不味さなら余裕で飲めるはずだ。
 
「ふぅ~、これで大丈夫だね。ほら、さっさと飲ませに行くよ!」
「……」

 完成品を見て、何故かバンダナさんの方が安心している。
 まあ、失礼おばさんの言葉をいちいち気にしたら終わりだ。
 このリンゴ酒を失礼なお口に無理矢理流し込まずに、ラナさんの部屋に急ぐとしよう。
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