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再十二話 黒い制服の医者見習い

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(よし、誰もいない)

 扉を慎重に開けて、外を確認した。坊主は街の出入り口に向かったようだ。
 とりあえず倒したキス魔は布袋を結んで繋げて、手足を縛り上げた。
 これでもう邪魔は出来ない。私は優しいから殺すのは勘弁してあげる。

「さてと、魔力消し薬を手に入れないと」

 可能性は低いけど聖女に頼らない治療方法がある。赤髪剣士が話してくれた方法だ。
 多分、ラナさんが亡くなったのは、深夜から早朝の間だと思う。
 バンダナさんがペトラが帰るのをラナさんが頑張って待っていたと言っていた。

 だとしたら、制限時間は今日の深夜0時ぐらいになる。
 その前に大量の魔力消し薬を飲ませれば、助けられる可能性がある。
 そうと決まったら、まずはラナさんに薬を飲んでもらう為に協力者が必要だ。
 その協力者の家に急いで向かった。

(……やっぱり)

 本日二度目の張り込みだ。
 汚トイレの扉の隙間からペトラの家を見張っていると、ペトラが帰ってきた。
 周囲をキョロキョロ警戒している。変な人がいないか探している。
 下手に出て行けば、変質者として通報される。
 だけど、ここは変質者じゃないと堂々と出て行ってアピールだ。

「こんにちは、いい天気だね」
「あっ⁉︎ どうして!」

 夜には雨降るけど、今はいい天気なので晴れ晴れとした笑顔で挨拶してみた。
 ペトラはやっぱり私の事を覚えていたようで、私を見てビックリしている。

「ああ、怖がらなくても大丈夫。私は医者見習いのルカ。さっきの先生にお母さんの治療を任されたんだよ」
「えっ! 本当ですか!」
「うん、本当だよ。だから安心して」

 悲鳴を上げられて、バンダナさんからまたビンタされる前に偽(自己)紹介した。
 超嘘だけど、信用されるにはこれしかない。予想通り警戒していたペトラの顔がパァッと明るくなった。

「良かったぁ~。それで家まで追いかけて来たんですね。すみません、悪い人だと勘違いしてしまいました。もう一人の方はどうしたんですか?」
「えっ?」

 だけど、こっちは予想外だ。
 もう一人のお揃いの医者見習い制服を着たキス魔は殴り倒してきた。
 でも、正直に答えたら信用ガタ落ちだ。何かいい言い訳を用意しないと。

「えっと、あの子は……別の急患がやって来て、遠い町に行ったんだよ! さっきの先生と一緒にね!」
「あっ、そうだったんですね。忙しいんですね」
「そうだね。でも他所は他所だよ。さあ、患者さんの所に案内して」
「あっ、はい。よろしくお願いします」

 とっさに出た言い訳だけど、半分嘘、半分本当ぐらいだ。
 だけど、これに騙されるチョロいペトラの将来が心配になる。
 お母さんと同じように悪い男に騙されそうだ。

 まあ、今は藁にも縋りたい気持ちだと思うから仕方ないかもしれない。
 頭を丁寧に下げて頼んできたペトラの後に続いて、家の中に入った。

「ちょっと待っててくださいね。今灯りをつけます……」

 相変わらず暗い家だ。
 小さな四角いテーブルの上には、黒布が被せられた蛍光石ランプがある。
 ペトラが黒布を取ると、パァッと周囲五十センチ四方が明るくなった。

 間違いなく前回と同じ世界だ。
 おそらくラナさんの部屋には蔓草の籠に入ったリンゴ、水の入った水差し、コップが置かれている。
 ペトラに続いて部屋に入ると、ベッドに寝ているラナさん、ベッド横のテーブルの上に予想通りの物があった。
 まるで全てを知っている神様になった気分だ。

 でも、気分だけで何の力もない人間だ。
 そんな無力な人間にラナさんは救えないかもしれない。
 だからこそ、今度こそはペトラだけでも救いたい。
 救わないといけないんだ。

「お母さん、お母さん、起きて。このお医者さんが治してくれるそうだよ」

 寝ているラナさんをペトラが両手で揺すって起こそうとしている。

「……ぅ……ぁっ、ペトラ……?」

 二十秒ほど揺すっていると起きたみたいだ。
 ぼんやりとした目を開けて、ラナさんが顔だけ動かしてペトラを見た。

「もうお母さん、寝ぼけてないでお医者さんだよ」
「お医者さん? ……さっきの人と違って、ずいぶんと若い女の人なのね」

 流石はお母さん。病人なのに賢い。私を見て、すぐに偽医者だろうと疑っている。
 確かにその通りなんだけど、まずはペコリとお辞儀して挨拶してみた。

「ルカです。はじめまして」
「ぅっ……わざわざすみません。ですが治療は結構です」
「ちょっと、お母さん!」

 軽く上半身だけを起こすと、ラナさんが小さく頭を下げて言ってきた。
 ペトラが怒っているけど、気にせずにラナさんは話し続けている。

「お金もお支払いできませんし、自分の身体の事は自分がよく分かっています。無駄な事にお金を使うぐらいなら、この子の為に少しでも残しておきたいんです」
「お母さん……」

 余命一日、完全に諦めている。
 それでもペトラの頭を優しく撫でながら、優しい笑みを浮かべている。
 今必要なのは医者じゃなくて、遺言書を作れる弁護士かもしれない。
 でも、私は医者でも弁護士でも何でもない。無職で無力な高校生だ。

「それなら問題ないです。お金の事は気にせずに。私は医者見習いなので無料なんです」
「あぁ、そういう事ですか。それなら遠慮なく診てください。こんな私でも誰かの役に立てるのなら……」

 絶対に自分が医者見習いのモルモット(実験動物)に選ばれたと勘違いしている。
 回復薬の新薬作りでもモルモットにされているから、絶対にモルモット慣れしている。

 でも、こっちとしては拒否されるよりは協力してくれる方が助かる。
 無免許医だから診ても何も分からないけど、とりあえず診てるふりは出来る。
 まずは信用されるところからだ。
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