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第十八話 幽霊千匹お化け森

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 ♦︎ペトラ視点♦︎

「ごほぉ、ごほぉ……うぅぅ……」

(お母さん……)

 私に出来るのは少し開けた扉の隙間から、苦しむお母さんを見ている事しか出来ない。
 お母さんは私が居る時は平気なフリしているけど、居ないと思った時は苦しんでいる。
 私も知らないフリをしているだけで、もう長くないのは知っている。

 ルカさんが料理を作る為に買い物に出掛けた。
 しばらくは帰って来ない。……もう待っている時間は無い。
 テーブルのランプを布ごと持って、静かに家から出た。

「よし!」

 気合いを入れると走り出した。
 危険な魔物の回避方法は、ルカさんのやり方を真似すれば大丈夫だと思う。
 暗い森の中を頑張って探せば、妖精の薬草を見つけられると思う。

 でも、思うだけじゃ駄目なんだ。
 このまま何も出来なければ待っている結果は変わらない。
 私は変えたい。私が変えなければならない。
 私のお母さんなんだ。私が助けるんだ!

 ♢

 右側の部屋はペトラの部屋だったけど、ランプは置いてなかった。
 ベッドの下にはネズミもペトラもいなかった。やっぱり街の外にいる可能性大だ。
 東門に着くと、立っていた男兵士にランプっぽい物を持った可愛い茶髪の少女が来なかったか訊いてみた。

「ああ、少し前に通っていたぞ。街道を真っ直ぐに走っていた。暗くなると危ないぞ、と注意したのにそのまま走っていった。何かあったのか?」
「えっ、走っていったの⁉︎」
「ああ、元気に走っていたぞ」
「んん~?」

 私の最初の予想通り、ペトラがランプを持っていた。でも、元気に街道を走っていたらしい。
 それだと悲しそうな顔でとぼとぼ歩いて、外壁にうずくまる姿が想像できない。
 ついでに盗んだバイクで全力逃走して、窓ガラスを割りまくる姿も想像できない。
 つまりは悲しんでないし、怒ってもいないというわけだ。

(もしかして……)

 いやいや、いくら何でもあそこに一人で行くわけない。
 ペトラが走っていた場所を思い付いてしまった。
 でも、あんな危険な熊が彷徨く場所に行くとは思えない。

 でもだ。でも、万が一の可能性もある。
 確かめるだけはしておいた方がいいかもしれない。
 森に向かったのなら、走って追いかければ途中で追いつける。

「ハァハァ、ハァハァ! あっ!」

 暗い街道を走り続けていると、街道沿いの柱にぶら下げられた蛍光石ランプをいくつも見つけた。
 不法投棄バンザイ☆ この世界にも道にゴミを捨てる不届き者がいる。
 ちょうど暗くて走り難かったから、ランプを拾って足元を照らした。
 道も綺麗になって、足元も綺麗になって、これぞまさしく一石二鳥だ。

「それにしても……」

 結構走ったのに全然追い付けない。
 まさかの『ウサイン・ペトラ(陸上界最速)』だった。このままだと森に着いてしまう。
 たまにランプの灯りを見つけるけど、全部街道にぶら下げられたランプだ。
 ペトラが持っているランプの灯りじゃない。

(もしかして……)

 私の名推理が迷推理の可能性も出てきたかもしれない。
 街から少しだけ離れた草の茂みの中にいて、私が見落としてただけなのかもしれない。

 ううん、駄目だ。いると思って追いかけないと見つからない。
 緑の草原に挟まれた暗い街道を走り続けた。
 そして、何も見つけられずに森まで到着してしまった。

「ハァハァ、ハァハァ、や、やっぱりここも探さないと駄目だよね」

 この薄気味悪い暗い森に一人で入るのは勇気がいる。
 ペトラみたいな女の子が一人で入るとは思えない。
 どう見ても『お化け森』だ。人喰い幽霊がウヨウヨ千匹以上は生息している。

 でも、私には入って探す以外の選択肢はない。
 ペトラはいないかも知れないけど、幻の妖精の薬草はあるかもしれない。
 ペトラを探しつつ、妖精の薬草も探せば、時間の無駄にはならない。
 ここまで来たんだ。必ずどっちか一つは見つけてやる。

「ひぃぃぃ!」

 短剣とランプを構えて、勇気を出して森に入ってみた。
 夜の森は冷んやり冷たく、鳥や動物の鳴き声がまったく聴こえない。
 カサカサと風に揺られて、木の葉が擦れる音が聴こえるぐらいだ。

 そんな不気味な静けさを放つ森の中を、熊を警戒しつつ、全神経を集中させて進んでいく。
 探しているのは私以外のランプの光と、妖精の薬草が放つ蒼白い光だ。

 出来ればランプの光を見つけたい。幻の薬草見つけても、ペトラを見つけないと帰れない。
 これで兵士の見間違いで、普通にランプ持ってペトラが夜の街をお買い物してたなら、門番には鍋に残っている私の薬草お浸しで視力と体力を回復してもらう。
 病気のお母さんが気絶するほど美味しいから、きっと反省して二度と見間違えないはずだ。

 まあ、気絶したのは材料が悪かっただけで、私の料理の腕はまったく関係ない。
 うんうん、きっと毒草が少し混じっていただけだ。私は全然悪くない。

「きゃああああ‼︎」
「ひぃぃぃ‼︎ ごめんなさいごめんなさい‼︎」

 私の所為です‼︎ アク抜き忘れてました‼︎ どうか許して‼︎
 不安を紛らわす為に明るい気持ちで歩いていただけなのに、闇を引き裂くような悲鳴が鳴り響いた。
 慌てて謝ったけど、こんな場所で悲鳴を上げるのは、幽霊か魔物かペトラしかいなかった。

「って、ペ、ペトラ⁉︎ い、急がないと‼︎」

 この悲鳴は私が薬草を塩茹でしなかった所為じゃない。
 その程度で森の悪霊達が激怒するわけない。
 悲鳴=ヤバイ状況だ。急いで行くしかない。
 悲鳴は私から見て、右斜め方向から聞こえた気がする。
 急いで斜め方向に進路を変えて走り出した。

『グオオオオ! グガアアア!』

 ——絶対何かいる!
 視界が悪い中、樹木を避け、草の茂みを突き抜け進んでいくと、獣の雄叫びが聞こえてきた。
 絶対に可愛い犬とか鳥の声じゃない。絶対にライオンとかの大型肉食獣だ。

(や、殺るしかない!)

 右手に握る短剣をグッと更に強く握り締めた。
 こんな事しても怖いままだけど、山で捕獲した猪を部活で捌いた事がある。
 あの時は部員全員での集団リンチだったけど、手順は覚えている。
 頭を切り落とせば猪は死ぬ。

「あれは……?」

 体感で二~三分、前方に動く黒い塊を見つけた。
 ペトラはあんなにデカくない。あの大きさは見覚えがある。
 見たのは明るい時だけど、この暗さでも分かるに決まっている。
 森の殺人人喰い熊だ!

「ペトラ⁉︎」
『グゴォッ……?』

 私の大声に熊が振り向いた。だけど、そんなのはどうでもいい。
 熊の足元に仰向けに倒れたペトラがいる。多分、死んだフリじゃない。
 リアルガチだ。白いワンピースの右腹部分が大きく破れて、赤く染まっている。
 私含めて、危機的状況だ。

『グガアアアツ‼︎』

 くぅっ! とにかく瞬殺するしかない。
 新しい獲物に早速、熊が向かって来た。四足歩行による突進頭突きだ。
 受け止めるのは無理。避けなきゃ吹き飛ばされる。

「‼︎」

 だけど、避けるだけじゃ駄目だ。回避と同時に短剣で頭を攻撃する。
 時間がない。ペトラの怪我が心配だ。
 動体視力には自信があるから、冷静に落ち着いてやればれる。

「くぅらっ!」

 突進に対して右斜めに跳んで回避した。
 そして、熊の左前足横の位置で止まり、短剣の切っ先を下に向けて左前足の肩を狙った。
 頭を狙うのは弱らせた後だ。

「てぇにゃあ!」

 タイミングは完璧。気合いを込めた渾身の一撃が振り下ろされた。
 左前足を負傷させて使えなくすれば、四足歩行で走れない。
 二足歩行で素早く走る熊の姿は想像できない。
 遅い熊からなら、ペトラを抱えて逃げ切れる。
 これなら別に殺らなくても助かる。

 ——ガァッ!

(くぅっ、硬ッ‼︎)

 ……はずだったのに、切っ先が熊の肩に受け止められた。
 まるでカボチャだ。硬い肩カボチャは粗悪品じゃ切れない。

『グゴオツ! グガアア!』

 くぅっ、どうすれば!
 攻撃をやめて、回避と思考に切り替えた。熊が振り向き前足を振り回してきた。
 短剣が効かないなら倒せない。だったら目玉を突き刺して撃退させるしかない。
 背中に飛び乗って、短剣を逆手に持って目玉を滅多刺しする。

 時間がない。やるしかない!
 地面に倒れているペトラをチラッと見ると、覚悟を決めた。
 死んだフリじゃなくて、大怪我しているなら、早く病院に運ばないと死ぬ。
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