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第三話 秘奥義階段四段飛ばし

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「待って‼︎ 待って、ルカあー‼︎ 置いてかないでえー‼︎」

 ——ゴメン、許して‼︎
 チラッと振り返ると、生贄として置き去りにした夏帆が必死の形相で追いかけてきた。
 女の友情と私の命を天秤にかけたら、そりゃー私の命の方が大切だ。
 本当に悪いと思うけど、今だけ私の恋人として化け物の餌食になってください。
 あんたが好きだったネコジャラシみたいな花(紫のイングリッシュラベンダー)を命日にお供えするね。
 今まで仲良くしてくれてありがとうね。

 心の中で最後の別れを済ませると、ほろりと心の涙を流した。

「このドブス‼︎ 邪魔‼︎」

 ドン‼︎

「はにやああ⁉︎ にゃあぱあああああッッ‼︎」

(夏帆おー‼︎)

 それなのにあの役立たずがあー! 有紗の体当たり一発で地面に強制ヘッドスライディングしている。
 あれは超痛い。超痛いけど、全然足止めになってない! 私が流した心の涙返してよ!

「痛い痛い痛い痛い痛いいいいい‼︎」
「チッ!」

 とりあえず地面でのたうち回っている役立たずは全力無視だ。あのぐらいじゃ死なない。
 それよりも化け物が生贄には見向きもせずに私に向かってくる。最初から殺したいのは私だけみたいだ。
 きっと好きという感情がフラれて反転術式なんたらで、殺意に変化したんだ。
 もうあれは私が知っている有紗じゃない。人の姿をした化け物だ。
 
「ひゃひひひひ♪ ルカ先輩、痛くしないから。痛くしないからあー‼︎」
「ひいいいッッ‼︎」

 包丁で刺されたら、絶対痛いに決まっている!
 右手に持つ包丁を体育祭のリレーのバトンみたいに振り回して、有紗がグングン距離を詰めてきている。
 こっちが右手に待つ夏帆のスマホは『ニャーニャー!』と地味に子猫が邪魔してくる。
 その辺に投げ捨ててもいいけど、上着のポケットに突っ込んだ。
 有紗から逃げ切れても、子猫殺したら夏帆に命を狙われる。

 それにこれは重要アイテムだ。私のスマホは投げ捨てた鞄の中にある。警察に通報するにはこれが必要だ。
 でも、これを使うのは最終手段だ。財布と家の鍵は上着のポケットの中にある。
 家まで逃げ切れれば、明日の朝には有紗も正気に戻っていると信じたい。
 警察に通報して、後輩を凶悪犯罪者(銃刀法違反、傷害罪、殺人未遂)にするのは早過ぎる。

 ドン‼︎

「ふやあっ⁉︎」
「痛ーって‼︎ どこ見てんだよ‼︎」

 後ろばかり見てたから、曲がり角で三十代の口の悪いサラリーマンと激突してしまった。
 普段なら立ち止まって謝るけど、今は緊急事態で無理です。
「すまぬ!」と左手で手刀をビシッと作って、素早く武士謝りした。
 これが今の私の精一杯です。

「何なんだよ、まったく——うわあつ⁉︎ ほ、包丁おー⁇」

 流石は古料理部期待の次期エース。やっぱり速い。サラリーさんの悲鳴が聞こえた。
 後ろを素早く振り向くと、七メートルの距離まで有紗が迫っていた。
 私も足は速い方だけど、有紗に追い付かれるのは時間の問題だ。
 階段や障害物、通行人を利用して、どんな汚い手を使っても引き離すしかない。

(よし、この先だ!)

 ここまで逃げ切れば、私の領域だ。この辺は私の方が詳しい。
 この先の道を右に曲がれば長い下り階段がある。
 階段の真ん中に白いガードパイプがあって、下まで百五十メートルはある。
 ここで一気に突き離す!

「とおりゃあああ!」

 走る速度を落とさずに、階段を二段飛ばしでジャンプした。
『秘技・二段飛ばし』だ。

「タァッ、タァッ、タァッ……」

 足グキッで階段を踏み外して転げ落ちる恐怖を抑え込み、リズムゲームの要領で素早く駆け降りていく。
 朝昼の一段飛ばしは余裕だけど、夜の二段飛ばしは死の恐怖がある。
 走って温かくなった身体の体温が、階段を降りるたびに下がっていく気がする。
 だけど、死ぬ気でやらないと本当に死ぬ。命を守るには命を懸けるしかない。

「やあつ!」

 階段終わりに大ジャンプした。二段飛ばしを超えた『四段飛ばし』だ。
 ダァンと着地の激しい衝撃で「おわわわわッッ⁉︎」と転びそうになるけど、ドチビの夏帆とは違う。
 古料理部の野草・きのこ狩りで足腰は鍛えられている。
 陸上部の三段跳びみたいに大股で前に進んで少しずつ減速していく。
 強制ヘッドスライディングなんて絶対にしない!

「……ふぅー、危なかったぁ~」

 足裏がメッチャ痛いけど、転けずにやり遂げた。軽く七十メートルは引き離したと思う。
 あとは家まで全速力で逃げるだけだけど、ストーカーなら私の家まで調べている。
 まだ助かっていない。

 ガガガガァァ‼︎ 

「んっ?」

 スケードボードが地面を削るような音が階段から聞こえてきた。
 何となく背後を振り返ってみると……

「なぁっ⁉︎」

 暗闇の中、白いガードパイプが火花を散らしていた。その火花が私に向かってやってくる。
 謎の怪奇現象発生かと思う前に謎は解明された。有紗だ。
 有紗が包丁をボード代わりにして、パイプの上を滑り降りている。
 有紗と火花が凄い速さで迫ってくる。私以上の速さだ。
 七十メートルどころか、目と鼻先に化け物が現れた。

「捕まえたあー‼︎」
「嫌あーッ‼︎」

 踏ん付けていた包丁の黒柄を右手で握って、有紗がパイプの終着点で私目掛けて飛んできた。
 空中で包丁を身体の左側に構えて振り回そうとしている。
 もしかして、これって夢? 早く起きないと遅刻しちゃう——

「うわああっ‼︎」

 現実逃避している場合じゃなかった! ガチの現実だ!
 有紗の包丁首ギロチンを奇声を上げて右斜め後ろに跳んで回避した。

「ア、アリサ、お、落ち着いてえ⁉︎ 冷静に冷静に話し合おうよ‼︎」

 そして、両手の掌を有紗に素早く向けて、抵抗の意思がないと訴える。
 今にも心臓が爆発しそうだ。この化け物にも言葉が通じると信じたい。
 今だけは!

「大丈夫ですよ、ルカ先輩♪ 先輩殺したら、私もすぐに天国に行きます。天国で二人で永遠に幸せに暮らしましょうねぇ♡ だ・か・ら……死んでくだちゃい‼︎」

 ——やっぱり無理だった‼︎
 恐怖で引きつる私と違って、有紗は恍惚の表情で理解不能な世界にいる。
 敏朗の切っ先で私の左胸を容赦なく狙ってきた。

「ぬうぁっ!」

 なんて容赦ない攻撃だ。精神的にも肉体的にも、そこ(胸)は私の弱点だ。
 AAA-(トリプルエーマイナス)の薄い胸の防御力は0だ。

「タァッ! タァッ! タァッ!」

 ビュンビュン、ブゥン。右胸突き、左胸突き、右腕狙いの払い斬り。
 有紗の容赦ない攻撃を回避、回避、回避し続ける。
 でも、このままだと殺されるのは時間の問題だ。
 そんなの嫌だ!

 だったら殺される前に倒すしかない。
 周囲に武器になりそうな物がないか探してみた。

(あっ!)

 地面に落ちてる透明のビニール傘を発見した。不法投棄バンザイ♪
 素早く拾うと有紗の腕を狙って、力一杯振り回した。

「うわああっ‼︎」

 長さはこっちが上だ。デタラメに振り回して、化け物を近づけさせない。
 敏朗さえ落とせば私の勝ちだ。私を襲った事を死ぬほど後悔させてやる。

「せいやぁ!」

 お返しとばかりに有紗の左胸に傘の白い先端を突き出した。
 そのデカ胸でポヨンと跳ね返せるものなら跳ね返してみろ。

 パシィン!

「あっ⁉︎」
「つ・か・ま・え・た♡」

 おっぱいに当たる前に傘の先端が化け物の左手に捕まってしまった。
 両手で押してもビクともしない。この化け物、握力九十キロ以上ある化け物だ。

「ルカ先輩、もう抵抗しないでくださいねぇ♪ 抵抗されたら……痛くしちゃうでしょー‼︎」
「嫌あーッ‼︎」

 笑顔から般若顔に豹変した有紗が傘の腹ビニールに敏朗を突き刺した。
 そのまま私に向かって、敏朗がサメの背鰭みたいに迫ってくる。
 このままだと私の右手がスライスシャークされてしまう。
 急いで傘から右手を離して、後ろに跳んで緊急回避した。
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