上 下
1 / 84

第一話 蔵之介に生まれ変わって

しおりを挟む
「ハァハァ、ハァハァ!」

 学校の階段を一段飛ばしで駆け上っていく。
 人命がかかっている。全速力で走らないと私の人生も終わる。
 屋上の鉄扉が見えると右手でドアノブを掴んで、一気に押し開けて叫んだ。

「アリサ‼︎ 待ってえ‼︎」

 ま、間に合った。まだ飛び降りていない。
 屋上の真ん中に私と同じ黒い制服を着た女の子が立っている。
 セミロングの黒髪を左右の耳下でゴム紐で留めている女の子だ。

「嗚呼、来てくれると信じてました。ルカ先輩!」
「ゼェー、ゼェー!」

 私を見ると女の子がポロリと涙を流して、嬉しそうな笑みを向けてきた。
 校庭のベンチからここまで全力疾走した。物凄く休憩したい。

 六月下旬の晴れた日、昼休みに手作り弁当食べていたのに学校の屋上に呼び出された。
『来てくれないと学校の屋上から飛び降りて死にます!』……
 こんなメールが無視していると数秒置きに何度も来たら来るに決まっている。
 最後の方は10、9、8……とカウントダウンまで始まった。

「アリサ、冗談でもこんなメールしたら駄目だよ。悩みがあるなら相談に乗るから」

 私を脅迫メールで呼び出したのは古料理部の後輩で百合有紗ゆりありさ
 年齢は十五歳。百六十センチの平均的な身長、女子だとハッキリ分かる胸がある可愛い後輩だ。
 こんな身体に成長したかったと思うぐらいの羨ましい身体だ。

「スゥーッ、ルカ先輩‼︎ 大好きです‼︎ 私と付き合ってください‼︎」

 そんな可愛い後輩が息を大きく吸い込むと、私に向かって叫んだ。
 来ない方が良かったかもしれない。悩みを相談されずに告白された。
 まあ、これが悩みなんだろうけど、私にはどうする事も出来ない悩みだ。

 私と有紗が高校で知り合ってから二ヶ月ちょっとが経過した。
 部活以外で特に接点はないけど、前々からこうなる嫌な予感はしていた。
 部活中に何度も背後に視線を感じるようになった。
 私の箸に舐め回された痕跡や、綺麗に脱いで畳んでいた制服にも舐め回された痕跡があった。

 過去に何度か似たような経験をしているから分かる。
 ……これは重度のストーカーの犯行だ。
 もし有紗がストーカーだった場合、傷つけないように曖昧に断ると脈アリだと勘違いする。
 ストーカーにはNOとハッキリ断るのが重要だ。

 もちろん断るのも危険だけど、キチンと断らないと犯行がエスカレートしていく。
 最終的には部屋の屋根裏やベッドの下に無許可で同棲されてしまう。
 あの時はバルサン(空間殺虫剤)焚いて家から追い出すのに苦労した。

 だけど、私の勘違いの可能性もある。一応確認してみた。

「付き合うって買い物?」
「違います‼︎ 恋人です‼︎ キスしたり、エッチしたりする恋人です‼︎」

 オーマイガー(何てこった)。全然違った。違ってほしいと思ったのに。
 普通の男子高校生なら大喜びの告白だろうけど、私、雪澤琉華ゆきさわるかは女の子だ。
 年齢は十六歳、丸みのある黒髪のショートヘアは中世的で男っぽいが女の子だ。
 男子並みの身長百七十六センチ、断崖を思わせるド貧乳の胸だけど女の子だ。
 何度も言うが女の子だ。付き合うなら男子がいいに決まっている。
 それも佐々木蔵之介みたいな渋いオジ様がいいに決まっている。
 有紗には悪いと思うけど、告白の返事はもちろん『嫌』の一択しかない。
 
「アリサの気持ちは先輩として嬉しいんだけど……ほら、私達女の子同士だし。分かるよね?」

 丑三つ時の神社の御神木で、藁人形で呪われるぐらい酷くは言えなかった。
 だけど、意思表示はした。あとは察して欲しい。

「分かりません‼︎ 愛し合うのに性別は関係ないと思います‼︎ 私は先輩の事が大好きなんです‼︎ これ以上に必要な事ってあるんですか‼︎」
「うぐっ!」

 オーマイガー。全然足りなかった。
 逆に有紗のハートに火を付けてしまった。松岡修造並みに熱い。圧が凄過ぎる。
 優しい言葉なんかじゃ嫌という気持ちは三分の一も伝わらない。
 本当に自殺したくなるぐらいボロクソに言わないと無理だ。
 
「そういう事じゃなくて、私のタイプが違うというか、男らしい人がタイプというか……」

 駄目だ! ハッキリ言えない!
『このメス豚がさっさと消え失せろ! トンカツにして、三年のガリ勉ヒョロガリ眼鏡童貞受験生共に食わせるぞ!』——なんて酷い事言えない。
 これぐらい拒絶すれば、絶対に伝わるけどそれは最後の手段だ。
 何とか傷付けずに遠回しに察してもらいたい。

「ルカ先輩‼︎ 付き合うか付き合わないかハッキリ言ってください‼︎」
「ハッ⁉︎」

 どうしたらいいのか悩んでいる私に有紗が答えを迫っている。
 もう言うしかない。ゴクリと覚悟を決めると傷付ける答えを言った。

「ごめん、女の子は無理。生まれ変わって出直してきて」
「そ、そんなぁー‼︎ 酷いです‼︎ 私が作ったお味噌汁毎日飲みたいって言ったじゃないですか‼︎ あれは嘘だったんですか⁉︎」

 ……毎日は飲みたくないよ。頑張って週三だよ。
 出来る限り優しく断ったのに、酷く傷ついたみたいだ。
 彼氏に浮気された可哀想な彼女みたいに座り込んで泣き始めた。

「うわぁーん‼︎ もう生きていけない‼︎ 死んでやる‼︎ 先輩が付き合ってくれないなら死んでやるんだから‼︎」

 ……あぁー絶対に嘘泣きだ。右手で地面を叩きながらチラチラ見てくる。
 絶対に死ぬ気がない。下手に同情して慰めると面倒くさい事になる。
 このまま放置するのが最善の手だ。メールと同じで既読無視だ。

「じゃあ授業に遅れるから行くね」
「へぇっ⁉︎ ル、ルカ先輩‼︎ 私、死にますよ‼︎ 死んじゃってもいいんですか‼︎」

 嘘泣き中の有紗に両手を胸の前で合わせて謝ると、急いで屋上から逃走した。
 有紗が引き止めようとしているけど、無理なものは本当に無理です。
 佐々木蔵之介に生まれ変わって出直してください。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【三章開始】だからティリアは花で染める〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花で依頼を解決する〜

花房いちご
ファンタジー
人間の魔法が弱まった時代。強力な魔法は、魔法植物の力を染めた魔道具がなければ使えない。しかも、染めることが出来る者も限られていた。 魔法使い【ティリア】はその一人。美しい黒髪と新緑色の目を持つ彼女は、【花染め屋(はなそめや)】と名乗る。 森に隠れ住む彼女は、訪れる客や想い人と交流する。 これは【花染め屋(はなそめや)】ティリアと、彼女の元を訪れる客たちが織り成す物語。 以下、はじまりの章と第一章のあらすじ はじまりの章 「お客様、どうかここまでたどり着いてください」 主人公であるティリアは、冒険者ジェドとの会話を思い出していた。それは十年前、ティリアがフリジア王国に来たばかりの頃のことで、ティリアが花染め屋となったきっかけだ。ティリアは懐かしさに浸りつつ、夕焼け色の魔法の花で花染めの仕事をし、新しい客を待つのだった。 第一章 春を告げる黄金 「冬は去った。雪影女王、ラリアを返してもらうぞ」 イジスは、フリジア王国の宮廷魔法使いだ。幼馴染の商人ラリアが魔物に襲われ、命の危機に陥ってしまう。彼女を救うためには【最上級治癒】をかけなければいけないが、そのためには【染魔】したての魔道具が必要だった。 イジスはジェドや古道具屋などの助けを得つつ、奔走し、冒険する。たどり着いたのは【静寂の森】の【花染め屋】だった。 あらすじ終わり 一章ごとに話が完結します。現在五章まで完成しています。ざまぁ要素が特に強いのは二章です。 小説になろう様でも【花染め屋の四季彩〜森に隠れ住む魔法使いは魔法の花の力で依頼を解決する〜】というタイトルで投稿しています

英雄になった夫が妻子と帰還するそうです

白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。 愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。 好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。 今、目の前にいる人は誰なのだろう? ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。 珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥) ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。

家族から虐げられるよくある令嬢転生だと思ったら

甘糖むい
恋愛
目覚めた時、ヒロインをめぐってエルヴィン王子とソレイユ辺境伯が織りなす三角関係が話題の新作小説『私だけが知っている物語』の世界に、エルシャールとして転生してしまっていた紘子。 読破した世界に転生した―ーそう思っていたのに原作にはなかった4年前から話しは始まってしまい…… ※8/2 内容を改変いたしました。変更内容並びに詳細は近状ボードをご覧ください。

子供部屋おばさんのチューニング

春秋花壇
現代文学
「子供部屋おばさん」とは、成人になっても実家から離れずに子供のころから使っていた実家の部屋で暮らす独身男女のことです。20代から30代前半くらいまでは「パラサイトシングル」と呼ばれています。 子供部屋おばさん17年。社会復帰を目指します。 しかも選んだ職業は、保険のセールスレディ。 そんなの無理に決まってんじゃんという自分と やってみなきゃわかんないじゃんという自分のデスマッチ。 いざ勝負!

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

悪役令嬢に転生したおばさんは憧れの辺境伯と結ばれたい

ゆうゆう
恋愛
王子の婚約者だった侯爵令嬢はある時前世の記憶がよみがえる。 よみがえった記憶の中に今の自分が出てくる物語があったことを思い出す。 その中の自分はまさかの悪役令嬢?!

処理中です...