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「”燃えろ——」
「こいつは駄目だ……村まで大急ぎで運ぶぞ! コールも手伝え!」
「は、は、はい、い、今行くっす!」

 魔法を使おうとしていたのに、三人が慌ただしく動き出した。
 四角い盾をベッド代わりに、悪魔かもしれない男を乗せている。
 昨日泊まった村まで運ぶのだろう。だったら俺も手伝った方が——

「脳筋ぃいー‼︎ テメェーは絶対付いて来んな‼︎ 付いて来たらブチ殺して、生まれたことを徹底的に後悔させてやるからな‼︎」
「……」

 手伝いは不要らしい。動こうとしたら盾の前を持ち上げていたベルストロが、血管がブチ切れそうな勢いで怒鳴ってきた。
 お前程度に殺されるとは思えんが、無理に付いて行こうとすれば、その分村に着くのが遅れてしまう。
 ここは黙って見送るとしよう。

 第七話 ダンジョン探索(一人)

「ふむ……」

 四人組が立ち去り、すっかり静かになってしまった。
 涼しいダンジョンの岩床の上には、銀色の毛皮が何故か三枚落ちている。
 銀狼の死体(美味しそうな肉)が消えて、毛皮だけになってしまった。
 しかも完全加工済みだ。これでは肉が食べられない。

「仕方ない。逃げた奴を追うか」

 昨日は果物と野菜、それとワラしか食べていない。
 そろそろまともな物が欲しいところだ。

 それに魔法などという悪魔の力を借りずとも、俺には闘技場で鍛えた力がある。
 何も恐れる必要はない。ただ肉を目指して進むだけだ。
 毛皮の臭いを嗅ぐと地面に置いて、剣の柄と石ころには手を触れず、耳と気配を頼りに進んでいく。

 今のところは何の反応もないが、銀狼の臭いは微かだが空気中に残っている。
 この洞窟(ダンジョン)は時たま分かれ道があるが、臭いをたどって行けば問題ない。

「ふむ……」

 地面にしゃがむと汚れた茶色の短い剛毛を一本拾った。
 どうやら銀狼以外にも何かいるらしい。
 俺に剣を使わせるほどの相手がいるか楽しみだ。

「ギャウギャウ(アイツが来た)!」
「ギャウンギャウン(慌てんな、あの牛の所に連れて行くぞ)!」
「ギャウ(化け物には化け物だ)!」
 
 ダンジョンを進んでいくと立ち止まっている銀狼二頭を見つけた。
 俺に気づいたのか一気に走り出した。どうやら追いかけっこがしたいらしい。
 だったら教えてやる。剣闘士が力だけじゃないことを……

「俺から逃げられると思うな。必ず食ってやる」

 グッと両足に力を集中すると、大地を蹴り砕く勢いで爆発させた。

「ギャウギャウ(やっぱり人間じゃねえ)!」
「ギャウギャウ(あと少しだ、頑張れ)!」

 両手両足を前後に激しく振り回し、どんどん加速していく。
 激突し、馬に騎乗した剣闘士を馬ごと弾き飛ばせないようなら剣闘士失格だ。
 さすがに馬とぶつかる時は盾を使うが、狼如きに盾は不要だ。
 この身一つで十分。さあ、追いついたぞ。目の前に揺れる二つの尻尾がある。
 手を伸ばせば掴める距離だ。

「ギャウ(助かった)……」

 両手を伸ばして、二つの尻尾をギュッと掴んだ。

「残念だったな、終わりだ」
「ギャウ(ウソぉ)!」

 ドゴゴゴゴゴゴゴゴ‼︎
 走るのをやめて停止すると、両腕を激しく振り回して、二頭の身体を岩床に叩きつけまくった。
 骨は砕け、臓器は破裂し、肉は叩けば叩くほど美味くなる。
 二十回は叩きつけると二頭は完全に動かなくなった。
 そして、すぐに俺の両手の中で二枚の毛皮に代わってしまった。

「なるほど、そういうことか」

 よく分からないが、肉が食べられないのは分かった。
 銀狼を殺すと毛皮になるらしい。それともう一つ……

「グモォー(騒がしいな)」

 両手から毛皮を放すと前を見た。
 行き止まりの丸っぽい部屋にデカイ牛が立っている。
 おそらく牛だ。牛っぽい顔と角を生やしている。
 身体は筋肉質で茶色い上半身と黒い下半身、身長は三メートル近くある。
 さらに右手に両刃のそれも片方が大きな斧を持っている。
 いかにも力自慢といった雰囲気が肉体からも武器からも溢れている。

「ふぅー……少しはやりそうだな」

 熱くなった息を吐き出すと前に進んだ。準備運動は軽く走って済ませてきた。
 闘技場の舞台に上がるようで気分も高まっていく。
 闘技場で殺人暴れ牛と戦った経験はあるが、牛人間は初めてだ。
 何事も初めての相手は興奮するものだ。俺の知らない、まだ見ぬ強さを見せてくれ。

「グゥモモモモモ(たった一人で俺様に挑むか。愚かな人間め。ミンチにして食ってやる)」

 斧の間合いまで入ると、牛人間の口角が上がり人間のように笑った。
 何と言っているのか分からないが、俺を舐めているのは態度で分かる。
 面白い。本気で相手が出来そうだ。

「来い、牛」

 両手を左右に広げて、牛人間に攻撃するように示した。
 すぐに——

「グゥモモン、グゥモォ(牛じゃねえよ、ミノタウロス様だ)!」

 と牛人間が俺の頭上に斧を振り下ろしてきた。

 斧柄を両手で握って振り下ろした渾身の一撃だ。
 手加減していたとしても、一割ぐらいの力は使っているはずだ。
 まずは力比べといこうか。斧の刃を手で受け止めるほど馬鹿じゃない。
 刃を躱すように軽く前進、そのまま流れるように左腕を斧柄に滑り込ませた。

 ドシィン‼︎

「ぐぅっ!」

 まさに牛の一撃。空から落ちてきた牛を受け止めたような重さが左腕一本にのしかかった。
 だが……その程度だ。斧の刃は地面に着いていない。宙で止まっている。止めてやった。

「……これが本気か?」
「グゥモオ(な、な、何だと)⁉︎」

 あまりの呆気なさに思わず牛相手に聞いてしまった。すると牛の顔が驚きに変わった。
 どうやら期待しすぎてしまったらしい。ちょっと賢い牛が人間の真似をして二足歩行しているだけだ。
 右手を斧柄に伸ばして掴むと、両手で下に向かって力一杯引っ張った。
「グゥモ‼︎」と牛の唸る顔が下に引きずり落ちてきた。その顔に斧柄から放した右腕を振り上げた。

「ごぱぁ……!」

 ドパァンと今度は上だ。右拳に打ち上げられて、牛顔が上に打ち上げられた。
 しかも、武器から両手を放すという愚かさだ。やはりただの二足歩行のちょっと賢い牛だ。
 素人相手に期待してしまうとは俺もまだまだだな。
 奪った斧を両手で握ると、まずは牛の左足を狙って振り回した。

「フンッ!」
「ゔがああぁ!」

 ズパァンと切れ味は悪くない。膝から下が乱暴に切断された。
 そのまま身体を力一杯回転させて、今度は右足の膝を狙って下から斜め上に振り上げる。
 ズガァンとこっちも切断。だが、この程度で剣闘士は止まらない。

「ヴォオオオオーー‼︎」

 回転回転回転回転回転回転回転回転——牛の身体を回転切りで解体していく。
 牛の叫びは気にしない。腹、右腕、胸と地面に身体が着地するまで切りまくる。
 そして、牛の膝が地面に着く瞬間に斧を振り上げ——

「グゥ、モォ(待っ、て)……」
「フンッ!」

 今度は俺がその頭上に斧を振り下ろした。やはり切れ味は悪くない。
 刃がしっかりと地面まで届いた。頭から股まで切り裂かれた牛が血を撒き散らして、後ろに崩れ落ちた。

「ぺぇっ。肉にならなければ地獄まで追いかける。いいな?」

 毛皮は要らん。口に入った返り血を吐き出し、消えていく牛に言った。
 両手から斧が消え、飛び散った血も消えていく。
 牛の死体が消えて、最後に地面に残ったのは……

【ミノタウロスの力肉:食べた者の力を上昇させる】

 縦二十センチ、横三十五センチ、二十センチぐらいの赤身の中に白い脂肪が網目のように走る四角い肉塊だった。
 これなら食べられそうだ。

「ん? 何だこれは?」

 それともう一つ。地面に突然、木箱が一つ現れた。
 四角に膨らんだ楕円の蓋が乗っている木箱だ。

(もしや、神が与えるという褒美か)

 木箱が現れた理由はこれしかない。四人の話を思い出した。
 ダンジョンで活躍した者には神から褒美が与えられるらしい。
 おそらくこれがその褒美だ。さすがは神だ。ちょうどこれが欲しかった。
 行き止まりの部屋の出口に向かうと、落ちている毛皮二枚を拾った。
 木箱とこれがあれば、火を起こして肉を焼ける。

「……これは? 腕輪か」

【力の腕輪:装備した者の腕力が三倍になる】

 木箱の中に毛皮を入れようと思って開けたら、中に幅五センチ、厚さ三センチほどの銀色の金属腕輪が一個入っていた。
 どうやら褒美は一個ではないらしい。二つあるらしい。よく分からんが、とりあえず右手首に着けてみた。

「おっと、早く火を起こすか」

 今は腕輪などどうでもいい。
 木箱の中に毛皮を放り込むと、剣を鞘から抜いた。
 剣先を毛皮と木箱の底に優しく触れさせると、柄を両手の手の平で包んで一気に高速回転させた。

「うおおおおお!」

 グリグリグリグリ——ボォッ!

「おおっ!」

 よく燃える毛皮だ。こんなにも簡単に火が着くとは思わなかった。
 急いで地面の肉に剣を突き刺すと、肉を燃える木箱の中に突っ込んだ。
 あとは焼けるまでじっくり待つだけだ。
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