1 / 10
Ⅰ
しおりを挟む
第一話 ここは何処だ?
「………………」
爽やかな草原の匂い。春を感じさせる陽射しの温かさ。
空は透き通るように青く、見渡すばかりの低い草原の海の先に、白と赤に塗られた街が見える。
……さて、現状把握は出来た。
「……ここは何処だ?」
我が名は『アンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス』——ローマ最強の剣闘士で、現在迷子だ。まったく知らない場所にいる。
確か、モーニングスターを操る剣闘士『エドモンドホンダ=ロンドゴメス=ベルサンドリラ』との戦いで負傷した身体を治療する為、ベッドに横になったところまでは覚えている。
頑丈な全身鎧に油を染み込ませたボロ布を巻き付け、それに火をつけ、俺の武器は素手のみという圧倒的な不利な条件での戦いだった。
それは仕方ない。俺が最強の剣闘士だからだ。
飛んできた鉄球を両手で掴み、それに火のついたボロ布を巻きつけて——
いや、どうやって倒したかは思い出さなくてもいい。
鎖を引きちぎり奪い取った火だるま鉄球を金槌の代わりに使い、熱せられた鎧を引き剥がしアレを作って、エドモンドの分厚い全身鎧の隙間に突き刺し俺が勝利した。
多少の火傷を負ってしまったが、火傷程度は馬糞を塗れば治療できる。
馬車小屋で馬糞を全身に塗りたくり、牢獄のような部屋のベッドで横になった。
……そこまでは覚えている。
そこから先の記憶がまったくない。
「すぅー……ローマの匂いじゃないな」
空気の匂いを嗅いでみた。爽やかな澄んだ匂いがする。
ローマは血と裏切り——鉄と油と糞尿の腐った臭いがしていた。
いや、そもそも俺はベッドに全裸で寝ていた。
それなのに俺の身体は火傷の跡どころか、馬糞の臭いもしない。
足には履き慣れた革靴、茶色の腰から膝上までの布ズボンを履いている。
誰かが俺の身体を綺麗に洗い、服を着せ、街が見える草原まで運んで立たせたとしか思えん。
(こんな面倒くさいことを一体誰が……)
分からない。何も分からない。
俺は戦いしか知らない。戦うしか能がない男だ。
俺は物心が付いた頃にはすでに戦っていた。
最初は国を襲った敵兵、その後は奴隷商、奴隷仲間、連れて行かれた知らない町の人間達——
そして、最後は闘技場『コロッセオ』で剣闘士や獣を相手に戦っていた。
ここにいる理由は分からない……分からないが、俺に出来る事は一つだけだ。
『戦い』だ。俺は戦い以外知らない。今までもこれからもきっとそうなのだろう。
剣も盾もないが、拳はある。あの街が次の闘技場だというのなら向かうだけだ。
「フッ、いつ以来だろうか」
草原の中に見つけた、街までのびる土道を進んでいく。
金はない、水も食料もない。俺の持ち物はこの命と傷だらけの身体だけだ。
地位も名誉もない最下級の奴隷だった頃に戻った気分だ。
だが、安らかな時間の流れに「ふぅー」とひと息付いた。
自分の意思で自由に歩くのは久し振りだ。
奴隷剣闘士として活躍し、自由市民の栄誉を得たが、俺は戦いしか知らない男だ。
自由の資格を断り、闘技場で死ぬことを選んだ。
決して、特権階級の裕福な主人に飼われる人生を選んだわけではない。
数多の人間と獣を殺したこの血塗れの手で、幸せなど掴めぬと分かっているだけだ。
俺が向かう先は地獄が相応しい。
第二話 ローマを超える街
「……何だこの街は!」
土道を進み、立派な街門が見える石橋までたどり着いた。
俺はローマが世界一の街だと……そう思っていた。
それなのに目の前にある美しい街は何だ。
雲のように真っ白な外壁、紅葉のように鮮やかな屋根。
これだけでも驚愕なのに、そんな美しい建物が民家のように並んである。
これだけ立派な街だ。王族だけが住める街に違いない。
俺のような奴隷身分が入れる街ではない。何処か小さな村でも探すとしよう。
「兄さん、そんな所に突っ立ってないで街に入ったらどうなんだい?」
「なに‼︎ 俺のような者が入ってもいいのか‼︎」
静かに立ち去ろうしたら、恐ろしいほどに身なりの良い五十代のオヤジが、にこやかに話しかけてきた。
灰色というよりも銀色に近い、草原のような柔らかな髪。口髭は綺麗に切り揃えられている。
真っ白な長袖シャツには見たことがない黒色の文字で『イカレてやがる』と書かれ、その上に薄い生地の水色と真っ白な縦縞袖無しシャツを羽織っている。
下は柔らかな薄緑色のズボン。足は足首まで完全に隠した、足の甲にジグサクにヒモが結ばれている真っ白な布靴を履いている。
このような色鮮やかな服と靴は一度も見たことがない。
ローマなら屋敷三軒は買えるはずだ。
「いいと思うが。何だ、あんた。犯罪者なのか?」
「いや、違うが……」
大富豪のオヤジに聞かれて素直に応えた。
人殺しではあるが、犯罪者ではない。
「だったら入っていいぞ。悪さをしないなら誰でも歓迎だ」
信じられない。入っていいだと……
どう見ても場違いだ。上半身裸だぞ。
仕えていない貴族の屋敷に勝手に入った奴隷がどうなるのか知らないのか。
もしやこの大富豪……俺を騙して、鞭打ちになるのを見るつもりか。
「ヒヒーン‼︎ ヒヒーン‼︎」
「ん?」
どうするべきかと悩んでいると、ドカドカと土道をけたたましく打ち鳴らして、二頭引きの荷馬車が向かってきた。
それにしても下手くそな操縦だ。強盗に襲われて逃げているとしか思えん。
「そこ退いてくれえー‼︎ 馬が暴れて言うこと聞かねえんだぁー‼︎」
なるほど。そういうことか。
馬車の御者台に座る男が手綱を片手で握って、もう片方の手を大きく振り回して叫んでいる。
「な、何だって‼︎ おい、皆んな逃げろ‼︎ 暴走馬車だ‼︎ 街に突っ込むぞ‼︎」
「きゃああああ‼︎」「うわああああ‼︎」
大富豪が大声で叫ぶと、街中にいた大富豪達も悲鳴をあげて、必死の形相で馬車の進路から逃げ出し始めた。
フンッ。立派な服装だったが、中身はローマの貴族連中と同じらしい。
剣闘士達の戦いは喜んで見るくせに、自分で戦う勇気のない腰抜け連中だ。
やれやれ仕方ない。馬なら何度も相手している。
暴れ馬如き、どうとでもなる。
「な、何やってんだ⁉︎ 轢き殺されるぞ‼︎ 早く逃げろ‼︎」
「馬鹿野朗‼︎ 早く逃げろ‼︎」
大富豪が逃げろと叫んでいる。御者の男も逃げろと叫んでいる。
(この俺に逃げろだと? このローマ最強の剣闘士アンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウスに馬如きから逃げろだと?)
フッ、笑わせてくれる。暴走馬車の前に立ち塞がると両手足に力を込めた。
「来い」
「ヒヒーン‼︎ ヒヒーン‼︎」
3068戦3068勝0敗——剣闘士に敗北は許されない。
剣闘士は勝つか死ぬかそれだけだ。逃げれば死ぬ。それが剣闘士の世界だ。
「フンッンンンンン‼︎」
「「ヒ、ヒィ、ヒギィン‼︎」」
ドシン‼︎ 広げた両腕に二頭の馬の太い首が激突した。
まるで濁流の中を流れる大木二つを受け止めたような衝撃だ。
その衝撃に耐えきれずに御者の男が俺の頭を飛んでいく。
馬車の方は馬達の尻に大激突だ。俺の方は——
「ぐぅぅぅ!」
「し、信じられん‼︎ う、受け止めおった‼︎」
ズザァアアと石橋に踏ん張っていた両足が三十センチも後退させられた。
だが、許すのはここまでだ。この先には一ミリも進ませない。
両腕にさらに力を込めて、前腕と二の腕で二頭の生温かい太い首を絞め上げていく。
「手荒い歓迎だな。少しは落ち着けよ」
「ヒィ……ヒ、ヒヒーィン……」
首をへし折るのは簡単だ。だが、馬は貴重品だ。殺しはしない。気絶させるだけだ。
落ち着くようにと二頭の耳元で囁いた。少しずつ暴れる力が弱まっていく。
そして、完全に絞め落とすと両腕から解放した。二頭の馬がドシンと石畳に崩れ落ちていった。
「あ、あんた一体何者なんだ‼︎ い、い、一体どうやって‼︎」
三十代手前の御者の男が這いつくばりながらやって来ると興奮気味に訊いてきた。
俺が何者か知りたいらしい。よかろう、教えてやる。
「我が名はアンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス! ローマ最強の剣闘士だ!」
「アン、アンド……」
仕方ない奴だ。もう一度だけ名乗ろう。
「アンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス! ローマ最強の剣闘士だ!」
「アンド……ディヌス、えっと……」
……お前、剣闘士だったらもう死んでいるぞ。
まあ、馬如きもまともに操れないようなら仕方ないな。
「ルシウスだ」
「あ、ああ! ルシウスさん! あなたのお陰で助かった! 何か礼をさせてくれ!」
「……礼か」
別に大したことはしてないが、礼が貰えるなら貰っておこう。
「では、仕事を紹介してくれ。この街に着いたばかりでな。金が無いんだ」
「何だあんた? 冒険者じゃなかったのか?」
「冒険者? それは探検家のようなものか?」
「ああ、そんな感じだ。そうだ! 冒険者ギルドまで送っていくよ! ついでに荷台にある売れ残りの品も好きな物を貰ってくれ。この程度の礼しか出来なくてすまないな」
「いや、助かる。ありがたく貰おう」
探検家か——確か別大陸を求めて、船で海を渡る連中だったな。
そこで現地人との交渉が失敗すると、戦争が起こる。
俺の国はその戦争に負けて、ガキだった俺は捕まって奴隷として売られた。
そこからは主人と住処を転々と変えていき、やがてローマにたどり着いた。
もう十年以上も昔のことだ。今ではローマこそが俺の国だ……そう思っていた。
だが、今度はこの国が俺の国になるらしい。どんな国か見てやるか。
「………………」
爽やかな草原の匂い。春を感じさせる陽射しの温かさ。
空は透き通るように青く、見渡すばかりの低い草原の海の先に、白と赤に塗られた街が見える。
……さて、現状把握は出来た。
「……ここは何処だ?」
我が名は『アンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス』——ローマ最強の剣闘士で、現在迷子だ。まったく知らない場所にいる。
確か、モーニングスターを操る剣闘士『エドモンドホンダ=ロンドゴメス=ベルサンドリラ』との戦いで負傷した身体を治療する為、ベッドに横になったところまでは覚えている。
頑丈な全身鎧に油を染み込ませたボロ布を巻き付け、それに火をつけ、俺の武器は素手のみという圧倒的な不利な条件での戦いだった。
それは仕方ない。俺が最強の剣闘士だからだ。
飛んできた鉄球を両手で掴み、それに火のついたボロ布を巻きつけて——
いや、どうやって倒したかは思い出さなくてもいい。
鎖を引きちぎり奪い取った火だるま鉄球を金槌の代わりに使い、熱せられた鎧を引き剥がしアレを作って、エドモンドの分厚い全身鎧の隙間に突き刺し俺が勝利した。
多少の火傷を負ってしまったが、火傷程度は馬糞を塗れば治療できる。
馬車小屋で馬糞を全身に塗りたくり、牢獄のような部屋のベッドで横になった。
……そこまでは覚えている。
そこから先の記憶がまったくない。
「すぅー……ローマの匂いじゃないな」
空気の匂いを嗅いでみた。爽やかな澄んだ匂いがする。
ローマは血と裏切り——鉄と油と糞尿の腐った臭いがしていた。
いや、そもそも俺はベッドに全裸で寝ていた。
それなのに俺の身体は火傷の跡どころか、馬糞の臭いもしない。
足には履き慣れた革靴、茶色の腰から膝上までの布ズボンを履いている。
誰かが俺の身体を綺麗に洗い、服を着せ、街が見える草原まで運んで立たせたとしか思えん。
(こんな面倒くさいことを一体誰が……)
分からない。何も分からない。
俺は戦いしか知らない。戦うしか能がない男だ。
俺は物心が付いた頃にはすでに戦っていた。
最初は国を襲った敵兵、その後は奴隷商、奴隷仲間、連れて行かれた知らない町の人間達——
そして、最後は闘技場『コロッセオ』で剣闘士や獣を相手に戦っていた。
ここにいる理由は分からない……分からないが、俺に出来る事は一つだけだ。
『戦い』だ。俺は戦い以外知らない。今までもこれからもきっとそうなのだろう。
剣も盾もないが、拳はある。あの街が次の闘技場だというのなら向かうだけだ。
「フッ、いつ以来だろうか」
草原の中に見つけた、街までのびる土道を進んでいく。
金はない、水も食料もない。俺の持ち物はこの命と傷だらけの身体だけだ。
地位も名誉もない最下級の奴隷だった頃に戻った気分だ。
だが、安らかな時間の流れに「ふぅー」とひと息付いた。
自分の意思で自由に歩くのは久し振りだ。
奴隷剣闘士として活躍し、自由市民の栄誉を得たが、俺は戦いしか知らない男だ。
自由の資格を断り、闘技場で死ぬことを選んだ。
決して、特権階級の裕福な主人に飼われる人生を選んだわけではない。
数多の人間と獣を殺したこの血塗れの手で、幸せなど掴めぬと分かっているだけだ。
俺が向かう先は地獄が相応しい。
第二話 ローマを超える街
「……何だこの街は!」
土道を進み、立派な街門が見える石橋までたどり着いた。
俺はローマが世界一の街だと……そう思っていた。
それなのに目の前にある美しい街は何だ。
雲のように真っ白な外壁、紅葉のように鮮やかな屋根。
これだけでも驚愕なのに、そんな美しい建物が民家のように並んである。
これだけ立派な街だ。王族だけが住める街に違いない。
俺のような奴隷身分が入れる街ではない。何処か小さな村でも探すとしよう。
「兄さん、そんな所に突っ立ってないで街に入ったらどうなんだい?」
「なに‼︎ 俺のような者が入ってもいいのか‼︎」
静かに立ち去ろうしたら、恐ろしいほどに身なりの良い五十代のオヤジが、にこやかに話しかけてきた。
灰色というよりも銀色に近い、草原のような柔らかな髪。口髭は綺麗に切り揃えられている。
真っ白な長袖シャツには見たことがない黒色の文字で『イカレてやがる』と書かれ、その上に薄い生地の水色と真っ白な縦縞袖無しシャツを羽織っている。
下は柔らかな薄緑色のズボン。足は足首まで完全に隠した、足の甲にジグサクにヒモが結ばれている真っ白な布靴を履いている。
このような色鮮やかな服と靴は一度も見たことがない。
ローマなら屋敷三軒は買えるはずだ。
「いいと思うが。何だ、あんた。犯罪者なのか?」
「いや、違うが……」
大富豪のオヤジに聞かれて素直に応えた。
人殺しではあるが、犯罪者ではない。
「だったら入っていいぞ。悪さをしないなら誰でも歓迎だ」
信じられない。入っていいだと……
どう見ても場違いだ。上半身裸だぞ。
仕えていない貴族の屋敷に勝手に入った奴隷がどうなるのか知らないのか。
もしやこの大富豪……俺を騙して、鞭打ちになるのを見るつもりか。
「ヒヒーン‼︎ ヒヒーン‼︎」
「ん?」
どうするべきかと悩んでいると、ドカドカと土道をけたたましく打ち鳴らして、二頭引きの荷馬車が向かってきた。
それにしても下手くそな操縦だ。強盗に襲われて逃げているとしか思えん。
「そこ退いてくれえー‼︎ 馬が暴れて言うこと聞かねえんだぁー‼︎」
なるほど。そういうことか。
馬車の御者台に座る男が手綱を片手で握って、もう片方の手を大きく振り回して叫んでいる。
「な、何だって‼︎ おい、皆んな逃げろ‼︎ 暴走馬車だ‼︎ 街に突っ込むぞ‼︎」
「きゃああああ‼︎」「うわああああ‼︎」
大富豪が大声で叫ぶと、街中にいた大富豪達も悲鳴をあげて、必死の形相で馬車の進路から逃げ出し始めた。
フンッ。立派な服装だったが、中身はローマの貴族連中と同じらしい。
剣闘士達の戦いは喜んで見るくせに、自分で戦う勇気のない腰抜け連中だ。
やれやれ仕方ない。馬なら何度も相手している。
暴れ馬如き、どうとでもなる。
「な、何やってんだ⁉︎ 轢き殺されるぞ‼︎ 早く逃げろ‼︎」
「馬鹿野朗‼︎ 早く逃げろ‼︎」
大富豪が逃げろと叫んでいる。御者の男も逃げろと叫んでいる。
(この俺に逃げろだと? このローマ最強の剣闘士アンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウスに馬如きから逃げろだと?)
フッ、笑わせてくれる。暴走馬車の前に立ち塞がると両手足に力を込めた。
「来い」
「ヒヒーン‼︎ ヒヒーン‼︎」
3068戦3068勝0敗——剣闘士に敗北は許されない。
剣闘士は勝つか死ぬかそれだけだ。逃げれば死ぬ。それが剣闘士の世界だ。
「フンッンンンンン‼︎」
「「ヒ、ヒィ、ヒギィン‼︎」」
ドシン‼︎ 広げた両腕に二頭の馬の太い首が激突した。
まるで濁流の中を流れる大木二つを受け止めたような衝撃だ。
その衝撃に耐えきれずに御者の男が俺の頭を飛んでいく。
馬車の方は馬達の尻に大激突だ。俺の方は——
「ぐぅぅぅ!」
「し、信じられん‼︎ う、受け止めおった‼︎」
ズザァアアと石橋に踏ん張っていた両足が三十センチも後退させられた。
だが、許すのはここまでだ。この先には一ミリも進ませない。
両腕にさらに力を込めて、前腕と二の腕で二頭の生温かい太い首を絞め上げていく。
「手荒い歓迎だな。少しは落ち着けよ」
「ヒィ……ヒ、ヒヒーィン……」
首をへし折るのは簡単だ。だが、馬は貴重品だ。殺しはしない。気絶させるだけだ。
落ち着くようにと二頭の耳元で囁いた。少しずつ暴れる力が弱まっていく。
そして、完全に絞め落とすと両腕から解放した。二頭の馬がドシンと石畳に崩れ落ちていった。
「あ、あんた一体何者なんだ‼︎ い、い、一体どうやって‼︎」
三十代手前の御者の男が這いつくばりながらやって来ると興奮気味に訊いてきた。
俺が何者か知りたいらしい。よかろう、教えてやる。
「我が名はアンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス! ローマ最強の剣闘士だ!」
「アン、アンド……」
仕方ない奴だ。もう一度だけ名乗ろう。
「アンドウミキティヌス=ロマネコンティヌス=ルシウス! ローマ最強の剣闘士だ!」
「アンド……ディヌス、えっと……」
……お前、剣闘士だったらもう死んでいるぞ。
まあ、馬如きもまともに操れないようなら仕方ないな。
「ルシウスだ」
「あ、ああ! ルシウスさん! あなたのお陰で助かった! 何か礼をさせてくれ!」
「……礼か」
別に大したことはしてないが、礼が貰えるなら貰っておこう。
「では、仕事を紹介してくれ。この街に着いたばかりでな。金が無いんだ」
「何だあんた? 冒険者じゃなかったのか?」
「冒険者? それは探検家のようなものか?」
「ああ、そんな感じだ。そうだ! 冒険者ギルドまで送っていくよ! ついでに荷台にある売れ残りの品も好きな物を貰ってくれ。この程度の礼しか出来なくてすまないな」
「いや、助かる。ありがたく貰おう」
探検家か——確か別大陸を求めて、船で海を渡る連中だったな。
そこで現地人との交渉が失敗すると、戦争が起こる。
俺の国はその戦争に負けて、ガキだった俺は捕まって奴隷として売られた。
そこからは主人と住処を転々と変えていき、やがてローマにたどり着いた。
もう十年以上も昔のことだ。今ではローマこそが俺の国だ……そう思っていた。
だが、今度はこの国が俺の国になるらしい。どんな国か見てやるか。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
死霊王は異世界を蹂躙する~転移したあと処刑された俺、アンデッドとなり全てに復讐する~
未来人A
ファンタジー
主人公、田宮シンジは妹のアカネ、弟のアオバと共に異世界に転移した。
待っていたのは皇帝の命令で即刻処刑されるという、理不尽な仕打ち。
シンジはアンデッドを自分の配下にし、従わせることの出来る『死霊王』というスキルを死後開花させる。
アンデッドとなったシンジは自分とアカネ、アオバを殺した帝国へ復讐を誓う。
死霊王のスキルを駆使して徐々に配下を増やし、アンデッドの軍団を作り上げていく。
【R18】異世界魔剣士のハーレム冒険譚~病弱青年は転生し、極上の冒険と性活を目指す~
泰雅
ファンタジー
病弱ひ弱な青年「青峰レオ」は、その悲惨な人生を女神に同情され、異世界に転生することに。
女神曰く、異世界で人生をしっかり楽しめということらしいが、何か裏がある予感も。
そんなことはお構いなしに才覚溢れる冒険者となり、女の子とお近づきになりまくる状況に。
冒険もエロも楽しみたい人向け、大人の異世界転生冒険活劇始まります。
・【♡(お相手の名前)】はとりあえずエロイことしています。悪しからず。
・【☆】は挿絵があります。AI生成なので細部などの再現は甘いですが、キャラクターのイメージをお楽しみください。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・思想・名称などとは一切関係ありません。
※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません
※この物語のえちちなシーンがある登場人物は全員18歳以上の設定です。
城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語
転生したら、ステータスの上限がなくなったので脳筋プレイしてみた
Mr.Six
ファンタジー
大学生の浅野壮太は神さまに転生してもらったが、手違いで、何も能力を与えられなかった。
転生されるまでの限られた時間の中で神さまが唯一してくれたこと、それは【ステータスの上限を無くす】というもの。
さらに、いざ転生したら、神さまもついてきてしまい神さまと一緒に魔王を倒すことに。
神さまからもらった能力と、愉快な仲間が織りなすハチャメチャバトル小説!
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
つっこめ! ルネサンス ~脳筋ばかりの騎士物語! 結婚するまで帰れません!?~
LED
ファンタジー
平凡な女子高生・司藤(しどう)アイは、中世騎士ロマンス古典「狂えるオルランド」に登場する女騎士に憑依してしまった。
現実世界に帰るべく、意中の騎士とのゴールインを目指すのだが……!?
・古典の展開にツッコミ入れつつ、8世紀欧州世界の実態に迫る!
・時にコミカル、時にシリアス! 中世騎士の一騎打ち・戦争・怪物や魔女との息詰まるバトル!
・幼馴染の悪友とのジレジレ恋愛も描きます!
※末尾に★がある話は挿絵つきです。
※小説家になろう、カクヨムでも連載中です。
※2018/2/25 あらすじ・1~3話を改稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる