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第八章

第1話『二人の王子』

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 ——ロムルス王国王城。

「兄上、どういうつもりですか? 追放された弟と母上を城に招くだけでも、国に混乱を起こすというのに、死んだはずのクロノスに王位継承権まで与えるなんて……」
 
 腰まで届く金色の綺麗な髪を編み込んだ第二王子テミスが、僅かな苛立ちを見せながらも、椅子に座る第一王子エウロスに、雪解けの澄んだ小川を思わせるような声で聞いています。
 第二王子のテミスは長い髪と華奢な身体付きから、後ろ姿だけだと、よく女性に間違われる程の美青年です。
 けれども、実質的に国王代理として、ロムルス王国を治めているのはテミスです。

「俺がどういうつもりなのか、その賢い脳味噌ならば、俺に聞かなくても答えが出ているんじゃないのか?」

 エウロスは自分の頭をコツコツと笑いながら叩いて、テミスに向かって、逆に聞き返しています。

「それが分からないから聞いているんですよ。馬鹿が天才を理解できないように、天才は馬鹿の考えが理解できないんです」
「おいおい。これでも、それなりに頭が切れる方なんだぞ。その言い方はないだろう?」

 テミスの冷たい答えにも、エウロスはいつものように笑っています。
 仲が悪くも良くもない兄弟が、長年一緒にいる理由は、お互いが必要だからです。
 エウロスの武力とテミスの知力があってこそ、私腹を肥やすだけの管理職や兵士の大量解雇が実現できました。

 その結果、国民が納めていた税金が20%→5%に大きく変化しました。
 人口は減りましたが、国民の収入は安定したものに変化しました。

 まあ、治安を維持する為に、犯罪行為を行なった者を容赦なく死刑にしたり、年齢六十歳を超えた者は不要だと、容赦なく国外追放にするというヤバイ国法も作られましたが、住めば都です。
 国外から言われるような酷い国ではありません。国民達はそれなりに幸せに暮らしています。

「はぁ……いい加減に巫山戯ていないで、少しは真面目に答えたらどうなんですか? 一体、どういうつもりなんですか?」

 テミスの苛立ちに反応するように、部屋の室温が少しずつ下がっていきます。
 一般人相手ならば、十分な威嚇にもなりますが、剣聖エウロスには効果はないようです。
 怒っているテミスの僅かな表情の変化を楽しんでいるぐらいです。

「そう怒る事じゃないだろう。駄目親父はとっくに処刑した。まあ、王妃とプリシラとフェイトの三人は、絶対に歓迎しないだろうがな。クッフフフ」

 エウロスは城に残っている三人の王族の顔を思い出して、笑っています。
 ウォルターと同じように、現王妃トリシャの子供二人も、使えないスキル持ちの烙印を押されています。
 それでも、生きてた時の国王に追い出されなかったのは、現王妃のスキルに可能性があったからです。
 それに元王妃の『育てる』と似たスキルを持つ若い女性は他にいませんでした。

「それが分かっているなら、何故、元王妃とクロノスを城に招くんですか? 殺し合いでもさせたいんですか?」
「殺し合いか……そこまでさせるつもりはないが、競い合いはしてもらうつもりだ。その結果次第では、ウォルターには第三王子として、国に戻ってもらう」
「……やはり私には、兄上の考えが理解できません。それに何の意味があるんですか? 落ちこぼれスキルの子供同士の優劣をハッキリさせて、元王妃と現王妃のどちらが優れているのか決めたいんですか?」

 テミスは現王妃とその子供達が、元王妃とその子供の登場で、城から追い出されるかもしれないと、無用な危機感を覚えるのを警戒しています。

 競い合いをさせる事で、現王妃と子供達を城から追い出す口実を作るのならば、理解は出来ます。
 でも、エウロスには本当に競い合わせるだけの目的しかありません。
 だからこそ、テミスはエウロスの考えがまったく理解できません。

「ああ、確かにそれもあるな。俺の中でも、駄目親父がクロノスを追放したのが、本当に正しかったのか今でも疑問に思っている。あいつの戦闘能力はそこまでなかったが、スキルの能力は俺とお前を超えていると思っている」

 エウロスはウォルターの事を高く評価しています。
 けれども、テミスはそうは思っていないようです。

「くだらない。空中と水中を泳げるだけ。指定したものを探す能力だけ。完全に個人的な能力が特化しただけの能力です。使える範囲が限定され過ぎていますよ」
「おいおい、お前がそれを言うのか? 魔法だけの特化型の癖に……」
「私にとって魔法は付属品です。この頭脳が最大の能力です」

 自画自讃もいいところだと呆れているエウロスを無視して、テミスは自分の頭をコツコツと指で叩いて、誇らしげな顔にしています。

「頭脳ねぇ? そこまで上等な頭じゃないだろうに。まあいい。そんなお馬鹿なお前に、良い婚約者を紹介してやる。九歳のスカンドス王国の第一王女だ。未来と過去を見るスキルを持っている。お前が間違いを犯す前に止めてくれる賢い女だ。プリシラの千倍はマシな相手だろう?」
「九歳ですか。確かにプリシラよりは、良さそうに思えますが……」

 テミスはしつこく誘惑して来る十三歳のプリシラを思い出して、少し気分が悪くなりました。
 現王妃は娘のプリシラをテミスと結婚させようとしています。
 現王妃は子供二人が、賢者を超える力を持つ事は一生出来ないと諦めています。
 そして、超える事が出来ない壁ならば、壁の一部になる事を決めました。

「つまりは母上とクロノスはついでで、その王女と私を婚約させるのが目的ですか。他国の王族との関係は確かに必要ですが、相手側が了承するとは思えませんよ」
「それは問題ない。この薬が欲しければ、母様と王女を連れて来るように言った。それに来ないなら、こちらから会いに行くとも伝えている。必ず来るさ」
「そうですか。それならばいいんですけどね……」

 エウロスの考えをテミスは一応は理解しました。けれども、狙いがそれだけとは思えません。
 それでも、高齢の国民の追放先が手に入るのならば、これ以上の詮索は不要だと答えを出しました。
 それに煩わしい結婚相手の問題が解決できるのは、朗報です。
 美しいだけの近くの妹よりも、有能な遠くの妹を迎える事を望みました。
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