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第2部 第2章 帰って来たF級冒険者

第31話 ウィルと侯爵家の裏の顔

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 侯爵別邸に50万枚の金貨の雨を降らせると、屋敷の中からロクサーヌや他のメイド達が慌てて飛び出して来た。高い給料を貰っているだろうけど、それでも月々に金貨40~50枚程度がいい所だ。その証拠に大喜びで金貨を回収している。

 さてと、相続税も慰謝料も支払った。港の魔船はおそらくは欠航になっているから、しばらくは船でミドルズブラに渡ってから、サークス村に帰る事は出来そうにない。残る手掛かりは白聴会の幹部連中だけ。バーミンガムか、マンチェスターのギルド長のどちらか1人に丁寧に聞けば、きっと答えてくれるだろう。

 まずはサークス村とリーズの町に行って、新世界にいるユン達の無事を家族に伝えないといけない。まあ、ナナリーの勤め先には彼女の居場所は教えなくていいだろう。

 さて、やる事は決まったので、このまま町を南下してサークス村に行く事にする。問題は方法だ。自分で飛んで行くか、屋敷のグリフィン小屋にいるグリフィンを1匹無断で購入するか、これから先の事を考えると、やはり必要になるのは分かっているので、購入する事にしよう。

「このレベルが一番高いのが良いだろうな」

『クウァッ‼︎』

 レベル183のグリフィンを選ぶと、ゆっくりと背中に乗る為に近づいて行く。けれども、凶暴なのか前脚を持ち上げて振り下ろして攻撃して来た。

「危ないなぁ~。よし、こんな時の為の獣頭巾だ」

 収納袋から灰色の犬耳カチューシャに改造した獣頭巾を取り出すと頭に装着する。これでグリフィンの言葉が分かるはず。はぁ…でも、成人男性が被っても可愛くはないだろうな。まあ、成人女性なら被っても可愛いけど、それも人によるか。母さんやロザリンダの婆さんが被ったらボケたとしか思えない。

『殺すぞ! それ以上、近づいたら殺すからな!』

 ふぅ~。よし、一度落ち着こう。まずはカチューシャを取るぞ。

『クウァッ‼︎ クウァッ‼︎』

 よし、装着。

『殺すぞ! ブチ殺してやる!』

 空耳でも、聞き間違いでもなかったようだ。このグリフィンは飼い主以外には吠える獰猛な魔物のようだ。ここは高待遇を約束して、飼い主から僕に乗り替えてもらおう。まずは食べ物から始めてみるか。

「ほらぁ~、美味しいよぉ~」

『さっさと失せろ! こんな不味そうな野菜なんか食えるか』
 
 差し出したキャベツイチゴをグリフィンは容赦なくグシャっと前脚で踏み潰した。あらあら、これはもう、力尽くで説得した方が早そうですわね。うっふふふ。

 ボキボキ、ボキボキ。こんな時は僕を散々甚振いたぶった女性に成り切ってみるしかない。まずは思いっ切りブン殴ろう。右脇を締めると右ストレートを生意気なグリフィンの腹にブチ込んだ。

『ギャア‼︎ 何すんだ!』

「決まっているだろう。素直に乗せるようになるまで殴るんだよ。歯を食いしばれ、もう1発いくぞ」

『待て待て待て! ギャア‼︎』

 数発殴るとグリフィンはグッタリして動かなくなってしまった。これでは背中に乗って飛んでもらう事は出来そうにない。仕方ない。隣のレベル152のグリフィンにしよう。

「お前は何発殴れば乗せてくれるんだ?」

『待って! 乗せますから殺さないで』

「何言ってんだよ。まだ、『ゼェ~ハァ~』言ってるだろ。死んでないよ。それで何発殴れば乗せてくれるんだ?」

『待て、やめて! やめてぇぇ‼︎』

 グリフィンが凄い悲鳴を上げたので、何とか正気に戻って右拳を胴体にめり込ませる前に止める事が出来た。危ない、危ない。もう1匹も、『ゼェ~ハァ~』させる所だった。よく考えてみたら、あの女がやっていた事は全部犯罪行為だった。こっちの雌のグリフィンは素直で可愛いから仲良く出来そうだ。

 それにしても、魔物の言葉が分かるのは意外と便利かもしれない。ちょっと試してみるか。

「直ぐに戻って来るから逃げるんじゃないぞ」

『絶対に逃げませんから殺さないで』

 だから、あっちのグリフィンは疲れて寝ているだけで死んでいない。ほら、ピクピク動いているでしょう。

 まあ、今はそんな些細な事はどうでもいい。この屋敷を出る前に調べる事が出来た。馬の寿命は20年近くある。可能性は低いけど、本当に侯爵が1年前にベリックの村を訪れたのなら、その時に使用した馬が馬小屋に残っているかもしれない。

 馬小屋はグリフィン小屋から離れた場所に建てられていた。それは仕方ない。馬は動物、グリフィンは魔物だ。草食動物の近くに肉食魔物を置いていたら、馬がパニックを起こしてしまうし、グリフィンは生きた餌に興奮して手が付けられない。

「ちょっと聞きたいんですけど、1年前に冬の寒い中にベリック村まで馬車を引いた馬を知りませんか?」

 馬小屋に到着すると、身体が大きい茶色の馬に聞いてみた。見た感じだと小屋の中には30~40頭程の馬がいる。素直に話してくれたら時間は掛からないだろう。

『何だ、いきなり。あんた、誰だ?』

 丁寧に会話しても駄目そうだ。最初の1匹目で直ぐに時間の無駄だという事は理解出来た。行使力を馬に使うと無理矢理に知っている事を洗いざらい喋らせる事にした。

『そんな事はどうでもいい。知っている事を喋れ!』

『あぐっ、ああっ、あ……その馬達なら殺されたよ。餌に毒を混ぜられて、死んだら直ぐに火葬されて処分されてしまった』

「証拠を消したのか…」

 普通、そこまでするか? そもそも何の為に殺す必要がある。馬の言葉が分かる人間はいないし、獣頭巾も簡単に作れる物じゃない。

「その殺された馬達は何か言ってなかったのか?」

『ああ、侯爵様が村から連れて来た男の死体を見てから、『予定が早まった』と言ったそうだ』

「予定が早まった? つまりは最初から殺すつもりで連れて来たのか」

 それにモシェの言う通り本当に侯爵本人だった。じゃあ、馬車に乗っていたカトリーヌという金髪のメイドは誰なんだ。まあ、それも馬に聞けば分かるだろう。

「馬車に乗っていたのは侯爵とベリック村の男以外にも居たはずだろう。何か聞いていないのか?」

『ああ、アシュリー様が乗っていた。メイド服を着ていたから驚いたと、死んだ馬達が笑いながら話していたよ』

「アシュリーが…?」

 金髪の可愛いメイドか。凄く認めたくはないけど、確かに可愛い事は認める。足も白くて美脚と言ってもいい。正直、踏まれながら何度か興奮した事も覚えている。刺激の少ないベリック村に暮らしていたら、メイド服から見えるアシュリーの生足に興奮しても仕方ないかもしれない。
 
 でも、侯爵とアシュリーが協力して、モシェを殺害する目的が不明だ。余命も残り僅かな侯爵が、自分の身長と同じぐらいの替え玉を用意しても意味は無い。それに焼いた遺骨を用意するだけなら、その辺の動物の骨を賢者の壺で人間の形に変えれば済むだけだ。つまりは焼く前の死体、それも腐っていない新鮮なモノが欲しかった事になる。

 だとしたら、侯爵の替え玉以外の別の目的で死体が欲しかった事になる。実験に使う素材かもしれないし、別の人間の為に使う為だったのかもしれない。でも、その肝心のモシェは侯爵の壺に入っている。やはり侯爵の替え玉として使われたと考えるのが一番自然な答えか。

 つまり、こう考えたらどうだろう。途中からベッドの中で寝ていたのが侯爵ではなくて、死んでいるモシェだとしたら、その間、侯爵は完璧なアリバイを確保して自由に動ける。死体の顔を自分の顔に似せて整形するのは簡単だろうから、ベッドに近づかせなければ使用人達にバレる可能性も低い。

 でも、その場合は別の問題が発生してしまう。エミリアがほとんど侯爵から離れずに看病していたらしいから、エミリアも共犯者という事なる。

「あっ~あ、駄目だ! さっぱり分からない!」

 これ以上、考えても分からないものは分からない。そもそも、侯爵がモシェを殺そうとした目的なんてどうでもいい。こっちは賢者の壺があった場所を探しているだけだ。侯爵家の裏の事情なんか調べても何の意味もない。よし、サークス村に帰るとしよう。

 
 

 





 
 
 

 
 



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