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第3章 侯爵家のF級冒険者

第53話 ウィルと大英博物館

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 サークス村を出発してから三日目に目的の地である首都ロンドンに到着した。飛行するのにMPを消費しないグリフィンは、一日16時間の長距離長時間の飛行を可能にした。疲れた顔を見せつつも、飼い主の前では涙一つ溢さなかった。

「お前も大変だったな。ほら、キャベツイチゴだよ。お食べ」

『クウッッ…』

 仲が悪かった彼とも今では心友しんゆうである。飼い主が寝静まった後にコッソリとこうやって、グリフィン小屋に忍び込んで、一緒にイチゴ味の甘いキャベツを食べる事で、お互いの蓄積した精神的ストレスを解消している。

 正直、アシュリーは人使いも鷲獅子使いも荒い。少しでも飛ぶスピードが落ちると、グリの腹部をつま先で蹴り上げてしまう。聖龍剣でHP回復しないと、下手したら落下スピードが上がってしまう事になってしまっていた。

「それにしても、全然見つからないよ。本当にあるのかよ?」

 もちろん、アシュリーの前では口が裂けても言えない。大英だいえい博物館の800万点以上の収蔵品を調べて、もう二日目である。朝から晩まで神眼の指輪で調べているのに見つからない。

 一日1万点以上の収蔵品を調べるのが、僕に与えられたノルマだが、それをやっていると睡眠時間が五時間になってしまう。何とか関係ない収蔵品を調べるのは避けたいが、探している『心石』が本当に石なのかも分からない。試しに神眼の指輪に付いているエメラルドグリーンの宝石を見てみたが、それは祖龍の宝玉と書かれていた。

 エミリアが神眼の指輪の説明をしてくれた時に言っていたが、この指輪を使えば財布の中の硬貨の種類と枚数まで分かるらしい。だとしたら、巨大な大英博物館の建物を外から見れば、もしかすると、心石があるか、ないか、ぐらいは直ぐに分かるかもしれない。

 まあ、財布やトランプの中身や数字を当てるのとは規模が違う。無理なのは分かっている。それが出来るのならば、マーリンの洞窟の中を探索した時に、出入り口で既に屍霊の数も分かっていたはず。

 もしかすると、アシュリーは無い物を探させているんじゃないだろうか? 一日1万点以上だ。正確には1万1千点ぐらいは調べているけど、それでも調べ終えるには二年近くは掛かってしまう。やっぱり、相続税を用意させない為の彼女の姑息な罠かもしれない。

 本当にあるというのなら、アシュリーにも少しは手伝ってもらう必要がある。少なくとも一緒に十六時間以上の収蔵品調べに付き合ってもらおう。断ったり、嫌がったりしたら間違いない。そんな物は存在しないという事だ。

「そろそろ寝ようかな? おやすみ、グリ」

 考えるのにも疲れたし、お腹も一杯になった。藁のベッドに横になると、隣にいるグリフィンにおやすみと言って、目蓋を閉じた。

『クウッッ…』

 今日もお屋敷のベッドには寝られない。広大な屋敷の庭に放置された僕は、今日もグリフィン小屋の寝床にお世話になる。早く村に帰りたい。ロンドンの街に監禁されてから、二日目の夜が静かに過ぎて行った。

 ❇︎

 文句を言いつつもアシュリーは大英博物館に付いて来てくれた。探しているのは僕じゃない、本当に見つけたいのなら、自らがお手本になって動くべきだ。

「探すなら、とにかく古そうな物がいいわね。ああっ、でも…新しい物の中に隠している可能性もあるのか。困ったわね、見つかるかしら?」

 アシュリーは壁に掛かっている絵を見たり、ガラスケースの中に入っている、壺の中を覗き込んでいる。

 どうせ、一日だけの癖に。張り切っているフリしやがって。

 そう、今日一日だけ彼女は探しているフリをするのだ。そうする事で探していますアピールを僕にしたいのだろう。でも、最低でも一週間は付き合ってくれないと信じる事は出来ない。彼女のこれまでの行いが悪いから、全ての行動がそういう風に見えてしまう。自業自得である。

「収蔵品なら殆どが鑑定済みなんでしょう? だったら未鑑定の物を探した方がいいんじゃないですか?」

 捜索初日に彼女から与えられた指示は単純明快なものだった。『さっさと探して』である。つまりは、任せるから自分で考えなさいという事だ。

「そんなの一杯あるんじゃないの? ここの職員も適当に調べて適当に置いてるだけでしょう。だから、見つからないのよ。本当に使えない奴ばかり、しっかりして欲しいわ」

 お前が言うなよ。口じゃなくて、手を動かせよ。

 アシュリーは薄汚れた収蔵品達を、『汚い!』と言って、触ろうともしない。その汚い物を二日も触り続けていた僕の手は何だ? これも汚いのか? だったら、その綺麗な身体をこの汚らしい両手でけがしてやろうか!

「ねぇ?」

 ごめんなさい、嘘です。疲れて魔が差してしまったんです。

 突然、背後を振り返って、アシュリーが聞いてきた。慌てて宙に突き出していた両手を引っ込めた。

「何で、ございましょうか?」

「あなたの指輪を貸してよ。魔力の低いゴミが探しても効率が良くないでしょう。私なら一日探せば見つかるはずよ」

 ふっ、愚か者め。魔力の高さを自慢しているようだが、この神眼の指輪は魔力と消費MPを多く使ったからといって、見える範囲が拡大する訳ではない。そんな機能が無い事はお前も知っているはずだ。

「喜んで一日お貸しします」

 左手の人差し指から神眼の指輪を取って、アシュリーに直接渡した。消毒液で洗浄して、ハンカチで綺麗に拭いて渡すつもりはまったくない。さあ、そのまま指にめて、穢れてしまえ!

 どうした? 何故、嵌めない? 

 アシュリーは受け取ったはいいが、指輪をジロジロと見回すだけで嵌めようとしない。

「何か汚そうね。キチンと毎日洗っているの?」

「もちろんです」

 そう、もちろんやっている。手を洗う時や風呂で身体を洗う時についでにやっているから、綺麗なはずだ。ひっひひひ、お前と同じ外面そとづらだけはな。さあ、指汗と指垢で汚れた内面ないめんドロドロの指輪を嵌めるんだ。お前にはお似合いだぜ。

「まあいいわ。ジッとしていなさい」

 そう言ってアシュリーは、右手の手の平で指輪をしっかりと握ると僕の方を見てきた。何故、嵌めない。

「何で、僕を見るんですか? やめてくださいよ!」

 見られたくない部分を両手で隠すが、この指輪の前では無力だ。僕のあれやこれやの個人情報は全て筒抜けになってしまう。

「緊張しなくていいから笑いなさい。へぇ~、弱点はミミズなんだ。今度、晩ご飯に用意してあげないとね」

「うっ…‼︎」
 
 駄目だ。想像しただけで気持ち悪くなってしまった。満面の笑みを浮かべて、ミミズのスパゲッティ、ミミズのサラダ、ミミズのどんぶりを持って来るアシュリーが見えた。やっぱり、履いている下着をいつも見ていたのがバレてたんだ。

 くそ…‼︎ 大人の紫色パンティー履いてる癖に大人気ないぞ!

「なるほど、そういう事か。ねぇ、心石を見つけたら、あんたに掛かっている魔法のロックを外せるかもしれないわよ。かなり強力なものだから、神憑かみがかり的な力を持つらしい心石がないと外せないでしょうね」

「魔法のロックですか?」

 龍剣との契約の事だろうか? それを外されると龍剣のレベルが元のレベル1/10に戻りそうなので、それはやめてほしい。

「あんたの身体の一番奥の方に隠してあったから、多分、本物のステータス情報だと私は思っている。私に解けないって事は、これを仕掛けたのはS級冒険者しか考えられないわね。だとしたら、お爺様か、エミリアか、二人のどっちかしかいないわね」

「何でエミリアが容疑者になるですか! エミリアはA級冒険者ですよ!」

 何でもかんでもエミリアを容疑者にするのには納得できない。たまには怒らないと、この女がに乗ってしまう。

「何言ってのよ? 知らないの? エミリアは元S級冒険者よ。魔剣グラムの呪いで本来のレベルが半分になっているだけよ。本当のレベルは500以上はあるわよ。そんな事も知らないの?」

 魔剣の呪いは知っていたけど、まさか、半分になる程とは思わなかった。せいぜい、50ぐらい減るものだとばかりだと思っていた。

「さあ、私の為にも、エミリアの為にも頑張って探しなさい。魔法のロックの中身を見れば、私とエミリアのどちらが正直者か、あなたにも分かるはずよ。ふっふ、楽しみね」

 笑いながら、アシュリーは僕に神眼の指輪を投げ渡した。彼女とエミリア、僕はどちらを信じればいいのだろうか?

 
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