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第1章 解雇されたF級冒険者

第26話 ウィルと魔鳥船ブルーティット

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 侯爵家の屋敷を出てから、しばらく町の外に向かって歩いて行く。周囲に人は少なくなり、どんどん辺りは静かになっていく。

「ウィル様、ここが目的地ですよ。屋敷の者に見つからないように隠して置いていたんです」

 どうやら、目の前の建物に何かがあるようだ。赤煉瓦の壁に紺色の屋根の小さな建物だ。物置き小屋にしては大きく、人が住むには小さい。入るとしても荷馬車ぐらいの大きさだ。

 真っ暗な建物の中に、エミリアが先に入って、照明のスイッチを入れた。

「これは大きな鳥のオブジェか、何かですか?」

 明かりに照らされて、部屋の真ん中に水色と薄緑色の一羽の大きな鳥が現れた。作り物なのは、直ぐに分かった。金属の羽を持つ鳥はいないはずだ。

「こちらは【魔空船まくうせんブルーティット】です。私は個人的に魔鳥船まちょうせんと呼んでいます」
「魔鳥船ですか? やっぱり魔船と同じように、魔力とMPを消費して動かすことが出来るということなんですよね?」
「ええ、もちろん。この鳥は海は走れませんが、空を飛ぶことが出来ます。侯爵様と一緒に作った、世界で一つだけの私の空飛ぶ船です。消費MPを減らす為に小型化して二人しか乗れないんですけどね」

 魔鳥船の水色の左翼を愛おしそうに撫でながら、エミリアは話してくれるが、正直、空を飛ぶ乗り物があるなんて信じられない。半信半疑のまま、鳥のオブジェの周囲を回って調べてみると、確かに背中の部分に人が座れる座席が縦に並んで二人分作られていた。

「落ちたりしませんよね?」

 一応は話を信じることにして、問題は今まで墜落したことがあるか、ないか、である。あるのなら遅くなってもいいから、絶対に船で帰りたい。

「MPは蓄積型なので、蓄積させたMPがあれば、それを消費して飛べます。MPが切れても、私自身のMPを消費すれば、少しの間は問題なく飛び続けることが出来ますよ」

 蓄積MPは満タンなので、安心して六時間は飛び続けられるとエミリアは言うが、知りたいのは、墜落したことがあるか、ないか、である。そんなことはどうでもいい。

「今までに墜落したことは一度もないんですよね?」
「はい、墜落したことは一度もないので安心してください。だって、一度も空を飛ばしたことは無いですから」
「なるほど」

「なら、安心ですね」には絶対にならない。こんな危ない乗り物は収納袋に思い出の品として保管して、明日の朝、安全な魔船で村に帰りたい。

「大丈夫ですよ。飛ばしたことがないのは、誰にも見つからないようにしたかったからです。現在、空を飛ぶ方法は一つしかありません。飛行可能な魔物を調教して、その背中に乗ることです。アシュリーお嬢様も調教した【グリフィン鷲獅子】に乗っています」

 グリフィンとはワシの頭部と翼と鉤爪を持つ、胴体が獅子の魔物である。きっと、屋敷のメイド達に遺言書の手紙を持って来た人間が現れたら、自分に知らせるように伝えていたのだろう。

 グリフィンに乗って空を飛んで来たとしても、首都ロンドンからなら時間的には間に合わない。多分、アポンタインの町の近くにいたのだろう。だとしたら、ここから北のモーペス村が距離的には合うかもしれない。

(それにしても侯爵家の令嬢がモーペス村に何の用があったんだろうか?)

「ウィル様、そろそろ出発しましょうか。まずは安全の為に地面から近い場所を飛びます。安全だと分かったら少しずつ高度と速度を上げていきますから安心してください」

 鳥の背中を押してエミリアが建物から魔鳥船を出していく。スムーズに鳥が地面を進んでいる所を見ると、胴体の下に隠れた車輪があるようだ。

「一応、聞きますが、ヨークシャーの荒野を通り抜けてサークス村に行くんですよね? もしも、荒野の途中でこの鳥が飛ばなくなったらどうするんですか? 暗闇の中、魔物が居ますよね?」
「それなら、大丈夫です。その神眼の指輪を嵌めていれば、暗闇の中の魔物も正確に見ることが出来ますから、透明マントと神速ブーツを使えば逃げることは出来ますよ。MPが切れるまでは」

 それじゃあ駄目だろうと思った。多分、初めて魔鳥船を飛ばすから興奮しているのだ。子供のように瞳を輝かせている彼女に船で行きましょうと言っても無駄である。実際に飛ばさせて、早々に無理だと諦めてもらうしかない。出来る限り早く墜落するように祈ろう。

「ウィル様、座席に付いているベルトをしっかりと締めてくださいね。一応はMPを消費して、透明な屋根を張る事が出来るので、飛行中に外に投げ出される失敗はありませんが、念の為です。では、出発しましょうか」
「はい、安全運転でお願いします」

 嫌だと言っても飛ぶ事は分かっている。エミリアが魔鳥船を操る操縦桿そうじゅうかんがある前の席に座り、その後ろに僕が座った。エミリアの良い香りがする髪の匂いを嗅いでいると、まだ、晩ご飯を食べていない事を思い出した。まあ、船酔いする可能性もある。食べない方がいい。

「最初は飛ぶ為に速度を出して、助走をつけないといけません。ちょっと揺れますから舌を噛まないでくださいね」
「はい」

 短く返事をすると、直ぐに魔鳥船の両翼が左右に伸びていき、斜めだった座席がゆっくりと水平になっていく。木の枝に止まっていた鳥のような格好から、本当に飛んでいる時の鳥のような格好に魔鳥船は変化していく。

 実際に鉄の鳥が動いたのには感動したが、これからどうなるか分からない。ここまで来たら早期墜落を祈るよりも、無事にサークス村に到着する方を祈った方がいいかもしれない。

「発進します」

 エミリアがそう言って右側にある赤色のボタンを押すと、左右の翼から何本もの青白い炎が噴き出した。座席がガダガタと揺れながら鳥が地面を滑るように走って行く。

「エミリア、火事だ!」
「魔力を噴射しているだけです。飛びます」
「ぐっ…‼︎」

 座席が一度激しく上下に揺れた。激しく揺れた後は不思議と揺れが収まった。ゆっくりと瞑っていた目を開くと、左右には何も見えなかった。

「もう大丈夫ですよ。あとはサークス村のある南の方角に飛び続ければ、三時間もあれば到着すると思います」
「えっ、ここって空の上」

 座席に座ったまま、背筋を伸ばして地面を確認する。暗くて何も見えなかったが、座席の後ろを振り返るとアポンタインの町の小さな灯りが見えた。

「さて、ウィル様。サークス村に到着するまでに残りの遺品の説明を済ませてしまいましょうか。ウィル様の好きな簡単な説明でいうと、聖龍剣は良い事をすれば強くなります。邪龍剣は魔物を倒すことで強くなります。けれども、片方だけを一方的に強くすることは出来ません」
「つまりは成長する剣、ということでいいのかな?」
「ええ、基本的にはそう考えていいです。複雑に考えずに良いことをして、悪い魔物を倒せばいいんです。サークス村の開発を頑張れば、それは村の人にとっても、他の町の人にとっても良いことだと思います。それは無理しなくても、自然に剣は成長するということです」
「成長するのが遅い自分の代わりに成長する剣か、悪くないかもね」

 確かに侯爵の遺品があれば何でも出来そうな気がしてくる。これから新しい一年が始まるのだ。まずは金貨四十万枚、相続税をしっかりとアシュリーに支払ってやる。

 

 







 
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