上 下
4 / 22

第4話 紅茶の検査

しおりを挟む
「私、ティエラ様の気持ちよく分かります」
「はい?」

 小さな鞄を持って、王子の部屋を出ると、前を歩くナターシャが話しかけてきた。

「私も最初はエース様の前だと凄く緊張したんですよ。今は優しい人だと分かって、平気なんですけどね。ティエラ様もすぐにそうなると思いますよ」
「大丈夫です。王子様とナターシャさんが優しいのは見れば分かります。お二人には是非幸せになって欲しいです」
「そう言ってくれると嬉しいです。反対する人は多いですが、ティエラ様のような心強い味方が出来て頼もしい限りです」

 確かに王子の言う通り、会えば良い人だと分かる。逆に言えば良い人だと思ってしまう。
 ナターシャは共感性が高そうで、心地良く感じる会話が出来るように誘導させられている気がする。
 この国に亡命した理由も、身分の高い年上と無理矢理に結婚させられるのが嫌だったかららしい。
 だから、お城でも通用する高い教養を持っていると王子が馬車の中で話していた。

「こちらの部屋です。鍵は一つだけしかないので、無くさないようにしてくださいね」
「はい、ありがとうございます」

 後ろからじっくりとナターシャを観察していたけど、もう目的地に到着したようだ。
 ナターシャがクルリと軽やかに振り返ると左手で茶色い扉を指した。
 小さな扉は一人ぐらいは余裕で通れそうだ。その扉をナターシャが鍵を使って、開けてくれた。

「どうですか? 自白剤は作れそうですか?」
「そうですね。材料があれば……作れると思いますよ」

 部屋の中に入るとナターシャが聞いてきた。
 部屋の中は意外と広くて、器具や材料も名前付きの札でしっかりと分類されている。
 部屋を見れば王子の本気が伝わってくる。凄腕の錬金術師ならば、多分作れると思う。

「それは良かったです。エース様も喜ぶと思います。いつ頃、出来そうか分かりますか?」
「副作用の少ない自白剤だと、一ヶ月……」

 本当は三ヶ月と言いたいけど、チラッとナターシャの反応を見ながら言ってみた。
 簡単なのは、三時間もあれば私でも作れる。

「凄い! そんなに早いんですね!」
「ええ、まぁ……」

 ……良かった。一ヶ月は身の安全が保証された。
 素人には遅いか早いか分からないみたいだ。
 これなら、錬金術関係はそこまで警戒する必要はなさそうだ。

「ナターシャさん、しばらく部屋で眠りたいので、もう王子様の部屋に戻っていいですよ」

 そろそろハンカチの紅茶を調べたいので、ナターシャを自然に部屋から追い出す理由を作った。
 
「はい、分かりました。困った事があれば、近くのメイドに言ってくださいね」
「はい、そうします。案内、ありがとうございました」

 ナターシャが迷わずに部屋の扉を開けて、出て行こうとしている。
 これでゆっくりと調べる事が出来ると思ったのに、ナターシャが思い出したようにピタッと止まった。

「ああ、そうでした! ティエラ様のハンカチ、紅茶を拭いて汚れましたよね? 洗濯しますね」
「えっ? いえいえ、いいですよ。安物だし、ボロボロだから捨てようと思っていたんです」
「だったら、私が貰っていいですか? 捨てるなら問題ないですよね?」
「えっ、いや……」

 ……ヤバい。圧が凄い。
 ナターシャが目の前までやって来ると、笑顔で右手を差し出したまま待っている。
 ハンカチを渡すまで帰らないという意思がヒシヒシ伝わってくる。
 下手に怪しまれたくないので、ハンカチを渡してしまった。

「はい、どうぞ……」
「ありがとうございます。これなら、まだ全然使えますよ。綺麗に洗ってから、お部屋にお持ちしますね」
「はい、ありがとうございます」

 ハンカチは奪われたけど、着ている服の袖にも紅茶は付いている。
 それにハンカチを入れたポケットには契約書がある。紙に紅茶が染み込んでいれば、まだ何とかなる。
 でも、それも難しいかもしれない。

「いえ、お洗濯は好きなんです。それとティエラ様が今着ている服も洗いましょうか? ハンカチをポケットに入れていたから、服にも紅茶が付いています。着替えの服なら寝室のタンスの中にありますよ。さあ、脱いでください」
「えっ、目の前でですか?」
「あっ、そうですよね。女性同士でも恥ずかしいですよね。ごめんなさい」
「そうですね。ちょっと寝室で着替えて来ますね」

 私の着ている服まで洗おうとするナターシャに警戒心が跳ね上がった。
 鞄を持って、部屋の中にあるもう一つの扉を開けて、中に入ると扉を閉めた。

 ……証拠隠滅しようとしている⁉︎
 疑いたくはないけど、小瓶の所為でそう思ってしまう。
 とりあえず、ポケットの中の契約書は奪われなかった。
 黒のロングスカートのポケットから契約書を取り出して、確かめて見る。
 しっかりと契約書の一部が紅茶で濡れていた。これなら使えそうだ。

 ……さっさと着替えないと怪しまれる。
 寝室だと言われた部屋にはベッドとタンスがある。
 ベッドの上に鞄を置くと、急いで替えの服を取り出していく。
 着ている黒のロングスカート、白のフリルシャツを急いで脱いでいく。
 
「ティエラ様、タンスの中に替えの服はありましたか?」
「は、はい、大丈夫です。ちょっと待ってください……」

 コンコン、コンコンと寝室の扉を叩いて、ナターシャが服を渡せと急かしてくる。
 まだ下着のままだけど仕方ない。
 脱いだ服を持って、扉を少しだけ開けると、隙間から手と服だけを出してナターシャに渡した。

「よ、よろしくお願いします」
「はい、お預かりしました。ゆっくりとお休みくださいね」
「はい、お休みなさい」

 服を受け取るとナターシャは満足したようだ。
 パタンと寝室の外の扉の閉まる音が聞こえたので、寝室から出て、扉の鍵を閉めた。
 これで紅茶の成分が調べられる。
 寝室に戻ると鞄から出した服を着て、契約書を持って研究室に戻った。

「検査薬もありますね。これなら、すぐに調べられそうです」

 紅茶に小瓶の液体が混ざり合っているから、通常は調べるのがちょっと難しい。
 でも、調べる液体が分かっているなら、ピンポイントで狙って調べられる。
 もちろん、調べる液体が違う場合もあるので、その時は通常通りに難しくなってしまう。

「やっぱり……」

 三つのフラスコ(ガラス瓶)に別々の検査薬を入れて、水と一緒にグツグツと煮込んでいく。
 そこに切った契約書を投入する。透明だったフラスコの液体が青色、薄茶色、ピンク色に変わっていく。
 私の知っている興奮作用、精力作用がある薬品と同じ反応だ。
 問題はどうして、王子にエロ薬を入れたのかだ。
 ……そういう事がしたい日の合図かな?

「ひぃ!」
「錬金術師様はいらっしゃいますか?」

 コンコンと扉が急に叩かれたので驚いてしまった。
 ナターシャが本当に寝ているのか確認しに戻って来たのかと思ったけど、ナターシャとは違う女性の声だ。
 今は寝ている事になっているから、少しだけ間を置いて返事をした。

「……は、はい! どちら様ですか?」
「錬金術師様ですね。国王様と王妃様がお会いになりたいそうです。わたくしは案内するように仰せつかりました、使用人のコリンナです」
「国王様と王妃様が私に……」
「今すぐにお会いする事は出来るでしょうか?」
「は、はい! す、すぐに用意します!」

 呼び出される理由は分からないけど、行かないと駄目なのは誰だって分かる。
 使用人に急かされたので、髪を手櫛で軽く整えると扉を開けた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャららA12・山もり
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

冷遇されている令嬢に転生したけど図太く生きていたら聖女に成り上がりました

富士山のぼり
恋愛
何処にでもいる普通のOLである私は事故にあって異世界に転生した。 転生先は入り婿の駄目な父親と後妻である母とその娘にいびられている令嬢だった。 でも現代日本育ちの図太い神経で平然と生きていたらいつの間にか聖女と呼ばれるようになっていた。 別にそんな事望んでなかったんだけど……。 「そんな口の利き方を私にしていいと思っている訳? 後悔するわよ。」 「下らない事はいい加減にしなさい。後悔する事になるのはあなたよ。」 強気で物事にあまり動じない系女子の異世界転生話。 ※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。

【完結】経費削減でリストラされた社畜聖女は、隣国でスローライフを送る〜隣国で祈ったら国王に溺愛され幸せを掴んだ上に国自体が明るくなりました〜

よどら文鳥
恋愛
「聖女イデアよ、もう祈らなくとも良くなった」  ブラークメリル王国の新米国王ロブリーは、節約と経費削減に力を入れる国王である。  どこの国でも、聖女が作る結界の加護によって危険なモンスターから国を守ってきた。  国として大事な機能も経費削減のために不要だと決断したのである。  そのとばっちりを受けたのが聖女イデア。  国のために、毎日限界まで聖なる力を放出してきた。  本来は何人もの聖女がひとつの国の結界を作るのに、たった一人で国全体を守っていたほどだ。  しかも、食事だけで生きていくのが精一杯なくらい少ない給料で。  だがその生活もロブリーの政策のためにリストラされ、社畜生活は解放される。  と、思っていたら、今度はイデア自身が他国から高値で取引されていたことを知り、渋々その国へ御者アメリと共に移動する。  目的のホワイトラブリー王国へ到着し、クラフト国王に聖女だと話すが、意図が通じず戸惑いを隠せないイデアとアメリ。  しかし、実はそもそもの取引が……。  幸いにも、ホワイトラブリー王国での生活が認められ、イデアはこの国で聖なる力を発揮していく。  今までの過労が嘘だったかのように、楽しく無理なく力を発揮できていて仕事に誇りを持ち始めるイデア。  しかも、周りにも聖なる力の影響は凄まじかったようで、ホワイトラブリー王国は激的な変化が起こる。  一方、聖女のいなくなったブラークメリル王国では、結界もなくなった上、無茶苦茶な経費削減政策が次々と起こって……? ※政策などに関してはご都合主義な部分があります。

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

処理中です...