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間話 マリクのお一人様婚活パーティー

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「んんっ……? ああっー、怠い」

 昨日の火山地帯のクエストで、ムキになって頑張り過ぎたようだ。思いの外、身体が怠い。ベッドの上にある目覚まし時計を見ると、午前8時24分を指していた。せっかくの日曜日の朝に、布団から出たくはないけれど、今日だけはサボる訳にはいかない。未来の妻が俺が来るのを今か今かと待っている。

 顔を洗い、歯を磨き、床に散らばっている武器や防具を装備すると、風呂付き、トイレ付きのワンルームの我が家から俺は出た。さあ、パーティーの始まりだ。

「まったく、アイツも意地を張らずに来ればいいのに……」

 まあ、誘っても来ないだろう。妹に手を出すようなシスコン変態野郎は今日はどうでもいい。20歳の妹と一緒に風呂に入って、一緒のベッドに寝て、何もしない男はいない。絶対に如何わしい事をやっている。間違いない。

 けれども、決定的な証拠もないのに、相棒を街の警備隊に突き出したりはしない。それに16歳で成人なんだから、お互い合意の上なら見て見ぬフリぐらいはしてやろう。やれやれ、変態相棒を持つと苦労するぜ。

(チッ……まだ30分前なのに、モテない、実力がない、金がないの三拍子揃った中年冒険者どもが、また来てやがる。中年になる前に、中級になって出直して来いよ)

 婚活パーティーが開かれる広場に、八人の武装した年齢30代後半の男達が並んでいた。どうせ、酒飲んで、飯食べて、若い女性冒険者の尻や胸とか見ながら、何百回も使い古した武勇伝を聞かせるだけの奴等だ。こんな所に来ないで、家で一人寂しく酒でも飲んでろよ。

 俺は絶対にコイツらみたいな負け組にはならない。俺の才能と実力があれば、一年ちょっとで中級冒険者になれるはずだ。

 実力のない冒険者は、レベル40から先にある中級冒険者にはなれない。ランク昇級試験は実力がなければ絶対に突破出来ない。そういう仕組みらしい。年齢が40歳近いのに初級冒険者専用の婚活パーティー会場にいる時点で、実力がない事を証明しているようなもんだ。初級でベテラン冒険者風を吹かせている奴等は全員雑魚だ。

「へっへっ、毎週、日曜日が来るのが待ち遠しいなぁー。若い女の子に小父様とか言われちゃうんだぜ♪」

「分かる分かる! 俺もワザと危ない目に遭わせてから助けてやると、『怖かったですぅー』とか泣きながら抱きついて来るんだぜ。まったく可愛いもんだ」

「おいおい、そんな酷い事してるのかよ? 俺も今度やっちゃおうぅ~♪」

「おいおい、真似すんなよぉ~。使用料取っちゃうぞ!」

(下衆野郎がぁ……)

 前に並んで下品な笑い声を上げている男二人は完璧に屑だ。でも、似たような屑を昨日見たばかりなので、そこまでの怒りは湧いて来ない。あのアベルの野郎! この俺を女の子役にさせやがって!

「皆さん、おはようございます。本日はようこそおいでくださいました。予定よりも少し早い時間ですが、参加申し込みの受付を開始します」

 先週と同じように受付時間の20分前に、冒険者ギルドの白黒柄の制服を着た、黒髪七三分けの背の高い男がやって来た。

 先週もそうだったけど、何で開始時間よりも早く来て、外で待機している、やる気ある冒険者に男の職員が対応するんだよ。女性職員を使えよ。参加費払ってんだから、ちょっとぐらい話をさせろよ。サービス悪いぞ。

「また、ダニエルかよ! 巫山戯んなよ。コーリンちゃんとか、ブレアちゃんと話をさせろよ。お兄ちゃんもそう思うよな?」

「えっ⁉︎ 俺っすか?」

 前に並んでいた下品な顎髭ボウボウの斧男がいきなり振り返って話しかけてきた。コイツと同じ事を思っていたなんて、かなりショックだ。この見た目だと、冒険者というよりも野盗だな。場所を間違えたんじゃねぇのか。銀行ならあっちにあるぞ。

「そうそう、兄ちゃんだよ! 土下座の兄ちゃん。兄ちゃんも、ダニエルのオッサンよりも、新妻ブレアちゃんとか、行き遅れコーリン姉さんがいいだろう?」

「いやぁー、二人とも知らないというかぁ……」

 汚ねぇな。この野太い声の斧男と話すのは生理的に嫌だ。モジャ髭が不衛生だし、唾も飛んでくる。そもそも知らない女性職員の名前を言われても分かんねぇし、その前に土下座の兄ちゃんって何だよ? 

 初対面の相手に失礼過ぎるだろ。この前のパーティーで、俺が土下座したのがそんなに面白くて印象に残ってんのかよ。

「ランディ、土下座の兄ちゃんが困っているじゃないか。俺達みたいな常連じゃねぇんだよ。ブレアちゃんもコーリンちゃんも知らねぇんだよ。悪いな土下座の兄ちゃん」

 こっちの鎖鎧のパーマ男は少しは分かっているようだけど、コイツも土下座の兄ちゃんかよ! 土下座の兄ちゃん、土下座の兄ちゃんって呼ばれるたびに凄えムカつくな。二人で喧嘩売ってんじゃないのか。

「何言ってんだよ、サムソン! 土下座の兄ちゃんも、待ち時間まで退屈なんだから、誰かと喋りたいに決まってるだろ。なぁ、土下座の兄ちゃん?」

「いや、俺の名前はマリ——」

「よし、土下座の兄ちゃん。知らねぇなら教えてやるよ。いいか! ブレアちゃんは見た目は若いけど26歳でな。先月、中級に上がった黒魔法使いのスペンサーって男と結婚したんだよ。あの野郎、上手い事やりやがったな。まあ、それはいいんだよ。それでコーリン姉さんは行き遅れだけど、まだまだ27歳でな。金髪のお姉さん系の……」

 ああっっー、ムカつく‼︎ 全然、人の話を聞かねぇタイプの人間だ。名前ぐらい言わせろよ! こっちも髭モジャ唾かけ男って呼ぶぞ!

「おい、ランディ。お前の番だぞ」

「コホン。お話し中、申し訳ありません」

 俺の怒りが頂点を迎え、顎モジャのモジャに一発硬い拳骨を喰らわせようとした思った瞬間、パーマ男が髭モジャを呼んだ。振り返った髭モジャの後ろには、職員のダニエルが参加者用紙を持って、待っている。どうやら、同僚の噂話はお気に召さないようだ。少し不機嫌そうな顔をしているように見える。

「済まねぇー、ダニエルさん⁉︎ 直ぐに書くよ」

「慌てなくても結構ですよ。開始まで、まだ2分はありますから」

 髭モジャは慌てて参加者用紙を受け取ると、アタフタと右手で記入しながら、左手でポケットから汚ねぇ財布を取り出している。やれやれ、戦意喪失してしまったぜ。髭モジャは自分が命拾いした事に気がついていないようだ。ふぅー、パーマ男と七三分けダニエルに感謝するんだな。

(まったく、人が直ぐ後ろにいる気配が分かんないなんて……この斧男は冒険者にも野盗にも向いてないな。死ぬ前にさっさと辞めればいいのに)

 パーマ男も髭モジャ男も身長180センチ以上で、そこそこ身体も鍛えている。腕自慢が冒険者になったつもりだろうけど、対人戦とモンスター戦は全然違う。街の喧嘩自慢程度じゃ、殺されるだけだぜ。

(さてと、時間だな。俺もさっさと中に入るか)

 午前10時になったので、前の方に並んでいる男達が次々に白い布で囲まれたパーティー会場に入って行く。女性冒険者も四人並んでいたので、まずは取り合いになるだろう。しばらくは料理でも食べて様子見になるな。

「あのぉー……よろしかったら、おひとつどうですか?」

「んっ?」

 突然、少女のような可愛い声が聞こえた。右後方をゆっくりと振り返ると、背中まである長い黒紫色の髪を首の後ろで縛っている、白いブラウスと髪の色に似た膝上スカートを履いた美少女が立っていた。

 長方形のお弁当箱を両手に持って、お弁当箱の中には小さなカラフルおにぎりが十二個入っている。俺におにぎりを食べて欲しいという事なんだろうけど、知らない女の子だ。

「……えっーと、俺が食べていいの?」

「はい。他にも唐揚げとかもありますよ」

 美少女は俺の質問に答えた後に、違うお弁当箱を手提げ袋から取り出して見せてきた。そのお弁当には唐揚げ、エビフライ、卵焼き、プチトマトと、手で摘んで食べられるような料理が詰め込まれている。どうやら、本当に食べていいらしい。でも、無料とは思えない。

「えっーと……もしかして、有料?」

「いえいえ、違います! 無料です。私、婚活パーティーの参加者なんですけど、戦うのはあまり得意じゃなく……それで料理が得意なので、こういうアピールしようかなって思って……すみません。知らない人の手作りお弁当なんて気持ち悪かったですよね?」

 そんな訳ねぇだろうがぁー‼︎ 見ず知らずの美少女からの手作り弁当の差し入れは、10代、20代男子が一度は起こって欲しいと神様に願う、NO. 1シチュエーションだ!

「いやいや、そんな事はないって! めちゃくちゃ美味しそうじゃん♪ それじゃあ、一つ貰うぜ」

「はい、遠慮なくどうぞ」

 とりあえず、心の叫びと興奮を黒紫の美少女に悟られないように、最初に勧められたおにぎり弁当から、オレンジ色と茶色のフリかけが、タップリと掛けられている物を手に取った。まだ、温かいので握り立てなのだろう。あっーあ、今日死んでもいいかもしれない。

「どうですか? 美味しいですか?」

 モグモグ、モグモグと味わって食べる。正直、おにぎりの味に美味い、不味いがあるのか分からない。けれど、愛情という隠し味が、しっかりとタップリと振り掛けてあるのは分かる。その証拠に指に付いた米粒の一つも見逃さずに綺麗に食べてしまった。

「うん……最高だよ。神の領域だよ」

「あっはは♪ お世辞でも嬉しいです。優しいんですね……あっ⁉︎ そういえば、自己紹介もまだでしたね。私、ステラといいます。年齢は21で、レベルは14のIランク冒険者です」

「俺はマリク。23歳でレベルは33だよ。よろしくね、ステラちゃん」

「いえいえ、こちらこそ宜しくお願いします!」

 こんな可愛い子と会場に入る前に知り合えるなんて……やはり今日の俺は何かが違うのだろう。着ていた茶色の革鎧も、アベルのアドバイス通りに、死んだばかりのレッドウルフの発熱体毛を使って、焼き傷を付けている。格好良さ三割増ぐらいには見えるのかもしれないな。

「よし、ステラちゃん。会場に入って、酒でも飲みながら、もう少し話そうか?」

 男なら、この勢いを落とさずに、一気に攻めるべきだ。昨日の武勇伝を語りながら、酒でも一緒に飲めば、直ぐに仲良くなれるってもんだ。

「あのぉー、私もマリクさんと一緒に話したいんですけど……そのぉー、パーティー会場じゃないと駄目ですか? 銀貨4枚も使わずに、もっと静かな場所でゆっくりお話ししませんか?」

「えっ⁉︎」

 ステラちゃんが上目遣いで恥ずかしそうに俺の答えを待っている。大人しい子だと思っていたけど、どうやら俺の大きな勘違いだったようだ。料理で俺の胃袋を掴んだ後に、今度は別の袋も掴みたいようだ。しまったなぁー。こんな事になるなら、昨日の夜に部屋を掃除しておくんだったぜ。

 ♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 

 

 

 



 
 
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