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第17話 レッドウルフとの戦い
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左腰から剣を抜き、警戒しながら草が倒れる方向に向かって歩き続けた。僕達二人がレッドウルフに倒されれば、同じように草が倒れる方向に引き摺られて行く事になるだろう。
「マリク……」
「んっ?」
前方で赤茶色の動く物体を見つけて、素早くマリクを呼び寄せた。姿勢を低くして茂みから、20メートルほど先の草の上を彷徨く、品のない赤狼を観察した。間違いなくレッドウルフだ。まだ寝ぐらまでは遠そうなので、おそらくは単独行動中の一匹だろう。
(相変わらず野良犬とチンピラを混ぜ合わせたような風貌だな)
犬好きの女の子も、街中で目つきの悪いレッドウルフを見つけたら、猛ダッシュで建物の中に逃げ込むだろう。身体の大きさは体長1メートル前後と、そこまで大きくはないものの、高熱の体毛、素早い動き、不衛生な鋭い牙、この三つはかなりの脅威になる。
「匂いで気が付かれるのも時間の問題だ。一気に倒すぞ」
「おう……」
人間の体臭は動物とは明らかに異なる。風呂に入れば石鹸の匂い、服を洗えば洗剤の匂いと、とにかく自然の中では嗅いだ事が無いような匂いを身体から発生させている。いくら消臭剤をかけて誤魔化しても、完璧には消し去る事は出来ないのだ。
右手に持っていた片刃曲刀のファルシオンを鞘に戻すと、左手に鞘、右手に柄を握って構えた。風太刀居合い・疾風——剣技を発動させると、レッドウルフに向かって一気に加速した。
『……ガゥ⁉︎』
レッドウルフは接近して来る何者かの気配に気付いて、気配のする方向にゆっくりと振り向いていく。遠吠えで仲間を呼ばれる前に、素早く倒さないといけない。
『〝迅雷〟』
『キャン‼︎』
鞘から勢いよく刀身を解放すると、レッドウルフの顎下から首筋を斬り裂いた。レッドウルフは短い悲鳴を上げると、切断された首から血飛沫を上げながら倒れていった。
「はぁ、はぁ……まずは一匹目」
素早く剣を鞘に仕舞うと、再び居合い斬りの構えを取りながら、乱れた呼吸を落ち着かせる。体毛が発熱する前に首を切り落としたので、刀身にはほとんどダメージは無いと思う。思うけど、本当は直ぐに確認したい。でも、駄目だ。二匹目、三匹目が現れてしまうかもしれない。今は我慢しないと駄目だ。
「いいよなぁー。俺もそんな剣技が欲しかったよ」
周囲の安全を確認したのか、マリクがゆっくり歩いてやって来た。どうやら、二匹目の伏兵はいないようだ。
「欲しけりゃくれてやるよ。前に『風林火山』をやったのに、習得した技は『スラッシュ』だっただろ。奉納する武器は関係ないんだよ。その人の性格とか戦い方とかが強く影響するんだろうな」
他人の技が良く見えるのはよくある事だ。マリクが羨ましい気持ちは分かる。僕の剣技は『属性剣』といって、習得する人が少ない珍しい技だ。僕としては常時発動している『身体能力強化』の方が欲しかった。珍しいというだけで、凄い技、強い技にはならない。
「ええっー、本当かよ? 本当は嘘吐いて隠してるんだろ? いい加減に教えてくれよぉー」
嘘はまったく吐いていないのに、マリクは信じようとしない。風林火山は、僕の故郷の国でお土産として売られている木刀で、木刀の柄に『風林火山』という文字が彫られているだけの武器だ。銀貨1枚程度の値段しかしない。
さて、人を信じる優しい気持ちを失った相棒は放って置いていい。倒したばかりのレッドウルフの頭と胴体を茂みの中に隠さないといけない。こんなものを持ち歩きながら戦闘なんて出来ない。
レッドウルフの左前足を右手で掴むと、ズルズルと引き摺って近くの茂みの中に隠した。死体の上から消臭剤が入ったスプレーを吹き掛けておけば、しばらくは気づかれないはずだ。
「よし、跡を追うぞ」
「ラジャー」
死体を隠した場所が分かるように、近くの木の枝に目印となる赤い紐を結び付けると、また草が倒れている方向に向かって歩き始めた。残り四匹倒せばいいだけだけど、そう都合よく四匹だけ現れてくれるはずがない。必ずといってもいい程に、倒し過ぎてしまうのが日常だ。
納品する毛皮の数は指定されているので、冒険者ギルドは指定数以上の毛皮は引き取ってくれないし、毛皮以外は絶対に引き取ってくれない。
それに明らかに指定数以上のモンスターを倒してしまうと、冒険者ギルドのブラックリストに登録されてしまう可能性がある。そうなると、冒険者資格の剥奪、モンスター素材の取引き禁止、転移ゲートの使用禁止と、かなりの重い罰則が用意されている。
「止まれ!」
右手を上げて、後ろを歩いているマリクを止めた。
「んっ?」
「あそこに三匹いる」
薄茶色の山肌に縦1メートル横2メートルほどの半円状の穴が空いていて、その洞穴の前に三匹のレッドウルフがゴロンと寝転んでいる。自然に出来たというよりも、手で掘って作られたような感じがする。どうやら、探していた寝ぐらに到着したようだ。
「マリク、お前の出番だぞ」
疾風で一気に近づいて一匹は瞬殺できる。残り二匹もそこまでの脅威ではない。でも、残りが二匹とは限らない。洞穴の中に五、六匹潜んでいたらアウトだ。ここは安全策で行くしかないだろう。
「えっ? ここは二人でやった方が良いって!」
「勘違いするな。俺はお前の為に言っているんだ。いいか? 一対一でのレッドウルフの戦いで出来た焼き傷と、一対三で出来た焼き傷では全然違うだろう? 作り話じゃ、全然リアルさが伝わらないんだよ。よりリアルな体験談を明日の婚活パーティーで話す事で、お前の格好良さが際立つんだ。さあ、俺が見守っているから、行ってこい!」
「アベル、お前って奴は……分かった。俺、行って来る!」
説得が通じたのか、明日の婚活パーティーに命を懸けているのか、まあ、理由はどうでもいいけど、やる気にはなってくれたようだ。
「安心しろ。危なくなったら、誰よりも早くお前を助けに行ってやる。さあ、行け」
「分かった。俺の背中はお前に任せるからな。行くぜ……ウオォォーー‼︎」
『『『ガァル⁉︎』』』
意気揚々と剣を上段に構えてマリクはレッドウルフ三匹に向かっていた。出来れば静かに突撃して欲しかったけど、この騒ぎならば洞穴の中のレッドウルフも飛び出して来るだろう。
「セイヤァー! トォリャー!」
『『『ガルルル‼︎ ギャンギャン‼︎』』』
マリクは常に足を止めずに動き回り、ロングソードを突き出し、振り回して、攻撃、威嚇、牽制を組み合わせた攻撃を続けた。その必死の攻撃に、三匹は迂闊に近づけないように見える。
まあ、僕も三匹の仲間なら、獲物が疲れるまでは無理に攻めたりしないだろう。あと5分もすれば集中力が落ちてきそうだから、足に噛み付いて負傷させればいい。あとは足を引き摺りながら逃げるマリクを、追いかけ回して倒せばいい。極めて簡単な狩りだ。
さてと、そろそろ助けに行かないとマズイ。レッドウルフ達の体毛は赤茶色から真っ赤に染まっている。そいつはお前達の餌じゃなくて、帰りの荷車を引く馬なんだから、焼き殺されたら困るんだぞ。
『『『ガァフッ‼︎』』』
(おっと……増えた)
助けようと思って茂みから出ようとした瞬間、洞穴から三匹のレッドウルフが飛び出して来た。これでレッドウルフは合計で六匹になってしまった。
「来るなら来い! 近づいた奴から打った斬ってやる!」
マリクの周囲をグルッと囲むように、六匹のレッドウルフは牙を剥き出し、唸り声を上げて威嚇している。新米冒険者ならば、もうオッシコを漏らして、走馬灯を見ている頃だろう。けれども、この絶体絶命のピンチにマリクは剣を振り回して、勇敢に戦う意思をレッドウルフ達に見せつけている。
(よし、もうしばらく、ここで見学だな)
飛び出して助けたい気持ちを必死に抑え込んで、僕は茂みの中に戻った。勇敢な相棒が男を見せようとしているのに、邪魔したら悪い。今はチャンスが来るまで待つしかないんだ。
「ビビってないで、来いよ。さあ、来いよ……」
マリクは両手でロングソードの柄を握り締め、剣先を背中に向けて、右半身水平に構えて動かない。明らかに『強斬・回転斬り』の構えだ。360°を一気に斬り裂く剣技だけど、攻撃後の隙が大きい。外したが最後、ガラ空きになった身体にレッドウルフ達が襲い掛かって来るだろう。
アイツの狙いは分かった。だとしたら、僕はその瞬間に合わせて、アイツの背中を守ればいいだけだ。
草の茂みから抜け出すと、マリクの背中側にいるレッドウルフに狙いを定めた。回転斬りが発動した後に、疾風を使っても間に合わない。つまり、マリクの狙いは前の三匹は回転斬りで倒すから、後ろのレッドウルフは僕に倒せと言っているのだ。やれやれ、人使いの荒い相棒だ。
『〝発〟』
『『『『『『ガァル⁉︎』』』』』』
突然の大声にレッドウルフ達に動揺が走った。この大声に意味はほとんどない。剣技を使うという、ただの合図だ。そして、この合図にキチンと反応できる人間は、僕の知る中で一人しかいない。
「よっしゃー、行くぜ‼︎ ウォリヤヤャー‼︎」
『『『キャン⁉︎』』』
僅かな隙とチャンスを見逃さず、マリクはロングソードを構えたまま、前に向かって大きく前進すると、一気に剣をフルスイングした。ロングソードの刀身は右から左に移動しながら、前方にいた二匹と、左方向にいた一匹の下顎と胴体を軽々と斬り裂きながら、一回転半して静止した。
『〝迅雷〟』
『キャン‼︎』
前方にいた三匹が倒れるのとほぼ同時に、右後方にいたレッドウルフの首が斬り落とされた。これで残りは二匹。二対二のちょうどいい戦いになった。
「へっへっ♪ ビビって出て来ないと思ってたぜ」
「小型犬六匹にビビるのはお前だけだ。一対二と二対二、どっちがい——」
『『ガゥルル‼︎』』
「おっと……」
マリクの答えを聞く暇もなかった。生き残っている二匹が僕に飛び掛かって来たので、急いで回避した。やはり獣、僕を雑魚だと思ったようだ。鞘に剣を素早く仕舞うと意識を剣と鞘だけに集中させていく。
風太刀居合い・【秘技】疾風二連——至近距離で鞘から剣を抜くと、また、鞘に剣を仕舞って、引き抜いた。高速の二連続居合い斬りが二匹のレッドウルフを軽々と斬り殺した。
♢♦︎♢♦︎♢
「ほら、さっさと解体するぞ。俺は四匹も倒したんだから、お前は四匹解体しないといけないんだぞ」
「いやいや‼︎ 相棒を見殺しにしようとした人間に言われたくないよ。絶対に六匹だから出て来たけど、十匹だったら逃げてただろう!」
そんなの当たり前だろ。誰がお前と最後の瞬間を好き好んで迎えないといけないんだよ。こういう時はお前一人が犠牲になって、僕を安全な場所まで逃せばいいんだ。墓ぐらいは建ててやるんだから、それでいいだろう? ……と、もちろん、そんな事を言うつもりはない。
「死ぬ時は一緒に決まっているだろう。馬鹿なこと言ってないで、さっさと解体するぞ」
「本当かよ……」
依頼のレッドウルフの毛皮五匹分は、全身という意味だ。頭から尻尾、足の爪先まで含めてである。毛皮の損壊があまりに激しいと一匹分にはならないので、丁寧な解体が必要になる。
「マリク……」
「んっ?」
前方で赤茶色の動く物体を見つけて、素早くマリクを呼び寄せた。姿勢を低くして茂みから、20メートルほど先の草の上を彷徨く、品のない赤狼を観察した。間違いなくレッドウルフだ。まだ寝ぐらまでは遠そうなので、おそらくは単独行動中の一匹だろう。
(相変わらず野良犬とチンピラを混ぜ合わせたような風貌だな)
犬好きの女の子も、街中で目つきの悪いレッドウルフを見つけたら、猛ダッシュで建物の中に逃げ込むだろう。身体の大きさは体長1メートル前後と、そこまで大きくはないものの、高熱の体毛、素早い動き、不衛生な鋭い牙、この三つはかなりの脅威になる。
「匂いで気が付かれるのも時間の問題だ。一気に倒すぞ」
「おう……」
人間の体臭は動物とは明らかに異なる。風呂に入れば石鹸の匂い、服を洗えば洗剤の匂いと、とにかく自然の中では嗅いだ事が無いような匂いを身体から発生させている。いくら消臭剤をかけて誤魔化しても、完璧には消し去る事は出来ないのだ。
右手に持っていた片刃曲刀のファルシオンを鞘に戻すと、左手に鞘、右手に柄を握って構えた。風太刀居合い・疾風——剣技を発動させると、レッドウルフに向かって一気に加速した。
『……ガゥ⁉︎』
レッドウルフは接近して来る何者かの気配に気付いて、気配のする方向にゆっくりと振り向いていく。遠吠えで仲間を呼ばれる前に、素早く倒さないといけない。
『〝迅雷〟』
『キャン‼︎』
鞘から勢いよく刀身を解放すると、レッドウルフの顎下から首筋を斬り裂いた。レッドウルフは短い悲鳴を上げると、切断された首から血飛沫を上げながら倒れていった。
「はぁ、はぁ……まずは一匹目」
素早く剣を鞘に仕舞うと、再び居合い斬りの構えを取りながら、乱れた呼吸を落ち着かせる。体毛が発熱する前に首を切り落としたので、刀身にはほとんどダメージは無いと思う。思うけど、本当は直ぐに確認したい。でも、駄目だ。二匹目、三匹目が現れてしまうかもしれない。今は我慢しないと駄目だ。
「いいよなぁー。俺もそんな剣技が欲しかったよ」
周囲の安全を確認したのか、マリクがゆっくり歩いてやって来た。どうやら、二匹目の伏兵はいないようだ。
「欲しけりゃくれてやるよ。前に『風林火山』をやったのに、習得した技は『スラッシュ』だっただろ。奉納する武器は関係ないんだよ。その人の性格とか戦い方とかが強く影響するんだろうな」
他人の技が良く見えるのはよくある事だ。マリクが羨ましい気持ちは分かる。僕の剣技は『属性剣』といって、習得する人が少ない珍しい技だ。僕としては常時発動している『身体能力強化』の方が欲しかった。珍しいというだけで、凄い技、強い技にはならない。
「ええっー、本当かよ? 本当は嘘吐いて隠してるんだろ? いい加減に教えてくれよぉー」
嘘はまったく吐いていないのに、マリクは信じようとしない。風林火山は、僕の故郷の国でお土産として売られている木刀で、木刀の柄に『風林火山』という文字が彫られているだけの武器だ。銀貨1枚程度の値段しかしない。
さて、人を信じる優しい気持ちを失った相棒は放って置いていい。倒したばかりのレッドウルフの頭と胴体を茂みの中に隠さないといけない。こんなものを持ち歩きながら戦闘なんて出来ない。
レッドウルフの左前足を右手で掴むと、ズルズルと引き摺って近くの茂みの中に隠した。死体の上から消臭剤が入ったスプレーを吹き掛けておけば、しばらくは気づかれないはずだ。
「よし、跡を追うぞ」
「ラジャー」
死体を隠した場所が分かるように、近くの木の枝に目印となる赤い紐を結び付けると、また草が倒れている方向に向かって歩き始めた。残り四匹倒せばいいだけだけど、そう都合よく四匹だけ現れてくれるはずがない。必ずといってもいい程に、倒し過ぎてしまうのが日常だ。
納品する毛皮の数は指定されているので、冒険者ギルドは指定数以上の毛皮は引き取ってくれないし、毛皮以外は絶対に引き取ってくれない。
それに明らかに指定数以上のモンスターを倒してしまうと、冒険者ギルドのブラックリストに登録されてしまう可能性がある。そうなると、冒険者資格の剥奪、モンスター素材の取引き禁止、転移ゲートの使用禁止と、かなりの重い罰則が用意されている。
「止まれ!」
右手を上げて、後ろを歩いているマリクを止めた。
「んっ?」
「あそこに三匹いる」
薄茶色の山肌に縦1メートル横2メートルほどの半円状の穴が空いていて、その洞穴の前に三匹のレッドウルフがゴロンと寝転んでいる。自然に出来たというよりも、手で掘って作られたような感じがする。どうやら、探していた寝ぐらに到着したようだ。
「マリク、お前の出番だぞ」
疾風で一気に近づいて一匹は瞬殺できる。残り二匹もそこまでの脅威ではない。でも、残りが二匹とは限らない。洞穴の中に五、六匹潜んでいたらアウトだ。ここは安全策で行くしかないだろう。
「えっ? ここは二人でやった方が良いって!」
「勘違いするな。俺はお前の為に言っているんだ。いいか? 一対一でのレッドウルフの戦いで出来た焼き傷と、一対三で出来た焼き傷では全然違うだろう? 作り話じゃ、全然リアルさが伝わらないんだよ。よりリアルな体験談を明日の婚活パーティーで話す事で、お前の格好良さが際立つんだ。さあ、俺が見守っているから、行ってこい!」
「アベル、お前って奴は……分かった。俺、行って来る!」
説得が通じたのか、明日の婚活パーティーに命を懸けているのか、まあ、理由はどうでもいいけど、やる気にはなってくれたようだ。
「安心しろ。危なくなったら、誰よりも早くお前を助けに行ってやる。さあ、行け」
「分かった。俺の背中はお前に任せるからな。行くぜ……ウオォォーー‼︎」
『『『ガァル⁉︎』』』
意気揚々と剣を上段に構えてマリクはレッドウルフ三匹に向かっていた。出来れば静かに突撃して欲しかったけど、この騒ぎならば洞穴の中のレッドウルフも飛び出して来るだろう。
「セイヤァー! トォリャー!」
『『『ガルルル‼︎ ギャンギャン‼︎』』』
マリクは常に足を止めずに動き回り、ロングソードを突き出し、振り回して、攻撃、威嚇、牽制を組み合わせた攻撃を続けた。その必死の攻撃に、三匹は迂闊に近づけないように見える。
まあ、僕も三匹の仲間なら、獲物が疲れるまでは無理に攻めたりしないだろう。あと5分もすれば集中力が落ちてきそうだから、足に噛み付いて負傷させればいい。あとは足を引き摺りながら逃げるマリクを、追いかけ回して倒せばいい。極めて簡単な狩りだ。
さてと、そろそろ助けに行かないとマズイ。レッドウルフ達の体毛は赤茶色から真っ赤に染まっている。そいつはお前達の餌じゃなくて、帰りの荷車を引く馬なんだから、焼き殺されたら困るんだぞ。
『『『ガァフッ‼︎』』』
(おっと……増えた)
助けようと思って茂みから出ようとした瞬間、洞穴から三匹のレッドウルフが飛び出して来た。これでレッドウルフは合計で六匹になってしまった。
「来るなら来い! 近づいた奴から打った斬ってやる!」
マリクの周囲をグルッと囲むように、六匹のレッドウルフは牙を剥き出し、唸り声を上げて威嚇している。新米冒険者ならば、もうオッシコを漏らして、走馬灯を見ている頃だろう。けれども、この絶体絶命のピンチにマリクは剣を振り回して、勇敢に戦う意思をレッドウルフ達に見せつけている。
(よし、もうしばらく、ここで見学だな)
飛び出して助けたい気持ちを必死に抑え込んで、僕は茂みの中に戻った。勇敢な相棒が男を見せようとしているのに、邪魔したら悪い。今はチャンスが来るまで待つしかないんだ。
「ビビってないで、来いよ。さあ、来いよ……」
マリクは両手でロングソードの柄を握り締め、剣先を背中に向けて、右半身水平に構えて動かない。明らかに『強斬・回転斬り』の構えだ。360°を一気に斬り裂く剣技だけど、攻撃後の隙が大きい。外したが最後、ガラ空きになった身体にレッドウルフ達が襲い掛かって来るだろう。
アイツの狙いは分かった。だとしたら、僕はその瞬間に合わせて、アイツの背中を守ればいいだけだ。
草の茂みから抜け出すと、マリクの背中側にいるレッドウルフに狙いを定めた。回転斬りが発動した後に、疾風を使っても間に合わない。つまり、マリクの狙いは前の三匹は回転斬りで倒すから、後ろのレッドウルフは僕に倒せと言っているのだ。やれやれ、人使いの荒い相棒だ。
『〝発〟』
『『『『『『ガァル⁉︎』』』』』』
突然の大声にレッドウルフ達に動揺が走った。この大声に意味はほとんどない。剣技を使うという、ただの合図だ。そして、この合図にキチンと反応できる人間は、僕の知る中で一人しかいない。
「よっしゃー、行くぜ‼︎ ウォリヤヤャー‼︎」
『『『キャン⁉︎』』』
僅かな隙とチャンスを見逃さず、マリクはロングソードを構えたまま、前に向かって大きく前進すると、一気に剣をフルスイングした。ロングソードの刀身は右から左に移動しながら、前方にいた二匹と、左方向にいた一匹の下顎と胴体を軽々と斬り裂きながら、一回転半して静止した。
『〝迅雷〟』
『キャン‼︎』
前方にいた三匹が倒れるのとほぼ同時に、右後方にいたレッドウルフの首が斬り落とされた。これで残りは二匹。二対二のちょうどいい戦いになった。
「へっへっ♪ ビビって出て来ないと思ってたぜ」
「小型犬六匹にビビるのはお前だけだ。一対二と二対二、どっちがい——」
『『ガゥルル‼︎』』
「おっと……」
マリクの答えを聞く暇もなかった。生き残っている二匹が僕に飛び掛かって来たので、急いで回避した。やはり獣、僕を雑魚だと思ったようだ。鞘に剣を素早く仕舞うと意識を剣と鞘だけに集中させていく。
風太刀居合い・【秘技】疾風二連——至近距離で鞘から剣を抜くと、また、鞘に剣を仕舞って、引き抜いた。高速の二連続居合い斬りが二匹のレッドウルフを軽々と斬り殺した。
♢♦︎♢♦︎♢
「ほら、さっさと解体するぞ。俺は四匹も倒したんだから、お前は四匹解体しないといけないんだぞ」
「いやいや‼︎ 相棒を見殺しにしようとした人間に言われたくないよ。絶対に六匹だから出て来たけど、十匹だったら逃げてただろう!」
そんなの当たり前だろ。誰がお前と最後の瞬間を好き好んで迎えないといけないんだよ。こういう時はお前一人が犠牲になって、僕を安全な場所まで逃せばいいんだ。墓ぐらいは建ててやるんだから、それでいいだろう? ……と、もちろん、そんな事を言うつもりはない。
「死ぬ時は一緒に決まっているだろう。馬鹿なこと言ってないで、さっさと解体するぞ」
「本当かよ……」
依頼のレッドウルフの毛皮五匹分は、全身という意味だ。頭から尻尾、足の爪先まで含めてである。毛皮の損壊があまりに激しいと一匹分にはならないので、丁寧な解体が必要になる。
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