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第13話 幻の白色巨大カブト虫②

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 松明の灯りを頼りに三人縦一列に並んで、別名『巨大樹の森』と呼ばれる西の森の中を進んで行く。この森は高さ50メートル、直径9メートルを超える『セコイア』と呼ばれる樹木に一帯を囲まれている。暗視マスクはまだまだ使わない。

「いつも思うけど、なんか幽霊とか出そうな森だよな? ほら、あの辺とかなんか変じゃないか?」

「やめろよ、そんな面白くない冗談……レベッカさんは幽霊とか怖くないんですか?」
 
 可愛い女の子なら、「きゃあぁぁぁー!」とか悲鳴を上げて、抱き付いて来るかもしれないけど、このメンバーでそれが必要か? ちょっとは考えろよ。

「子供じゃないんだから、幽霊なんて怖がってどうするんだい。まったく、そんな変なもの探してないで虫を探しな。虫だよ、虫!」

「はぁーい!」

 どうやら平気そうだ。幽霊が出て来ても、拳で殴り飛ばしてくれそうだ。頼もしいので幽霊が出た時は追い払ってもらおう。とりあえず、幽霊を警戒するのはやめて、木の幹に張り付いている巨大カブト虫を探そう。幹の表面に不自然な小さな瘤が一つだけ出来ていたら、それがギガースビートルの可能性が高い。

 ギガースビートルは全長180センチ程の巨大カブト虫で、体長と同じぐらいの長さの頭角、胸角と呼ばれる長い二本の角を持つのが大きな特徴だ。もう一つの大きな特徴は、前翅ぜんしと呼ばれる外側に見える背中の色である。

 その前翅は現在、黒、黄、赤、青、白の五色が確認されていて、一番多いのが黒色と黄色で、珍しいのが赤色と青色。そして、一番希少なのが白色で、死んでいるものでも高値で取引きされるらしい。値段は生きているので、金貨300枚。死んでいるものでも、金貨30枚もするそうだ。

「おっ⁉︎ いたいた。アベル、アレ何色に見える?」

「相変わらず運が良いな。んんっ……黄色じゃないか?」

「いやぁー、白っぽくないか?」

 マリクが巨大カブト虫を一番乗りで発見したようだ。地上25メートルの高さにある小さな瘤を懐中電灯の明かりで照らしている聞いてくる。巨大カブト虫がいるのは間違いないが、前翅の色がよく分からない。

 レベッカを加えて、三人がかりで前翅をチェックしたものの、結局分からなかった。レベッカが双眼鏡を装着して、マリクが懐中電灯の明かりを当てて確認しても、黄色か白色かで結論が出なかった。

「誰が登るの? まさか、女に登れとか言わないわよね?」

「姉さん、こういう時は男も女も関係ないっすよ。公平にくじ引きやりましょうよ。さあ、恨みっこなしで」

 レベッカが登るのを拒否すると、マリクは素早く地面に落ちている三本の細い枝を拾って、一本だけへし折って極端に短くした。どうやら、短い枝を引いた人が登らないといけないらしい。

 レベッカはしぶしぶながらも、マリクの差し出された右手から一本だけ枝を引き抜いた。

「あら、残念」

 結果は長い枝だった。残念とは言っているけど、その表情は安堵しているようにしか見えなかった。さて、残るは長い枝と短い枝一本ずつ……転落死の確率は50パーセントになった。これはマズイ。

「ほらほら、お前も引けよ。男なら長いの引いても、短くしてもいいんだぞ!」

「引かないよ。マリク、こういう危険な事を強制したら駄目だ。確率的に黄色しか有り得ないし、石を打つけて、次を探そう。こんな太過ぎる幹の木登りなんて、危険なだけだ」

 いつもは登ったりはしない。でも、白色巨大カブト虫ならば、誰でも傷つけないように捕獲したいと思ってしまう。これが黒色や黄色ならば、石を思い切り投げつけて叩き落として倒してしまう。

 もしも、戦士系が複数人いれば、武器をハンマーに持ち替えて、同時にスラッシュを木に叩き込めば衝撃で落ちてくるかもしれない。この太さの幹ならば、少なくとも14人ぐらいは必要になるだろうけど……。

「アベル、お前には冒険者のロマンっていうのが無いのか? もしかすると、金貨300枚だぞ!」

「はぁー、命の値段は金貨300枚以上だ。俺はくじ引きはしない。やるのなら、死んでもいい人だけでやるべきだろう? 遊び半分で他人を危険に巻き込むべきじゃないぞ」

「何だよそれ? 意気地がないなぁー。失敗しなければいいんだろ? それにやる前から諦めてたら何にも出来ないぞ!」

 駄目だ。どんなに危険性を説明しても分かろうとしない。一回痛い目に合わないと分からないみたいだけど、それで取り返しのつかない事になったら寝覚めが悪い。

 まったく、高さ25メートルだぞ。落ちたら死んでしまう。掴めるような枝は遥か上にしかないし、短剣を幹に突き刺して登るにしても、途中で手が滑ったり、刃が抜けるかもしれない。それに今回上手くいったとしても、次も上手くいくとは限らない。100回やって、100回失敗しても死なないような、そんな安全な方法が無いならやめた方がいいんだ。

「じゃあ、あんたがやるという事で決定ね。私達は下で布を広げて待機しているから、安心して登りなさい。落ちても大丈夫だから」

「はい?」

「マリク、安心しろ。俺達が絶対に守ってやるからな! 安心して落ちて来い!」

「はい?」

 三人のバックパックから耐久性と広さがある布を探して三枚重ねにした。これで人が乗っても破れる事は絶対にない。そして、両端をレベッカと一緒に力一杯、ピーンと引っ張って、木の下に布製の救助マットをスタンバイさせた。俺達を信じて、ドーンと落ちて来い。

「……やらねぇよ⁉︎ 何で俺がやるていで話が進んでんだよ! おかしいだろ!」

「えっ? ……やりたいんだろ?」

「やりたくないに決まってんだろ! 少し考えれば、やりたい人間が、くじ引きなんてさせようとする訳ないだろうが! 察してくれよぉー!」

 マリクは滅茶苦茶キレている。考えてみれば、それはそうだ。やりたい人間はくじ引きなんてしようとしない。

「……分かった。なら、選択肢は二つしかない。やるか、るかだ」

 ご希望通りに察する事にした。マリクに拳大の石ころを渡すと決断を彼に任せた。自分で登るか、自分で叩き落とすか、どちらか自分の好きな方を選べばいい。僕達はその決定と結果に、決して文句は言わないから。

「……」

 マリクは数十秒、右手に持っている石ころと木の上に見える巨大カブト虫に視線を彷徨わせた結果、ついに結論を出した。

「……ちくしょーう‼︎」

 暗闇の中、マリクが投げた石ころは高く高く飛んでいった。けれども、明かりのない暗闇に負けて、無残にも消えていってしまった。明かりが必要だ。

 今度は石ころが当たりやすいように、僕とレベッカが懐中電灯で巨大カブト虫を照らし続けた。当然、巨大カブト虫は高さ25メートルにいる。簡単に石ころが直撃するはずがない。外すのは当たり前だ。それでも何回も投げ続ければ必ず当たる。そして、数え始めてから26投目。ついに胴体に石ころが直撃した。

「……黄色だな」

「ああ、間違いなく、黄色だ」

 地上に落下して来た巨大カブト虫の胴体は、多少潰れていたものの、ハッキリと黄色だと確認できた。巨大カブト虫の発見から47分後。掴み合いの喧嘩、罵り合いを経って、僕達の夢は見事に潰れた。そして、一つの結論を出した。今日は白色はもういない。

「よし、皆殺しで行こう」

「ああ、そうしようぜ。時間の無駄だった」

「じゃあ、まずは手分けして探すわよ。見つけたら口笛で知らせればいいから。さっさと倒して帰るわよ」

「ヘイ!」

「うぃーっす!」

 もともとギガースビートルは害虫だ。定期的に駆使しないとセコイアの木が枯れてしまう。何が金貨300枚だ。幽霊と一緒で本当は最初からいないんだ。どうせ発見された白色カブトも、白色のペンキかスプレーで着色したんだろう。もう騙されないし、期待もしない。

 ♢♦︎♢♦︎♢

「オリャャー‼︎」

「ヤァッッー‼︎」

 力のある戦士二人に遠投は任せて、僕は懐中電灯を装備して照明係に徹する事にした。25メートルぐらいの距離ならば、直撃させる事は出来ても、気絶させたり、倒したりするような大ダメージを与える事は難しい。下手したら、逃げられるだけで終わってしまう。出来る事と出来ない事の役割分担はしっかりと自覚しないといけない。

「ちぇっ。もうちょっと、やってもよかったんだけどなぁー」

 意外と石を投げて、巨大カブト虫を落とす作業はやり出したら止まらないようだ。200投近くは投げたのに、マリクはまだまだ物足りないようだ。

 だけど、目標の7匹は倒した。黄色4匹、黒色3匹と見つけたヤツから叩き落としたので、こういう結果になるのは仕方ない。赤色とか青色の巨大カブト虫ならば、生け捕りは金貨3枚、死体は銀貨5枚になるけど、どっちもそう簡単には見つからない色だ。このまま朝まで粘って探すよりは帰った方がマシだという事になった。

(さて、帰る前に一つ問題が残っているけど、どうするべきか……)

 これから街に帰っても、到着するのは午前3時という微妙な時刻になる。それにギガースビートルは軽いので解体しなくても片手に1匹ずつ持てるぐらいだ。まあ、必要なのは倒した証拠となる対の頭角と胸角1本ずつと、唯一売れる部位の前翅だけになる。角は角、前翅は前翅でまとめて、布で包んで運べば、一人でも転移ゲートまで運べるだろう。

 そう残る問題は時間でも、運び方でもない。アリサの暗視マスクをまだ使っていないのだ。誰でもいいから一人ぐらいは使わせて、効果をアリサに伝えないといけない。そして、この名誉ある役割を誰に託すべきか悩むところだ。

「レベッカさん、帰り道は暗視マスクを着けて帰ろうか? 多分、大丈夫だから……」

 もちろん、大丈夫なのは効果の方であって、副作用の方ではない。誤解させてしまったらゴメンね。

「そうねぇー……明日の昼過ぎにはあんたの家に行きたいから、その時に妹さんと話せないと困るわね。安全な転移ゲート近くで試したかったけど、実際の場所で試さないとリアルに話せないか……」

 そう言うとレベッカは茶色バックパックから、渡していた暗視マスクを取り出して、口と鼻を覆うように装着した。確かに、「よく見えたよ。ありがとう」じゃ、本当に使ったのか疑わしい感想だ。息苦しかったとか、匂いがちょっと嫌だったとか、そんな感じのことも言わないとリアルじゃない。こうなったら、僕も試すしかないか。

 解体した頭角と胸角の合わせて14本を僕が持ち、レベッカは14枚の前翅を持って出発する事になった。

 森の中をスムーズに進む僕とレベッカの手には松明は無い。視界に映るのは白と黒の二色の世界だけど、よく見えると言ってもいい。これで黒色カブト虫なら黒色、白色カブト虫ならば白色に見えるなら文句は何もない。

「マリクは一番後ろからしっかりと付いて来て、俺達二人がおかしな行動を取らないか監視してくれよ。ヤバそうだったら、すぐにマスクを外してくれよな」

「ああ、任せておけよ。いざという時は人工呼吸もしてやるぜ!」

「ああ、それはいいから」

「私もその時は何もしなくていいから、楽に死なせてね」

「……」

 後方からの返事は聞こえなかった。マリクは無反応を装っているけど、心の中では、「チッ……頼まれてもしてやらねぇよ」とか思っているはずだ。

 ちなみに僕が同じ立場ならば、最初にマリクに三枚重ねの布越しで人工呼吸してから、レベッカには普通に人工呼吸する。僕の中に放って置くという選択肢はない。命の恩人という一生使える美味しい立場を、むざむざ見逃すなんて勿体ないでしょう。

 ♢♦︎♢♦︎♢
 


 
 
 


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