上 下
25 / 26

第25話 ヴェロニカの要求

しおりを挟む
 ♦︎道重・視点♦︎

 撫子が戻る前に薬師寺の青緑色の制服を脱がして、身体検査をした。
 服の中、髪の中、足を開いて、身体の中も調べてみた。

「身体には隠してないようだ。鞄の中かもしれないな」
「ああ、そうかもしれない」

 剛田と二人で調べたが、アメ玉はどこにもなかった。軽く胸を揉んだ後に服を着せた。
 喋るとは思えないが、森に連れていって、自白させた方が早そうだ。

「……やっぱり無いな。調べられて困る物は残してないか」

 小さな旅行鞄の中には、パスポートと着替え、本が二冊しかなかった。
 日用品は島が用意するから持ち込む必要がない。必要最小限の持ち物で済む。

「おい、こんな物があったぞ」
「カメラか……」

 ベッドを調べていた剛田が板状カメラを見つけた。装甲車にあった物だろう。
 島での出来事を記録していたのかもしれない。録画された映像が大量にある。
 適当に再生して、早送りして、関係ありそうな映像がないか探していく。
 走る車の窓から森を映したもの、夕日が見える海で釣りをしている姿……。
 
「駄目だな。何もない」と剛田が言った。証拠無しだ。
 少しは期待したが、そんなミスをするとは思えない。
 このまま予定通りに森で処分するしかない。

「お迎えが来たみたいだな」

 ビーと部屋のチャイムが鳴った。撫子の声がスピーカーから聞こえてきた。
 剛田が軽々と薬師寺を抱き抱えると、俺が扉を開けて、部屋の外を確認した。
 廊下には撫子以外いなかった。軍人には密告しなかったようだ。

「車はどこに止めたんだ?」
「駐車場に止めたけど……駄目だった?」

 駐車場はホテルの出入り口にある。受付にいる従業員の前を通らないといけない。
 だけど、ホテルには防犯カメラがある。誰にも気づかれずに外に出るのは不可能だ。

「それなら問題ない。お前も雪村を抱き抱えれば目立たなくなる」
「……そうだな」

 剛田の真似をして、撫子を抱き抱えると、カウンターの前を平常心で通っていく。
 酔っ払った若者が、悪ふざけに出かけるように見えれば好都合だ。

「ふぅー、助かったな。呼び止められなかった」
「馬鹿な客とは問題を起こしたくないだけだろう。さっさと行こう」

 後部座席に剛田と薬師寺、助手席に撫子を乗せると車を走らせた。
 剛田が車内のタオルで、薬師寺の手足を縛っている。

「ありがとう。これのお陰で助かった」
「ううん、いいの。歩の力になれたのなら選んで良かった。ごめんね、私がよく見てなかったから」
「お前の所為じゃないと言ったはずだ。もう謝るな」
「うん……」

 車を走らせながら、ハンドガンを撫子に返した。これはもう必要ない。
 撫子の方が必要そうだ。精神的に弱そうだから、このまま心が病みそうな気がする。

 でも、これが良心というものだろう。薬師寺を殺そうとしているんだ。
 心が動揺しない方がおかしい。俺の方がおかしいんだ。

「ヴェロニカの所まで行ってくれ。殺すか殺さないか、選ぶ権利はアイツにある」

 扉を抜けると剛田が言ってきた。分かったと返事して車を走らせた。
 ヴェロニカの車の横に停車させると、周囲を警戒しながら車の中を確認した。
 逃げずに車内に寝ていた。剛田が車を降りて起こした。

「XXXXX。XXXXXX」
「XXXxXXX?」

「子供はあの女に殺された。どうするか決めてほしい」と多分言っている。
 だけど、剛田が指差す薬師寺に、ヴェロニカは興味がないようだ。
 何を言っているのか分からないが、剛田が困った顔をしている。

「どうしたんだ?」
「いや、それがな……薬師寺を殺しても意味がないそうだ。子供が死んだ責任を自分が取らされるから、守ってほしいと言っている」
「そういえば子供殺しは重罪だと言っていたな。それで逃げないのか。どうするんだ?」

 おそらく人質になった責任、住民が殺された責任の両方を取ることになる。
 子供を殺した場合は、子供を作るのが責任の取り方だ。住民の男達が何をするのか分かっている。
 ついでに子供が産まれるまで、生きていられるとは思えない。

「島から逃すのは無理だ。だったら守るしかないだろ。ちょうどいいから俺が島に残る」
「本気か?」
「ああ。ちょうどいいと言っただろ。ここなら対戦相手には困らない。住民と旅行者の両方とやり放題だ」
「死ななければな。とても正気とは思えない考えだ」

 剛田が馬鹿なことを言い出した。やはり自殺願望があるとしか思えない。
 たくさんの住民と銃で武装した旅行者だ。
 その両方と戦うつもりなら、一週間もせずに死ぬに決まっている。
 素手で銃には勝てない。

「正気じゃないが、ここ以上に分かりやすい世界はない。悪いが説得するだけ無駄だ」
「説得するつもりはないよ。残り二日ある。飛行機が出発するまで、よく考えるんだな」
「そうだな。まずは二日生き残ってやるか」

 戦闘狂に何を言っても無駄らしい。
 剛田がニヤリと笑みを浮かべた。残り二日を森の中で楽しむようだ。
 飛行機の出発時間に現れなかったら、馬鹿は死んだことにするしかない。

「……残る問題は薬師寺だな。殺すのが面倒なら、その辺に放置するか。住民が処分してくれる」

 後部座席に倒れている薬師寺を見て言った。多分もう気絶していない。
 一思いに頭をハンドガンで撃ってあげるのが優しさだ。

「とりあえず保留だ。殺すのはいつでも出来るからな」
「別に殺さなくてもいいけど、絶対に逃さないでくれよ。とりあえずこれを渡しておく。必要なら使ってくれ」

 もう森に入るつもりはない。剛田に刀を渡した。ついでにサバイバルナイフも渡す。
 武器の一つぐらい持たないと格好が付かない。

「いいのか?」
「ああ、もう必要ないから邪魔なだけだ。日本にも持ち帰れないしな」
「ふーん。まあいいだろう。お前の気持ちは受け取った。ありがたく使わせてもらう」

 刀を受け取ると剛田が聞いてきた。
 このままニッキー大尉に返すぐらいなら、剛田に渡した方が良いに決まっている。
 薬師寺をヴェロニカの車に乗せると、空港に引き返した。
 あとのことは剛田に任せるしかない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

サクッと読める♪短めの意味がわかると怖い話

レオン
ホラー
サクッとお手軽に読めちゃう意味がわかると怖い話集です! 前作オリジナル!(な、はず!) 思い付いたらどんどん更新します!

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理なギャグが香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

催眠アプリを手に入れたエロガキの末路

夜光虫
ホラー
タイトルそのまんまです 微エロ注意

タイは若いうちに行け

フロイライン
BL
修学旅行でタイを訪れた高校生の酒井翔太は、信じられないような災難に巻き込まれ、絶望の淵に叩き落とされる…

処理中です...