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第20話 食糧と死体の交換

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 ♦︎道重・視点♦︎

 大量の料理を作ってくれた料理人に「住民を美味しい匂いで誘き出す」と言って、空港を出発した。
 以前にも同じ手を使った旅行者がいたのか、その時はカレーを作ったと言っていた。
 剛田が米とパンに合うから、確かに住民が集まると褒めていた。

 二重の鉄扉を抜けて、前を走る剛田が運転する車に続いた。
 しばらく走って、ヴェロニカを降ろした場所に車を止めた。
 剛田の車にヴェロニカを乗せると、また車を走らせた。

「撫子はどこにいるんだ?」

 少し暗くなった道を広場に向かって進んでいく。
 子供を返さないといけないのに、撫子達が見つからない。
 このままだと交渉が終わった後も、ヴェロニカを車に乗せておく必要がある。

「やはり捕まった可能性、いや、殺された可能性も考えるべきか」

 最悪の可能性は考えたくないが、撫子と薬師寺は女だ。
 統率できてない住民が、独断で誘拐した可能性もある。
 その時はそいつと交渉するしかないが、一食と女二人だ。
 食べ物と交換するとは思えない。力尽くの交渉が必要になる。

 十字路に止まって周囲を探してみたが、車は見つからなかった。
 クラクションでも鳴らしたいが、下手な騒ぎは起こさない方がいい。
 剛田の車に続いて、広場に向かって車を走らせた。

「誰もいない……わけじゃないか」

 暗い広場に到着したが、誰も待っていなかった。でも、すぐに建物の中から強い光が放たれた。
 桃山達の車だろうか。強いヘッドライトの光に向かって車を走らせた。
 ヘッドライトの光が一台だけだから、撫子達が無事の可能性が高い。少しだけ安心した。

「約束の物を持ってきた。次はそっちが約束を守る番だ」

 ライトの正面に車を止めると、剛田が車から降りた。
 そして建物の中の光に向かって、大きな声で言った。
 俺は車から降りずに警戒する。あの車が突っ込んでくる気がする。

「やっぱりか」

 待っているとゆっくりと車が建物から出てきた。
 突っ込んでくる気配はしないが、囮の可能性がある。
 前方だけじゃなく、周囲の建物の中も警戒する。
 姿は見えないが、五十人は隠れていると思った方がいい。

 剛田の車の斜め前に車が止まると、白人の男一人が車から降りてきた。
 剛田と俺の車の中を念入りに覗き込んでいる。
 俺達以外に誰か乗っていないか、確認しているようだ。

「問題ない。男二人、女一人だけだ」

 男が英語でそう言うと、車のクラクションが三回鳴らされた。
 鳴らす回数で危険を知らせているのか、人数が三人だから三回なのか分からない。
 だが、交渉が始まるようだ。建物の入り口から住民達が出てきた。
 俺も降りた方が良さそうだ。ハンドガンだけを持って、車から降りた。

「交渉する前に確認することがある。食事に毒とか入れてないな?」

 白人の男が車に乗り込むと、建物からやって来た中国系の黒髪の若い男が、日本語で聞いてきた。
 世界各国から住民は送られてくる。日本語が話せる住民がいるようだ。
 お互いの言葉を教え合うことぐらいはするのだろう。

「当たり前だ。そんな卑怯な真似はしない」

 剛田が堂々と答えた。空港には殺虫剤も売ってなかった。

「それなら、まずはお前達に毒味してもらおうか。毒が入ってないなら問題ないな?」
「疑り深い奴だな。ちょうど腹が減っていた。喜んで食ってやろうじゃないか」

 剛田が勝手に話を進めているが、確かに昼も夜もまともに食べていない。
 腹は減っている。だけど、料理は問題なくても酒はマズイ。
 酔っ払ってしまうと、まともな判断能力が出来なくなる。

「悪いが酒は遠慮する。酔うとマズイからな。酒なら車に乗っている人質に頼む」

 剛田と住民の会話に入ると、車の運転席に座る犬石を指差した。
 住民達だけじゃなく、俺達の役にも立ってもらう。

「……少し待っていろ。どうするか決める」

 俺の提案を聞いて、中国系の男は車の中に乗っている住民三人と話し始めた。

「いいだろう。無駄な交渉は終わりだ。この車に死体を詰め込んだ袋を積んである。車二台を置いて、この車に乗って帰れ」

 一分程で話が終わると男が言ってきた。食べる必要はないということだろう。
 食糧と死体の交換とか正気じゃないが、これで島に来た目的は達成した。
 でも、まだ聞きたいことがある。

「分かった、すぐに帰る。でも、その前に聞きたいことがある。俺の仲間が二人行方不明になっている。女二人、車ごと消えている。何か知らないか?」
「知らないな。それは重要なことか?」

 男は考える素振りもせずに即答した。
 本当に知らないのか、知っているのか分からない反応だ。

「重要なことだ。俺にとっては死体よりも重要なことだ」
「……分かった。そのまま待ていろ。知っている奴がいないか聞いてやる」

 交渉中止を匂わせると、男はまともに対応する気になったようだ。
 車の住民三人と話をすると、一人が降りて、建物の前にいる住民達の元に走っていった。

「どういうつもりだ? コイツらを疑っているのか?」

 待っていると剛田がやって来た。予定外の行動の説明が欲しいようだ。

「撫子達が人質になっている可能性がある。料理を交換するのは、まだ早いだろ」
「ほー、俺がヴェロニカに聞いた話とは違うな」
「ヴェロニカに? 何を聞いたんだ」

 理由を説明しても、剛田は心配じゃないようだ。
 それどころか、俺のことを疑うような目つきで言ってきた。
 ヴェロニカと二人っきりの時に、何かを吹き込まれたようだ。

「雪村の車は空港に入ったそうだ。ヴェロニカを助けようとした住民が教えてくれたそうだ」
「本当か?」

 車に乗せる時にヴェロニカは、そんなこと言わなかった。
 言葉が分からない以前に、俺を信用していないらしい。

「さあな。嘘か本当か分からないから黙っていたが、お前は知っているんじゃないのか? 俺に隠れて馬鹿みたいなことしてねえよな?」

 俺が何か裏でしていると疑っているようだが、心当たりがまったくない。
 それに剛田が言う通り、信憑性が不確かな情報だ。
 縛られて待っている間に住民が助けに現れたなら、助けられればいい。
 空港に子供が入ったのなら、それは死んだことを意味する。
 もう捕まっている必要はないだろう。

「いや、何も知らない。十字路に待つように言っただけだ」
「ふーん、まあどっちでもいい。仲間割れさせるつもりなんだろう」

 正直に知っていることを話すと、これ以上聞くつもりはないようだ。
 剛田は俺ではなく、住民達の方を見た。
 本当に仲間割れを狙っているなら、もっと効果的な方法もあるだろうに。
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