上 下
1 / 26

第1話 殺処分島へ

しおりを挟む
 ♦︎道重・視点♦︎

 日本から離れて十何時間、未だに退屈な空の旅が続いている。
 飛行機を乗り継ぎ、現在は定員三十人弱の小型旅客機の小窓から外を眺めている。
 前は空、下は海、青と白しか見えない退屈な世界だ。

「薬師寺さんも行くなんて思わなかった。女子は私一人だけだと思っていたから……」
「ええ。変わった場所の方が良い経験になると思って。雪村さんは道重君が行くからですか?」

 隣の席に座る婚約者の雪村撫子が、前の席に座るクラスメイトの薬師寺瑠華に話しかけた。
 安心したように話しかけたと思ったら、すぐに不安そうな表情に変わった。
 嫌なら来なくてもいいと言ったのに、それでも撫子は付いてきた。

「俺は無理して来なくてもいいと言ったのに、コイツがどうしても来ると、言うことを聞かなかったんだ。危険なんだから、フェンスの外で待ってていいからな」

 長い黒髪の撫子が何か変なことを言う前に、桜色の髪と眼鏡の薬師寺に言った。
 狭い機内で婚約者アピールされたくない。

「ううん、大丈夫。歩が怪我しないように、私も頑張る」
「頑張って付いて来られる方が迷惑なんだがな」
「フフッ。何だか、二人だけ新婚旅行みたいで羨ましいですね」

 結局、新婚旅行にされてしまったが、あながち間違いではないから否定できない。
 これから向かう島の名前は『殺処分島』だ。人間が人間を合法的に殺せる地獄の楽園だ。
 俺の両親が高校三年の修学旅行中に、この殺処分島で結婚した。撫子が付いてきた理由がこれだ。
 俺の両親に気に入られようと必死だ。
 
「羨ましいなら、俺が新婚旅行に付き合ってもいいぜ。ホテルで楽しもうぜ!」

 女子二人が楽しそうに話していたからか、三つ後ろの席に座る桃山和人が話しかけてきた。
 短い青髪を芝生のように立てて、狐のような鋭い目をしている。
 旅行の開放感からか薬師寺を性的に誘っている。

「ごめん、遠慮しておくね。桃山君、激しそうだから動けなくなると困るから」

 薬師寺は両手を合わせて断ると、さらに傷口に塩を塗るような言葉を付け加えた。
 明らかに気持ち悪いから無理、と言っているようなものだ。

「だぁはははは! 確かにコイツ、ゴリラみたいに激しそうだ。絶対にやめた方がいい!」
「誰がゴリラだよ! 俺は紳士なんだよ。嘘だと思うなら試してみないか? 後悔させないからよ」

 桃山の周囲にいる仲間三人が大笑いしているのに、桃山はもう一度薬師寺を誘っている。
 しつこいゴリラは嫌われるが、ゴリラは馬鹿だから分からない。

「うーん、魅力的なお誘いだけど、新婚旅行中に未亡人になりたくないかな。帰りの飛行機でもう一度誘ってみて」

 薬師寺は少し考えるフリをした後に、両手を合わせてやっぱり断った。

「あちゃー。こりゃ死亡フラグの方が立っちゃったな。桃山、お前が立派に戦ったって、クラスの皆んなに報告してやるよ。安心して成仏していいからな」
「なんまいだぁ~。なんまいだぁ~」

 フラれた桃山を慰めもせずに、薬師寺のように両手を合わせて、仲間三人が念仏を唱え始めた。
 馬鹿らしいが、コイツら四人組はいつも連んで馬鹿をやっている。
 沢山ある旅行先の候補から、殺人旅行を選んだのも馬鹿をやりたいからだろう。

「おい、マジでやめろよ。本当に死んだらどうすんだよ!」
「だぁははははは~!」

 桃山が怒って仲間三人を殴り始めた。
 冗談だと笑っていられるのは、今のうちだけかもしれない。
 飛行機に乗っているのは制服を着た学生八人だけだ。
 帰りに何人乗っているか分からない。

 殺処分島は殺人が楽しめる島だが、逆に考えると殺される危険もある島だ。
 人口増加、高齢化社会、貧困層への支援から死援、人間至上主義から自然至上主義への転換、宗教の廃止。
 様々な理由で現代は、一部の人間に対しての人間狩りが合法化された。
 殺処分島は死刑宣告を受けた人間達が、世界各国から送られる死の島だ。

 その中で俺達が向かうのは、軽犯罪や貧困層が送られる比較的安全な島『エリア1』だ。
 それでも武装した住民が数百人はいる。生きて帰れる保証はどこにもない。
 そんな危険な島に俺は自分の意思ではなく、親の意思で向かっている。
 俺にとって、この殺人修学旅行は楽しいものではない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JOLENEジョリーン・鬼屋は人を許さない 『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。

尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
ホラー
ホラー・ミステリー+ファンタジー作品です。残酷描写ありです。苦手な方は御注意ください。 完全フィクション作品です。 実在する個人・団体等とは一切関係ありません。 あらすじ 趣味で怪談を集めていた主人公は、ある取材で怪しい物件での出来事を知る。 そして、その建物について探り始める。 怪異と共にその物件は関係者を追ってくる。 物件は周囲の人間たちを巻き込み始め 街を揺らし、やがて大きな事件に発展していく・・・ 事態を解決すべく「祭師」の一族が怨霊悪魔と対決することになる。 読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。 もしよければお気に入り登録・投票・感想など、よろしくお願いいたします。 大変励みになります。 ありがとうございます。

マッカ=ニナール・テレクサの日記

夢=無王吽
ホラー
かけがえのないこと。 友情という幻想に浸る、 無限とも思える有限の時間。 新芽のように匂い立つ、 太陽に向かってのびる生命力。 一人ひとりが必ず持って生まれた、 生まれてしまった唯一の魂。 それは二度と戻らず、 二度と戻れない。 二度と、戻れないのだ。 大いなる力にともなうのは、 大いなる責任などではない。 加減なき理不尽。 血と責苦の一方的な権利。 嘆きと叫びへのいびつな性欲。 それでも明日を見て 彼女と彼は、 力強く生きていく。 過去となったすべてを、 排泄物のように流し去って。 大きな木陰のような、 不公平な家族愛に抱かれて。 人は決して、 平等ではないのだ。 温もりのなかにいる権利は、 誰もが得られるものではない。 それを知るまで、 いや知ったあとでもなお、 残酷な青春はつづいてゆく。 残酷な世の中への、 入口としての顔、 その出口なき扉を隠そうともせずに。

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

シャシン怪談

狂言巡
ホラー
『写真』がテーマのホラー超短編集です。

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

処理中です...