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22日目

馬車誘拐

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「さっきから死ぬとか言い訳して、あんた女一人守れないとか、それでも男なの!」
「そうです。姉様、頑張って準備したんですよ。せめてダンジョンの前まで連れて行ってください!」

 喧嘩中の男二人に姉妹二人で抗議を始めた。二頭引きの馬車を二台も用意した。
 ここまで女に用意させて、行かないという選択は許されない。

「行きたいなら行きたい奴だけで行け。護衛が必要なら中で探せ。俺よりも強いのがいる」

 もちろん例外も存在する。
 ルセフは冒険者ギルドを指差して、別の冒険者を探すように言った。
 もちろん、その提案をミランダは断るに決まっている。

「私はあんたを指名して、あんたをこき使いたいのよ。そんなことも分からないの」
「ああ、分からないな。暇潰しなら他の相手を探せ。俺は付き合うつもりはない」
「くぅぅぅ~! 何なのよ、アイツ!」

 ここまで私がお願いしたら、普通の男は素直に言うことを聞く……。
 ミランダはそう思っている。残念ながら命令とお願いは全然違う。
 指差して馬車に乗れと言うよりも、頭を下げて乗ってくださいの方が効果的だ。

「まあまあ、姉様落ち着いて。ここは私に任せてください!」

 このままでは永遠に出発しない。
 興奮する姉を宥めると、カノンはアイテムポーチから、クリスタル神風ダガーを取り出した。
 冒険者らしく力尽くで言うことを聞かせた方が早い。

「ルセフさんは守る必要ありません。付いて来るだけでいいです。最初から期待してません」
「ははっ、そうかよ。ヤバそうな短剣だな。伝説の呪われた魔剣か?」

 青く輝く短剣は、ルセフには死神の鎌にしか見えない。
 たったの一振りで、100メートル範囲が切断されそうだ。
 鞘から剣を抜いて、目の前の化け物に本気で構えた。

「店売り1000ギルドです!」
「ふぐう‼︎」

 ——パチン‼︎
 カノンは答えると、ルセフの前まで消えるように移動した。絶対に売っていない。
 右手で短剣を持って、空いている左手で頬を激しくビンタして、素早く元の位置に戻った。
 ルセフの身体が真横に飛んでいくが、周囲には早すぎて、何が起こったのか分からない。
 ルセフが一人で勝手に飛んでいくようにしか見えない。

「えっ? ちょっと何したのよ⁉︎」
「眼力です。私の迫力にビビって倒れました」
「なわけないでしょ!」

 ミランダに聞かれたので、カノンは目を細めて姉を睨んだ。誤魔化せなかった。
 ウェインとミランダが倒れているルセフに駆け寄った。
 
「駄目だ。完全に気絶している」
「姉様、チャンスです。今なら馬車で大人しく連れて行けます。手当てすれば命の恩人です」
「命の恩人……悪くないわね♪ あんた、コイツを馬車に運んで、手足をロープで縛りなさい」

 ウェインの診断で気絶中だと分かった。カノンがミランダに助言している。
 妹の後押しでミランダは誘拐すると決めた。ウェインに馬車に運ぶように命令した。

「いや、でも、それは……」
「はぁ? 金払うだから、さっさとやりなさいよ!」
「姉様、大丈夫です。私が運びます」

 せっかくの気絶中だ。意識を取り戻す前に慣れた手つきで、カノンが引き摺り出した。
 胸ぐらを掴んで引き摺って、ちょっと重い鞄のようにして馬車の中に運び入れた。

「まったく、手間取らせてくれるわ」
「ミランダお嬢様、男と同じ馬車はちょっと……」
「えっ?」

 やっと出発できると思ったら、ナンシーがミランダに言いにくそうに言った。
 年頃の男女が同じ馬車に乗って、間違いが起こらないか心配している。

「私が見張るから大丈夫です。姉様は後ろの馬車に乗ってください。ナンシーは私を見張ってください」
「はい、それなら問題ないと思います」

 ナンシーは昨日の散歩で、カノンにぶたれたばかりだ。
 男が暴れたらどうなるか、突然男が倒れた理由も分かっている。
 安心して任せられる。

「えっ、四人乗れるんだから、私も乗るわよ」

 せっかく決まったのに、ミランダが同じ馬車に乗りたいと言い出した。

「……姉様、そんなにルセフさんと一緒に居たんですか?」
「は、はぁ~? そんなわけないでしょ! あんた達だけだと心配なだけよ!」
「でも姉様。気絶しているから、横に寝かせないと駄目です。姉様が膝枕でもするんですか?」

 馬車の前後に横向きの座席が二つある。一つは気絶中のルセフが占領している。
 四人で乗るなら、誰かがルセフを膝枕する必要がある。
 カノンは嫌だ、ナンシーも嫌だ、ミランダが嫌じゃないなら乗れる。

「ななっ! ひざ、ひざ、そんなのするわけないでしょ‼︎」

 嫌なので決定だ。先頭馬車の御者をウェインに任せて、目的地に出発した。
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