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19日目

ネロエスト男爵家

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「な、何故、ここにいるんだ⁉︎」

 元妻が現れて、エリックは動揺している。幽霊でも見ているようだ。
 そんな元夫に向かって、14歳も年下のロクサーヌが優雅に歩いていく。
 長い金髪を巻いて垂らして、歩くたびにバネのように揺れている。

「ネロエストを名乗る男が、面白い夜会を開くと聞いて来てみただけです。確かに不愉快ではありましたが、多少の面白さもありましたよ」
「わぁー! お母様、お久し振りです! お元気そうで何よりです!」
「ええ、そうね。ああ、可哀想に苦労したのね。エリックの所為ね」

 夫婦円満ではなさそうだが、娘は可愛いようだ。
 抱き着いて来たカノンの短い髪を優しく撫でている。

 だけど、エリックにとってはピンチだ。
 カノンをロクサーヌに取られたら困る。

「私の娘に触るな!」

 エリックは怒れる父親になって、元妻の手を掴んだ。
 だが、その瞬間に見知らぬ男に殴り飛ばされた。

「ぐがはあ!」
「私の妻に汚い手で触らないでもらおうか」

 ロクサーヌは一人で夜会に来ていなかった。
 新しい夫のセルジオ・カトレット男爵(52歳)と来ていた。
 脂肪の乗った丸い体型で、丸坊主に近い金髪頭の半分は禿げている。
 男は顔ではなく、ロクサーヌは地位と財産で選ぶようだ。
 
「ありがとう、セルジオ。怖かったわぁー」
「なに、夫の務めを果たしたまでだ。この犬は妻の物だ。勝手に盗みおって、この泥棒め!」
「ぐぅ、何が泥棒だ。パトラッシュは娘の誕生日プレゼントに私が買ったんだ。私の物だ!」

 元夫と新しい夫のパトラッシュの取り合いが始まった。
 オークションが中止になって、一番困っているのは伯爵だ。
 誰の犬か分からないと買い取れない。

「あなたの所為で屋敷を奪われたのよ。慰謝料も払えなかったんだから、パトラッシュを渡すのが道理でしょう」
「そんなに金が欲しいならくれてやる。50億で十分だな? 醜男との結婚祝いに3億追加してやるよ」
「何だと、貴様ぁー! 雑草酒しか作れないインチキ酒師が! 今度は犬でインチキ金儲けか!」
「文句があるなら飲んでから言え! この酒樽男が!」

 54歳と52歳の男が掴み合いの喧嘩を始めた。
 醜すぎる争いを誰も止めるつもりはないらしい。
 酒と料理を食べながら、殴り合いの勝者が決まるのを待っている。

「お母様、まだ終わらないんですか? 早くパトラッシュを連れて帰りましょうよぉ~」

 そんな中、赤いドレスを着た茶色い長い髪の女が現れて、ロクサーヌに話しかけた。
 カノンの姉で、次女のミランダ・ネロエスト(19歳)だ。

 母親と長女フローラ(20歳)と一緒に、カトレット男爵家にお世話になっている。
 その代わりに男爵の一人息子ブリオン(32歳)と、長女と自分のどちらかが結婚しないといけない。
 ブリオンは父親似の顔なので、姉フローラに一生懸命に譲っている。

「そうね。ちょっと面倒になってきたわね」
「わぁー! ミランダお姉様も来てたんですね!」
「なに? 私が来たら迷惑なの?」

 母親との会話をカノンに邪魔されて、ミランダは不機嫌になった。
 カッコイイ伯爵との結婚を断って、何不自由ない暮らしをしている妹に嫉妬している。

「そんなことないです。とっても嬉しいです。お母様と一緒に暮らしているんですか?」
「ええ、そうよ。フローラ姉様もいるわ。ごめんなさいね。あんた存在感がないから、屋敷に置き忘れてしまったの。でも元気そうで良かったわ」
「はい。毎日楽しいです! 冒険者になって、お金を稼いで、友達も出来たんですよ!」
「ああ、はいはい。それは良かったわね。今度ゆっくり聞いてあげるわ」

 ミランダはカノンの不幸話なら聞きたいが、幸せな話を聞くつもりはない。
 二度とやって来ない今度だと言って、話を終わらせた。

「ふぐぅ!」
「エドウィン伯爵様、ちょっとお話があるんですが……」
「構いませんが、何でしょうか?」

 エリックの強烈な右パンチが、セルジオ男爵の腹にめり込んだが、それはどうでもいい。
 ロクサーヌが魅惑的な笑みを浮かべて、考え込んでいる伯爵に近づいた。

「伯爵様が結婚相手を探しているので、娘を紹介させていただこうと思いまして。次女のミランダです。それに一つ上にフローラがいます。気に入った方を伯爵様の妻にお選びください」

 ロクサーヌは右手でミランダを指し示して、次に会場にいないフローラの話をした。
 フローラは長い金髪で、性格はおっとりしているが見た目は悪くない。
 不細工な娘を紹介しているわけではない。

「素敵な提案ですが、申し訳ありません——」

 だけど、伯爵は女に不自由はしていない。
 当たり前のように断ろうとしたが、その前にロクサーヌが伯爵に助言した。

「伯爵様、犬はフローラとミランダの物です。伯爵様の妻の物は伯爵様の物です。泥棒の元夫に奪われた犬を取り返してくれませんか? 伯爵様のお力ならば容易いはずです」
「フッ。愚かしい。私に悪役になれと?」
「まさか。正義の使者です。エリックには前科があります。叩けば汚いホコリはいくらでも出ます」
「……なるほど。あなたは悪い人だ。実に魅力的なね♪」

 伯爵が新しい結婚相手を決めたようだ。
 悪女の助言に従って、伯爵は善人の皮を被るのをやめた。
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