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後半

第55話

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「何故、私なんだ! 衛兵の一人に任せて、結婚の儀が終わった後で交代すればいいではないか!」
「まあまあ、ララノア様を怒らないでください。それだけ信頼されているという事じゃないですか」
「豚は黙っていろ! ついでに服も脱いでブヒブヒ鳴いていろ!」
「そんな恥ずかしい事できません!」

 馬車を操縦しながら、コルトンは不満を打ちまけています。理由はハッキリしています。ララノアの結婚式が見られないからです。その怒りを後ろの豚さんが優しく慰めようとしましたが、酷い扱いを受けてしまいました。動物虐待とセクハラです。
 まあ、気持ちは分かります。小さい頃から面倒を見ていた孫娘のような存在が、純白のドレスを着て、一世一代の晴れ舞台に立つのです。それを見る事が出来ないのなら、何の為に今まで我慢して、この日まで耐えてきたのか分かりません。

「いいか! 絶対に馬車から顔を出すんじゃないぞ! 今日のお前は貴族に飼われている、服を着た珍しい豚だ。愛嬌よくするんだぞ」

 アリエルは普通の豚よりも体型がスラッとしています。沢山の普通の豚の中に混じっていたら違和感を感じてしまいますが、貴族が飼う変わったペットという事ならば、何とか誤魔化せるかもしれません。

「つまりはペットですね。いざという時は、お手とか死んだフリとか何でも言ってくださいね。上手くやりますから!」
「その必要はない。お前が余計な事をしなければ何も問題はないのだ。二本足で歩いたり、座席に座らなければいいのだ。喋るなんて事はとくに絶対にやってはいけないからな。分かったな!」
「はいはい、そんなの言われなくても分かっていますよ。それよりもお腹空きませんか? もうすぐ町ですよね? 買い物しましょうよ」

 重大任務を引き受けてピリピリしているコルトンとは対照的に豚さんはお気楽です。でも、この任務は失敗が許されないのです。
 喋る豚を連れている爺さんです。普通に人間の爺さんと思われる可能性は皆無です。捕まれば、爺さんに変身した豚か、人間を豚に変える危険な爺さんとして、過酷な取り調べを受ける事になります。
 町の食堂に連れて行っても、椅子に座って、注文して、前足でスプーンやフォーク、食器を器用に持たないと約束するのならば、連れて行きます。でも、ペット同伴で食堂に入る爺さんは珍し過ぎます。逃亡中の今は下手に人目につく行動は控えないと駄目です。つまりは馬車でお留守番です。

「食べ物ならば、ワシが買って来るから馬車の中で大人しくしていればいいのだ。まったく、余生を国外で暮らす事になるとは思わんかったぞ。とくにソヴリス王国なんて、王国とは名乗っているが、ほとんど田舎の地味でつまらない国ではないか」

 これからアリエル達が向かう国は、自由奔放さを唯一絶対の売りにしているような国です。貴族はほとんどいなく、規則なんて当たり前のようにありません。
 国の法律があるとしたら、『それぞれの町の町長と住民に任せるから、仲良く適当にやってくださいね』というものです。つまりは隣国の指名手配が国に入っても、進んで捕まえるのに協力するような人は、ほとんどいません。他国で犯罪犯して潜伏するには有利な土地柄なのです。

「行ったこともないのに悪口言ったら駄目ですよ。悪口言うなら行った後です」
「ふん。旅行で行ったことぐらいはあるわ。無駄に自然が多いだけで、観光名所もない。やったことがあるとしたら、川で釣りしたのと、イノシシ狩りだけしか覚えておらん。虫にたかられた最悪の旅行よ。一度行けば、誰も二度は行かん。そんな場所じゃ」

 アリエルはまだソヴリス王国に行った事はありません。新しい場所はいつも何だかドキドキ、ワクワクします。その素敵な気持ちが爺さんの所為で台無しになりそうです。
 コルトンの話し通りの国ならば、動物の死骸や魚の死骸が普通に町の中に放置されているような過酷な場所です。その死骸に大量の虫が発生しているのでしょう。兵士達の武器も金属製の剣でなく、その辺に落ちている棒を装備しているのではないでしょうか。行く前から不安になります。

「そんな酷い所なんですね。楽しみにしていたのにガッカリです」
「当たり前だ。キチンと調べずに逃げるからこうなるのだ。北のロウシアン王国、南のガリンダン王国、西のクィラス王国とあるのに、どうして、ド田舎のソヴリス王国なんかに逃げ込もうとしたんだ!」

 そんなの牢獄の場所から一番近いのが東のソヴリス王国との国境だったからに決まっています。でも、今更、逃亡先を変更するには勇気が入ります。
 今のところ、喋る豚女の正体を知っているのは、王子とララノア、コルトン、ノエルを除いても、衛兵五人、使用人二人、看守一人と結構多いです。王子に口止めされているでしょうが、ポロリと酒の席や知り合いに話す可能性もあります。
 服を着た喋る豚の指名手配がされたら間違いなく、誰かが我慢できずに喋ったのでしょう。そう考えると、やっぱり逃亡先はド田舎王国でいいのです。



 
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