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第32話

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「敵襲! 敵襲!」

 衛兵のチェイスが叫ぶと、部屋の中に三人の衛兵が雪崩れ込んで来ました。ベッドの上には白いワンピースを着たアリエルと使用人の服を着たアリエルがいます。どちらが本物かは服を見れば分かります。四人の衛兵は剣を抜くと、白いアリエルに剣先を向けました。

「馬鹿者! 剣を納めよ! この者は敵ではない!」

 王子はベッドから床に飛び下りると、白いアリエルと衛兵達の間に入って争いを止めました。体調は完璧に回復しているようです。

「ですが、王子。この者は我々の前に突然現れました。しかも、そこの者と同じ顔をしています。悪霊や怪物の類いです」
「このような美しい怪物はいない。例え怪物だとしても人間に危害を加える者ではないのだ。私が保証する!」
「王子、よく見てください。その女は手にハサミを持っています。危険です。お願いです。すぐに離れてください!」
「ハサミを持ちたくなる日もある! 私の言うことを信じろ!」

 王子は訳の分からない必死の弁明を繰り返して、白いアリエルへの攻撃を阻止します。
 ベッドの上に立っている白いアリエルは、右手に刃渡り20センチ程のハサミを持っています。絶対に今日は王子の身体をハサミでジョキジョキ切り取って痛め付けるつもりです。
 そろそろ王子は最初の甘美な夢が二度とやって来ない事に気づいた方がいいです。あとは死ぬまでずっと悪夢しか続きません。

「王子様、死んでください。王子様、死んでください」
「大丈夫だ。其方を傷つける者は誰もいない。安心してくれ」

 ハサミを持ち上げて、殺意剥き出しで近づいて来る白いアリエルに、王子は両手を広げて優しく微笑んでいます。きっとこの想いが伝わると信じているのでしょう。でも——

「あぐっ!」

 刺されました。白いアリエルのハサミが王子の左肩に突き刺さっています。衛兵達の予想通りの展開です。

「おのれ! この不届き者め! ていやああっ!」
「王子の仇! せいやああっ!」

 激昂した二人の衛兵が素早く走り出すと、白いアリエルを左右から囲みました。そして、ほぼ同時に白いアリエルの両肩に剣を振り下ろしました。

「ぐぅっ! 硬い!」
「何だ、これは!」

 けれども、硬い金属に打つかったように二人の剣は弾かれました。両腕を切り落とすつもりの攻撃がまったくの無傷です。それでも、二人の衛兵は白いアリエルに攻撃を続けます。王子を避難させる時間稼ぎぐらいは出来ます。

「王子! 急いで怪我の治療を…これは?」
「問題ない。痛いだけだ。お前達! すぐに攻撃を止めろ! その女性は私の大切な人だ。傷つける事は許さん!」

 二人の衛兵が白いアリエルの注意を引きつけている間に、残りの二人の衛兵が王子を部屋の外に無理矢理に避難させました。急いで怪我の応急処置を始めようとしましたが、王子の左肩には突き刺さっていたハサミどころが傷口すら残っていません。

「王子、お気を確かに。あの者は人間ではありません。おい、そこの側仕え二人は急いでベッドからシーツを引き剥がせ! お前達二人は直ぐに王子を安全な場所に避難させろ!」
「はい!」
「ハッ!」

 一人の短髪赤髪の衛兵が王子の指示に逆らい矢継ぎ早に指示を出します。警護の責任者で、王国で5番目に強いローランドです。アリエルとフランチェスカはベッドからシーツを引き剥がし、衛兵二人は暴れる王子の腕を掴んで連れて行こうとします。

「やめろ! やめろ! やめてくれ!」
「殺せぬというのならば、捕らえるしかあるまい。捕まえる前に、まずは確かめる事があるか…」

 王子の叫び声が廊下に向こうに徐々に消えていきます。ローランドは剣先を下に向けると、白いアリエルの足と足の間に向かって剣を振り上げました。
 躊躇の欠片もない大人のスカート捲りです。ヒラヒラとはためくワンピースの布端にローランドの豪剣は直撃しました。けれども、ワンピースは捲れません。

「ふっ…布も鋼鉄製か。切る前にピクリとも動かん。おい、チェイス。足の間に滑り込んでワンピースの中身を確認して来い」
「な、何言ってんですか! 目の前に本人もいるんですよ! そんな恥ずかしい事、出来る訳ないじゃないですか!」
「恥ずかしいだと? 恥ずかしいと思うから恥ずかしいのだ! 堂々と覗けば恥ずかしくないわ!」
「くっ!」

 チェイスはチラッとアリエルを見ました。その目は、『覗かないで』と恥ずかしそうに訴えています。気持ちは分かります。けれども、上官命令は絶対です。チェイスに拒否権はないのです。
 剣を床に置くと、白いアリエルの膝下に向かって低姿勢で体当たりします。そして、素早くワンピースの中に下から上に向かって頭を突っ込みました。

「黒? いえ、暗くて何も見えません!」
「きゃああああ! 嘘です! 黒なんて穿いてません!」

 ワンピースの中からチェイスは大声で報告しました。慌てて、アリエルが否定しましたが、これだと正解っぽいです。

「あんな事をされても少しも動揺しないか……だとしたら、あの幽霊には羞恥心といった感情はなさそうだな。もういいぞ、変態! さっさと戻れ!」

 ローランドが何をやらせたかったのか分かりませんが、白いアリエルの反応が見たかったようです。それにしても、自分でやらせておいて酷い扱いです。

「うぐっ…あがぁっ…うぅっ…」
「おい、どうした? もういいから、さっさと出ろ! 悪ふざけはやめろ!」

 チェイスはワンピースの中に頭を入れたまま出ようとしません。それどころか、白いアリエルの両膝をガッシリと押さえている両腕が、ブルブルと震え始めました。

「あがぁっ…あぁぁっ…あぁぁっ…」
「もしかしたら、身体から離れる事が出来ないんじゃないですか?」
「くっ! 今助ける! お前達も手を貸してくれ!」
「はい!」

 不気味な呻き声を上げながら、チェイスは全身を激しく痙攣させています。両足の膝とつま先が何度も何度も床に打つかって痛そうです。とても悪ふざけには見えません。
 フランチェスカの疑問の声を皮切りに、ローランドが走り出し、アリエルとフランチェスカは持っていたシーツを手から離して駆け寄ります。三人でチェイスの腰と足を掴むと、力一杯引っ張って、チェイスの身体を白いアリエルから引き離そうとします。けれども、結果は最悪のものでした。

「ぐぅぬぬぬぬ! はぁ、はぁ、駄目だ! くっ付いたように離れない! もう諦めるぞ!」

 早くもローランドは諦めました。チェイスの身体が水平に持ち上がるだけで、白いアリエルから少しも離れません。それどころか、三人掛かりで引っ張っているのに、白いアリエルは柱のようにその場から一歩も動かないのです。諦めるのも当然です。

「そんな駄目ですよ!」
「構わん! どういう訳か、この幽霊は動きを止めている。今のうちにシーツを被せて、ロープで身体をグルグル巻きにして縛ればいい。あとは人を集めて牢屋にでも閉じ込めれば問題解決だ」
「そんなぁ……チェイスさんを見捨てるんですか…」

 これが賢い判断なのかもしれませんが、アリエルには納得できないものでした。

 

 

 

 

 
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