上 下
23 / 97
前半

第23話

しおりを挟む
 王子はララノア達から分かれると、ブレイズと一緒に自室に向かいました。これから夕食の時間です。
 ララノアからは、「自室に戻るまでは布は取らないでください。きっとビックリしますよ」と言われていました。アリエルの家で見つけた物です。ちょっとどころか、かなり気になります。直ぐに絵を見たい気持ちをグッと抑えて、王子は食事が終わるまで我慢しました。

「ザッカーリーノの絵ならば肖像画か…」

 食事が終わり使用人達が部屋から全員出て行くと、王子は一人で壁に立て掛けられている、布で隠された絵を見つめました。

 王城の中にザッカーリーノの肖像画は三枚飾られています。国王と王妃の部屋に1枚ずつ、残り1枚は来客用の待合室を転々と移動させていると聞いています。
 肖像画のモデルはどれもが平民で、『漁師の娘』『駆け回る少女』『教会の花嫁』と、モデルの年齢は15歳、8歳、18歳とバラバラです。唯一共通点があるとしたら、比較的貧しい家庭の女性がモデルにされやすいという事です。
 絵が本物ならば、おそらく平民の年収で考えれば千年分の価値はします。間違いなく贋作です。その辺の家に置かれていい物ではありません。王子は贋作だとは思いつつも、綺麗な肖像画を期待して布を優しく取り払いました。

「ひっ! こ、これは! アリエル⁉︎ どういう事だ?」

 混乱する王子の目の前には、白のワンピースを着た等身大のアリエルが立っていました。黒髪の毛の一本一本、透き通るような白い肌、愛らしい小さなアヒル口、黒く大きな瞳の輝きまで完璧に再現されています。王子も思わず絵を抱き締めて、ドォスンと押し倒してしまうほどに…。

「王子! 今の音は何ですか? 開けますよ!」
「ま、待て! 入るでない! 絶対に入るな!」
「申し訳ありません! 入ります!」
「馬鹿、入るでない!」

 不審な物音に気づいたブレイズが部屋の外から大声を上げて、王子に確認しました。王子の部屋を警護する二人の衛兵も剣に手をかけて待機しています。部屋の中から聞こえる王子の慌てる声からも、何かしらの異常事態が発生したのは嫌でも分かりました。ブレイズ達はクビを覚悟で王子の部屋に押し入りました。
 そこには絵を隠していた布を毛布代わりにして、アリエルの肖像画に覆い被さっている王子がいました。絵を誰にも見られたくないようです。

「王子……何をやっているのですか?」
「転んだだけだ! 早く部屋から出て行け!」
「分かりました。お前達は扉を閉めて部屋から出るように」
「ハッ!」

 ブレイズの指示で衛兵二人は駆け足で部屋を出て行きました。どのように転んだか知りませんが、絵を押し倒して、布で隠すとは器用な転び方です。

「王子…まさかとは思いますが、絵を傷つけてしまったのですか? だとしたら、直ぐに修復させます。何も問題ありませんから見せてください」
「この絵を傷つける訳がないだろう! 問題ないからお前も早く外に出ていろ!」
「そうはいきません。問題ないというのなら、絵をお見せください。修復が困難なようならば、絵は弁償して、似たような絵を用意させます」
「問題ないと私が言っているではないか! 今日はもう寝る! 早く部屋から出て行ってくれ!」
「王子……」

 王子のその姿はまるで、親に叱られたくないから必死に割れた皿を隠そうとしている子供のようにしか見えません。成人したといっても、まだまだ子供なのだと、ブレイズは冷ややかな笑いを浮かべました。
 とりあえず、王子が問題ないと言うのならば問題ないのでしょう。従者としても何も問題なく、絵が無傷なのか確認できます。力尽くでも…。

「失礼します」
「おい、やめろ! 無礼だぞ!」

 一言お詫びすると、ブレイズは王子の両手首を掴んで絵から力尽くで引き離しました。大の字で床に寝転んでいた王子は呆気なく、宙に持ち上げられてしまいました。

「これは? あの平民の絵ではないですか。どうして……」

 ブレイズは訳が分からずに混乱しています。婚約者であるララノアがアリエルの肖像画をわざわざ王子に贈る理由が分かりません。だとしたら、考えられるのは一つだけです。使用人の女が途中で絵をすり替えたとしか思えませんでした。

「くっ! 見て分かっただろう。絵は無傷だ。もういいだろう。早く下ろせ…」
「申し訳ありません。ですが、何故、絵を隠したのですか? やましい事をしていないのならば、堂々と見せればよいではないですか?」

 ブレイズはゆっくりと王子の両足を床に下ろしました。絵を傷つけた訳でないのならば隠す必要はありません。王子の言動は意味不明です。

「この絵を誰にも見られたくなかっただけだ。とくにお前はアリエルを嫌っている。絵を処分すると言い出しかねないからな」

 王子は不機嫌そうにブレイズと話しながらも、床に倒れている肖像画を優しく持ち上げて、壁に立て掛けました。あれだけの衝撃が加わったにも関わらず、絵は全くの無傷です。

「ご心配なく。ララノア様から贈られた貴重な絵を、私の独断と偏見で処分する訳がありません。ですが、その絵を何処に飾るかは言わせていただきます。飾るのならば、この部屋以外でお願いします」

 王子にはベッドの中で椅子を抱いていた前科があります。ブレイズとしては、明日の朝にベッドの中で肖像画を抱いている王子を見たくはないのです。それも裸になった状態で絵の具が肌にベタベタと付いていたら、もう目も当てられません。絵は破損して、王子の身体を穢されたようなものです。

「それは出来ない。私に贈られた絵だ。何処に飾るかは私が決める事だ。それともだ。お前は装飾品の配置まで従者に相談する必要があると言うのか? 王子は従者の言う通りに動かないといけないのか? このような些細な事さえ自分で決められない王子に誰が付いて来る! 誰が国を任せようと思う!」

 誇らしげに堂々と語る王子の背中には光が見えます。けれども、語っている内容が、『女の肖像画を自分の部屋に置け!』というくだらないものです。説得力はほとんどありません。

「ですが、私には今の王子に冷静な判断能力があるとは思えません。先程も転んだのではなく、絵を抱いていたのではないですか? ベッドで椅子を抱いていたように…」
「くだらん。絵の女を抱くような趣味はない。私の事よりもお前は自分の心配をしろ。最近は無用な口出しが多過ぎる。このままでは、父上にお前の代わりを用意してもらうように頼まなければならなくなる」

 王子は本気です。国で二番目に強い男だからという理由で、ブレイズは王子の従者に任命されましたが、別に三番でも四番でも構いません。
 むしろ、ガミガミ言わずに自分よりも弱い従者の方がいいぐらいです。力尽くで言う事を聞かせられずに済みます。

「ふぅ…分かりました。では、明日の朝にベッドで肖像画を抱いて寝ていなければ、その絵は部屋で好きなだけ——」
「くどいぞ! そのような趣味はないと言っている! 万が一にも私がそのような破廉恥極まる行為をやっていたら、この絵を焼くなり煮るなり、お前の好きにすればよい! さあ、さっさと出て行け! いつまで居るつもりだ!」

 激昂する王子は部屋からブレイズを追い出しました。国王にいくら信頼されている忠臣とはいえ、王子に変態趣味があると侮辱する行為は許されません。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ぽっちゃりなヒロインは爽やかなイケメンにひとめぼれされ溺愛される

まゆら
恋愛
食べる事と寝る事が大好きな社会人1年生の杉野ほたること、ほーちゃんが恋や仕事、ダイエットを通じて少しずつ成長していくお話。 恋愛ビギナーなほーちゃんにほっこりしたり、 ほーちゃんの姉あゆちゃんの中々進まない恋愛にじんわりしたり、 ふわもこで可愛いワンコのミルクにキュンしたり… 杉野家のみんなは今日もまったりしております。 素敵な表紙は、コニタンさんの作品です!

第一王子は私(醜女姫)と婚姻解消したいらしい

麻竹
恋愛
第一王子は病に倒れた父王の命令で、隣国の第一王女と結婚させられることになっていた。 しかし第一王子には、幼馴染で将来を誓い合った恋人である侯爵令嬢がいた。 しかし父親である国王は、王子に「侯爵令嬢と、どうしても結婚したければ側妃にしろ」と突っぱねられてしまう。 第一王子は渋々この婚姻を承諾するのだが……しかし隣国から来た王女は、そんな王子の決断を後悔させるほどの人物だった。

子猫のおかげで出会った陰キャのぼっち少女が実はワケあり超絶美少女で、結果俺が世界一の幸せ者(俺調べ)になった件

すて
恋愛
 三年生の先輩に振られたばかりの俺が公園で出会ったのは同級生の『ぼっち少女』岩橋さんだった。前髪でほとんど顔は見えないが、きっと美人に違い無いと願った俺は岩橋さんと仲良くなろうとしたのだが、岩橋さんの『ぼっち』の原因であり、彼女が抱える心の傷とは……? お約束満載の学園ラブコメです。

【完結】君の幻影と手を繋ぎ、優しい口付けを交わす。本当に言いたい言葉を言えずに、君に聞こえないようにおはようと呟く。

もう書かないって言ったよね?
恋愛
 望月薫には小学生の頃から思いを寄せる女性がいました。そんな彼が高校生になった時、女友達の七瀬明日香に告白されてしまいます。  薫が密かに思いを寄せていた相手は従姉弟の斎藤明日香でした。触れたいのに触れられない。好きだと言いたいのに言えない。薫は満たされない感情をもう1人の明日香、七瀬明日香の恋人になる事で満たそうとします。  薫が彼女を好きになった理由は明日香という名前だけでした。今日も薫は七瀬明日香に本当の思い人の幻影を重ねて恋心を満たそうとします。  ❇︎  制作期間10日、制作時間70時間の作品でしたが、予想外の結果になって驚いています。文字数だけはそれなりの作品になりましたが、やっぱり上位の大賞作品と比べると、実力は歴然です。この作者はこの辺で完結させていただきます。応援ありがとうございました。  

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...