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第12話 武器屋見学と温泉旅館

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 カイルに連れられて、やって来たのは騎士団だった。
 武器などの危険な品物や高価な品物は盗まれないように、キチンと騎士団が敷地内で管理している。

「騎士団には武器屋以外にも金庫屋や薬屋がある。経営しているのは商人だから、長時間絵を描いても、邪魔だと追い出されないから安心しろよ」
「わ、分かったんだな」

 複雑な形、紋章、装飾がなければ、剣は描きやすい物だ。
 清はカイルに何時間も付き合うつもりはない。さっさと描いて、冒険者ギルドで仕事を探した方がマシだ。
 軽く返事すると、四角い平屋の建物の、白い外壁に剣と盾が描かれた武器屋に入った。

 武器屋はまるでスポーツ店だ。武器の種類ごとに細かく陳列されている。
 剣の隣には短剣、長槍の隣には短槍が置かれている。
 安い武器は手に持てるようだが、高価な物は勝手に触れないようだ。
 鍵の付いた格子付きのガラス戸棚の中に保管されている。

 今日描かされるのは、この戸棚の中の剣になるだろう。鞘から抜かれた剣が鞘と一緒に並んでいる。
 装飾が過剰に施された豪華な鞘は高そうだが、ピカピカの剣と同じで実用性は低そうに見える。 
 カイルにはその方が良さそうだが、見た目だけ綺麗な剣よりも斬れ味鋭い剣の方が実戦向きだ。

「よし、これだな。キヨシ、頼んだぞ」
「わ、分かったんだな」

 カイルは見た目ではなく、値段で選ぶ男のようだ。剣の中で一番高い、金貨650枚の魔法剣を指差した。
 魔法剣は魔力のこもった鉄で作られた剣で、魔法使いの鍛治師が普通の鉄に魔力を込めて作る方法と、魔力のこもった鉄を普通の鍛治師が金槌で打って作る方法がある。
 どちらが優れた魔法剣になるかは、鉄に込められた魔力量と鍛治師の力量で決まる。

「も、もういいんだな。ほ、他にはないのかな? な、なかったら外に出るんだな」

 ジッと魔法剣を30秒程見ると、清はカイルに聞いた。魔法剣の形は覚えた。
 わざわざ狭い店内でスケッチブックを広げて描く必要はない。

「まあ、お前が描けるなら構わないぜ。でも、騎士団の敷地内はマズイな。見つかると何言われるか分からない。描くなら俺の家だ。盾も欲しいから、盾も見るぞ」

 カイルは顎に手を当てて少し考えると、悪い事をしている自覚があるのか、家で隠れて描くように言った。
 盾を見て、靴を見て、鎧を見て、ついでにクレア用の杖とジェシカ用の弓まで見させられた。
 もう見るものがなくなったので、やっと家に帰る事が出来るが、描くものがたくさんあるので休めない。

「え、鉛筆が足りないんだな。ふ、増やすんだな」

 絵の描き過ぎで、色鉛筆が短くなっている。無くなる前に補充が必要だ。
 この世界に色鉛筆が売っているのか不明だが、売っていたとしても買いに行く必要はない。
 清は色鉛筆で色鉛筆の絵を描いていく。あっという間に丸い棒状の削られていない色鉛筆の絵が完成した。
 ついでにスケッチブックも描いて増やしてみた。これで描き放題になった。

「や、やっぱり描きたくない絵を描くのは、き、気分が乗らないんだな」

 嫌々描いているから鉛筆が進まない。ノロノロゆっくりと豪華な剣を描いていく。
 食べ物の絵はサラサラ高速で描けるのに不思議なものだ。

「お、終わったんだな。う、うな丼食べるんだな」

 豪華な剣と鞘を描き終わったので、一旦食事休憩になる。
 左右の手の指の間に色鉛筆を装備すると、清はうな丼を高速で描き始めた。
 特注の漆塗りの四角い容器に米を敷き詰め、大きな鰻の蒲焼きを乗せる。
 濃厚な秘伝のタレと山椒をパラパラと描いて、最後に立ち昇る湯気を描き足せば完成だ。

「い、いただきますなんだな」

 清は綺麗な漆塗りのはしを追加で描いた。
 以前、高級料亭で食べた事がある、うな丼を完全再現している。
 鉛筆が箸に変わっても、手の動く速度は変わらない。
 バクバク高速で食べて、「ご、ごちそうさま」した。

「ふぅー、も、もう覚めてもいいだな。お、お腹一杯なんだな」

 清は土の床に寝転がると目を閉じた。もちろんそれは無理だ。
 40分後に目が覚めたが、同じ部屋だった。


「ぜ、ぜ、全部終わったんだな。も、もう武器は描かないんだな」

 剣、盾、靴、鎧、杖、弓と、カイルの注文の絵を全部描き終えた。
 清は疲れているが、これで自分の描きたい絵を描く時間が出来た。

「も、もうお世話になるのは嫌なんだな。お、お邪魔しましたするんだな」

 清は今夜もこの家に泊まるつもりはない。
 泊まれば泊まる程に追加の絵を注文されそうだ。それは嫌に決まっている。
 スケッチブックにサラサラと、食べ物ではない絵を描いていく。

 家の絵だ。
 畳の床に布団が敷かれているだけの簡単な絵だが、寝るだけならこれで十分だ。

「こ、これで寝室は完成なんだな。あ、あとは温泉も描くんだな。お、お風呂で疲れを癒すんだな」

 ほぼ温泉旅館が完成した。超簡単な茹で卵と塩の絵も追加で描いている。
 絵の中で描いた茹で卵を食べたら消えるのか、少し気になるところだが、それは試せば分かる事だ。
 清はリュックサックからタオルを取り出して、服を着たまま、絵の中の温泉にドボンと飛び込んだ。

「ふぅ~、い、良い湯なんだな。い、生き返るんだなぁ~」

 岩を円形に並べて描いた温泉はちょうどいい湯加減だ。
 一つ問題があるとしたら、せっかくの露天風呂なのに、円形温泉の周囲の世界が真っ白な事だ。
 出来れば、滝や紅葉、富士山などの良い景色を描き加えたい。

「せ、洗濯機が欲しいんだな」

 温泉を洗濯桶代わりにジャブジャブと、脱いだ服を綺麗に洗っていく。
 洗うよりは服を描いた方が綺麗だが、愛着のある服を簡単に新品には変えられない。
 軽く絞って、服から水を追い出して、あとは焚き火の絵を描けば、すぐに乾くはずだ。

「え、絵の中でも絵が描けるんだな。え、絵の中で生活できるんだな」

 清は一度温泉の絵から出て、土床部屋に置いてあるリュックサックを持って来た。
 絵の中にスケッチブックを持ち込めたから、試しに焚き火の絵を描いてみた。
 濡れた服と一緒に焚き火の絵に入る事が出来た。パチパチと音を立てて、焚き火が燃えている。
 スケッチブックが複数あれば、絵の外に出ずに快適な生活が送れそうだ。

「そ、そろそろ出るんだな」

 もちろん、そんな引きこもり生活をするつもりはない。
 清は乾いた服を着ると土床部屋に出た。ついでに家からも出る。
 土部屋に注文された剣や鎧を絵から出して置いて、茶色いカーテンをめくった。

「はっ⁉︎」と清は驚いた。カーテンの外には充血した目のカイルが立っていた。
 帰ってからも一睡もせずに清を見張っている。絶対に寝ていると思って油断した。

「キヨシ、どこに行くんだ? 絵は完成させたのか?」
「で、出来たんだな。へ、部屋の中に置いてるんだな。ちょ、ちょっと散歩に出かけるんだな」

 苦しい言い訳だ。散歩にリュックサックと赤傘は必要ない。
 完全に荷物を全部持って、逃げる格好にしか見えない。

「そうか、それはちょうど良かった。これからクレアの家に行くぞ。杖を渡しに行く。キヨシも家を教えるから付いて来いよ。お前もパーティに入れてやる。明日からは冒険者の仕事も手伝ってもらうぞ。良かったな」

 何が良かったのか分からないが、行かないという選択はなさそうだ。
 カイルは家の中なのに、左手に鞘に入った剣を持っている。
 この家がそんなに物騒な所だとは聞いていない。
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