上 下
168 / 172
第四章:商人編

第168話 地獄の扉

しおりを挟む
「チッ、腰抜け共め!」

 宿屋の個室に入ると、隣の壁に怒鳴って防音機能を確認した。
 セカンドの町の宿屋で冒険者を勧誘したが、全員が腰抜けだと分かっただけだった。
 町の住民に門番がいる扉を『地獄の扉』と教え込まれている。
 入ったら二度と生きて帰れないそうだ。俺は何度も出入りしている。

「駄目ですよ。ここを使わないと」
「はぁ?」

 ベッドに座っている半笑いメルが、自分の頭を指差して言ってきた。
 ベッドの上には調理鍋と一緒に、ちゃっかりAランクの弓矢が置かれている。
 複数の冒険者に話して、一万ポイントを分担して支払ってもらったそうだ。
 俺よりも賢い頭だと自慢している。

「俺は戦力が欲しいんだよ。鍋で戦えると思っているのか? えー、どうなんだ?」
「あぅっ! いつもの八つ当たりですぅー!」

 俺が命を懸けて手に入れた本を、調理鍋と弓矢に交換できて嬉しいみたいだ。
 両頬を指で引っ張って、笑う手伝いをしてやった。遠慮しているけど、まだまだ引っ張る。
 お前がやったのは金貨と銀貨を交換しただけだ。

「うぅぅ、痛いです」
「大人を馬鹿にして、無駄遣いしたお仕置きだ。しっかり反省しろ」

 柔らか頬っぺたを解放してやると、メルが両頬をさすって痛がっている。
 俺好みの女ならば、お仕置きすれば感謝するから、まだまだ成長が足りない。

「それよりもどうするんですか? 人が集まらなかったから、戦わないんですよね?」
「俺を腰抜け共と一緒にするな。地獄から生還して、住民達の嘘を証明してやる」

 半笑いから半泣きに変わったメルが聞いてきた。
 もちろん予定通りに決まっている。

「えぇー、やめた方がいいですよ。死んじゃいますよ。それともそんなに結婚したいんですか?」
「まだ足りないみたいだな?」
「あぅっ! 隊長、カッコいいです! モテモテです!」

 やっぱり反省が足りないみたいだから、再びメルの頬っぺたを引っ張った。
 俺は愛の為に戦うわけでも、モテないから町娘と無理矢理結婚するわけでもない。
 愚かな冒険者達に真実を教えて、幸福にしてあげたいだけだ。

「よし、二人で門番を倒すぞ」
「嫌です! まだ死にたくないです! 死ぬなら一人で死んでください!」
「くっ、無駄な抵抗を!」

 木の精霊がいる扉は森の中にあるそうだ。
 町からすぐ近くだから、さっさと二人で倒してやる。
 そのつもりなのに、メルがベッドにしがみ付いて離れようとしない。
 腰を引っ張って離そうとするが、絶対に行きたくないようだ。

「もういい、分かった。お前はここにいろ。俺一人で十分だ」
「駄目ですよ。隊長、死にますよ」
「死ぬか! 俺は四種類集めて、あの店員に結婚を強要するんだ」

 やはり最後に頼りになるのは自分だけだ。他人を当てにするべきではなかった。
 扉には森の木を切って、それを小船で燃やしながら入ればいい。
 炎と氷さえあれば、今の俺には何もいらない。
 
 ♢

「今度は葉っぱか。燃やし放題だな」

 森を歩いて、冒険者達から聞いた場所に到着した。
 砂漠の扉と同じように黒岩の四角い台座に、長方形の扉が開いている。
 今度は流れる水ではなく、緑色のツタが扉の一面に見える。

 地獄の扉はすでに開かれている。
 この俺がさらに地獄に相応しい光景に変えてやろう。
 小船に積み込んだ枝束に、左手の炎の指輪で着火した。
 パチパチと音を立てて枝が燃えていく。

 普通の冒険者ならば、ここで小船と一緒に扉に突入する。だが、俺は超一流冒険者だ。
 魔剣を使って炎を紫氷、紫炎に変えて、森の樹木にも着火した。
 これでメルがいなくても問題ない。大量の紫炎と一緒に扉に突入した。

「うっ、変な臭いがする」

 扉の中は円形闘技場だったが、足元には大量の毒花が咲き誇っている。
 空気中に毒、麻痺、睡眠作用がある花粉がキラキラ舞っている。
 俺に毒は効かないが、視界の邪魔だから全部燃やさせてもらう。
 大量の紫炎を竜巻のように操って、赤、黄、青色の毒花と花粉を焼き尽くした。

「さて、どこにいる?」

 お花畑を燃やされても門番は出てこない。ツタ壁の上には樹木が生えている。
 隠れられる場所はツタ壁の中か、樹木の森の中だけだ。
 隠れるのが好きなら、そのまま隠れていればいい。
 紫炎の竜巻でツタ壁を燃やしていく。
 ここが終わったら、次は樹木を燃やしてやる。

「お願いします! 攻撃をやめてください!」
「んっ? 誰かいるのか?」

 ツタ壁を燃やしていると、上の方から必死な感じの女の声が聞こえてきた。
 俺以外の人間が扉の中に入っていたのだろうか?
 二つの紫炎の竜巻を停止させて、声の主を探してみた。
 
【名前:ドリュアス 性別:メス 種族:木精魔人 身長:不明 体重:不明】

「お願いします、冒険者様。どうかお許しください」

 樹木の中から長い黄緑色の髪に、薄緑のワンピースを着た十五歳ぐらいの美少女が出てきた。
 両手を合わせて祈るように頼んでいる。身長は百五十センチぐらいなのに、不明なのが気になる。
 それに識別眼の情報だと魔人だ。門番を倒した別の魔人が占領でもしているのか?

「あんた、何者だ? ここの門番か?」

 足元に岩板を作って、ドリュアスと同じ高さの空中に移動して聞いた。
 門番じゃないなら、魔人同士で仲良くした方が良い。

「門番? 何の事でしょうか? 私はドリュアスと言います。この森に静かに住んでいるだけです。どうか、森を焼くのをやめてください」

 惚けているのか、門番は知らないと言っている。
 もしかすると門番の扉じゃなくて、魔人の家の扉の可能性もある。
 だけど、この円形闘技場を簡単に作れるとは思えない。
 会話が出来るからといって、この女が門番じゃない可能性は捨てきれない。

「あんた一人だけか? 出口はどこにあるんだ? 壁の出口が消えている」
「分かりません。私もここに何年も閉じ込められてしまって、出口を探しているのに見つからないんです」
「つまり、出られないというわけか。それは困ったな」

 出口は消えている。女が敵なのか分からない。
 現状で最優先で確認するべきなのは、女が敵か味方か調べる事だ。
 信用したフリをして、油断している俺を襲うか確かめる。襲ってきたら間違いなく敵だ。
 紫炎を紫氷に変えると、ドリュアスの前に着地した。

「俺はカナン、同じ魔人だ。ここが門番の扉なら、必ずどこかに門番が隠れている。一緒に探して倒そう。そうすれば外に出られる」
「そうだったんですね。よろしくお願いします、カナン様。怪我しているようですけど大丈夫ですか?」
「いつもの事だから問題ない。早く探そう」
「はい」

 理想的すぎる大人しい女だが、本気で油断するつもりはない。
 俺の右隣を歩くドリュアスと一緒に、樹木の中を調べていく。

 何年も閉じ込められて、隠れている門番を見逃すとは思えないが、俺の識別眼ならば可能性はある。
 手当たり次第に樹木や地面を見ていく。だけど、闘技場を三周回っても何も見つからなかった。

「ごほぉ、ごほぉ……」
「どうですか?」
「何もないな。樹木を燃やすか、地面を砕くしかないな」

 魔剣を抜いたままだから、身体から血が流れ続けている。
 流石に鞘に魔剣を戻さないと出血多量で死にそうだ。
 身体が嘘みたいに冷たくなっている。

「やっぱり駄目なんですね。カナン様がよろしかったら一緒に暮らしませんか?」
「それも良いかもしれないな……」

 まだ樹木も地面も壊してないのに、もうドリュアスは諦めている。
 怪しい動きをしてこないのは、永遠に俺をここに閉じ込めるつもりだからだろうか。
 確かに小さな岩家でも建てて、二人で静かに暮らすのも悪くはない。
 子供は三人ぐらい欲しいけど、敷地が広いからもっと多くても大丈夫そうだ。

 だけど、そんな夢みたいな話はない。俺を襲ってこないなら、俺が襲うしかない。
 信用しているフリはもう終わりだ。紫氷を紫炎に変えた。

「カナン様?」
「ここには俺とお前しかいない。だったら、門番はお前だ」

 動揺するドリュアスに剣先を向けた。
 演技は終了だ。お互い敵と敵に戻る時間だ。

「そんなぁ……違います! 私じゃありません。信じられないのなら、その剣で私を殺してください!」
「うっ!」

 でも、ドリュアスはまだ戻るつもりはないようだ。
 涙を流す目を閉じると両手を広げて、自分を殺すように言ってきた。
 流石に無抵抗な女を切り殺すのは躊躇する。

 そんな俺の心の動揺を無視して、ドリュアスは向けた剣先に向かって歩いてきた。
 剣を下げないと胸に突き刺さってしまう。
 俺が切れないから、自分から刺さるつもりのようだ。

「やめろ!」
「……カナン様が信じてくださるのならやめます」

 大声で教えると、ドリュアスは剣先の前でやっと立ち止まった。
 目を開いて、俺の方を真っ直ぐに見つめて聞いてきた。
 だけど、明らかに怪しい人物を信じられるはずがない。

「ぐっ、信じる事は出来ない」
「でしたら、これで信じられるはずです」

 俺の返事を聞くと、ドリュアスは軽く微笑んだ。
 そして、迷わずに刀身を両手で掴んで、自分の胸に剣を突き刺した。

「がふっ‼︎ うぐっっ、ぐふっ……!」
「なっ⁉︎ 何をしている⁉︎」

 口と胸から真っ赤な血が溢れ出している。
 突き刺した剣をさらに深く刺して、俺に近づいてくる。
 無実を証明する為に死ぬなんて正気じゃない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~

有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。 主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。

聖騎士殺しの異世界珍道記〜奴隷を買ったらお姫様だった件〜

KeyBow
ファンタジー
 彼には秘密がある。殺した奴のスキルを奪うスキル食いのギフトを持っているのだ。最初に一つ奪うまではハードルが高いが、そこからはそれを駆使して相手を上回れる可能性を秘めた超チートだ。  戦闘奴隷として死に戦に投入されるも、片手を失いつつ見事に敵将を討ち、その功績から奴隷解放された。  しかし左手を喪い、世話をさせるのに男の子だと思った奴隷を買う。しかし実は女の子だった。また、追加で買った奴隷は殺した聖騎士の婚約者だった・・・  

視力0.01の転生重弩使い 『なんも見えんけど多分味方じゃないからヨシッ!』

ふつうのにーちゃん
ファンタジー
転生者グレイボーンは、前世でシュールな死に方をしてしまったがあまりに神に気に入られ、【重弩使い】のギフトを与えられた。 しかしその神は実のところ、人の運命を弄ぶ邪神だった。 確かに重弩使いとして破格の才能を持って生まれたが、彼は『10cm先までしかまともに見えない』という、台無しのハンデを抱えていた。 それから時が流れ、彼が15歳を迎えると、父が死病を患い、男と蒸発した母が帰ってきた。 異父兄妹のリチェルと共に。 彼はリチェルを嫌うが、結局は母の代わりに面倒を見ることになった。 ところがしばらくしたある日、リチェルが失踪してしまう。 妹に愛情を懐き始めていたグレイボーンは深い衝撃を受けた。 だが皮肉にもその衝撃がきっかけとなり、彼は前世の記憶を取り戻すことになる。 決意したグレイボーンは、父から規格外の重弩《アーバレスト》を受け継いだ。 彼はそれを抱えて、リチェルが入り込んだという魔物の領域に踏み込む。 リチェルを救い、これからは良い兄となるために。 「たぶん人じゃないヨシッッ!!」 当たれば一撃必殺。 ただし、彼の目には、それが魔物か人かはわからない。 勘で必殺の弩を放つ超危険人物にして、空気の読めないシスコン兄の誕生だった。 毎日2~3話投稿。なろうとカクヨムでも公開しています。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

異世界の約束:追放者の再興〜外れギフト【光】を授り侯爵家を追い出されたけど本当はチート持ちなので幸せに生きて見返してやります!〜

KeyBow
ファンタジー
 主人公の井野口 孝志は交通事故により死亡し、異世界へ転生した。  そこは剣と魔法の王道的なファンタジー世界。  転生した先は侯爵家の子息。  妾の子として家督相続とは無縁のはずだったが、兄の全てが事故により死亡し嫡男に。  女神により魔王討伐を受ける者は記憶を持ったまま転生させる事が出来ると言われ、主人公はゲームで遊んだ世界に転生した。  ゲームと言ってもその世界を模したゲームで、手を打たなければこうなる【if】の世界だった。  理不尽な死を迎えるモブ以下のヒロインを救いたく、転生した先で14歳の時にギフトを得られる信託の儀の後に追放されるが、その時に備えストーリーを変えてしまう。  メイヤと言うゲームでは犯され、絶望から自殺した少女をそのルートから外す事を幼少期より決めていた。  しかしそう簡単な話ではない。  女神の意図とは違う生き様と、ゲームで救えなかった少女を救う。  2人で逃げて何処かで畑でも耕しながら生きようとしていたが、計画が狂い何故か闘技場でハッスルする未来が待ち受けているとは物語がスタートした時はまだ知らない・・・  多くの者と出会い、誤解されたり頼られたり、理不尽な目に遭ったりと、平穏な生活を求める主人公の思いとは裏腹に波乱万丈な未来が待ち受けている。  しかし、主人公補正からかメインストリートから逃げられない予感。  信託の儀の後に侯爵家から追放されるところから物語はスタートする。  いつしか追放した侯爵家にザマアをし、経済的にも見返し謝罪させる事を当面の目標とする事へと、物語の早々に変化していく。  孤児達と出会い自活と脱却を手伝ったりお人好しだ。  また、貴族ではあるが、多くの貴族が好んでするが自分は奴隷を性的に抱かないとのポリシーが行動に規制を掛ける。  果たして幸せを掴む事が出来るのか?魔王討伐から逃げられるのか?・・・

Switch jobs ~転移先で自由気ままな転職生活~

天秤兎
ファンタジー
突然、何故か異世界でチート能力と不老不死を手に入れてしまったアラフォー38歳独身ライフ満喫中だったサラリーマン 主人公 神代 紫(かみしろ ゆかり)。 現実世界と同様、異世界でも仕事をしなければ生きて行けないのは変わりなく、突然身に付いた自分の能力や異世界文化に戸惑いながら自由きままに転職しながら生活する行き当たりばったりの異世界放浪記です。

勇者の不可分

たりきん
ファンタジー
3人の主人公による、それぞれの視点から描かれる物語。地球と異世界に隠された謎、そして魔法とアビリティという特殊な力の謎とは…… 異世界にて邪神を討伐した光輝、勁亮、莉愛、光輝は異世界に残り、勁亮と莉愛は地球に戻り、それぞれが平和な時を過ごしていた。 ある日地球に異世界で戦った魔物たちが現れる、地球では殆ど魔法が使えないなか勁亮は戦うことに…… そして異世界で平和に過ごしていたはずの光輝は、魔物が跋扈する地球で気がつく、一部記憶を無くし自分が地球にいる理由が分からず魔物と戦うことになる。 そしてただの警備員、晴斗はある日フォールドゲートというアビリティに目覚める、彼はこの力を自分の日常生活の向上のために使おうとする、しかしここから彼の運命は大きく動きだす。

転移ですか!? どうせなら、便利に楽させて! ~役立ち少女の異世界ライフ~

ままるり
ファンタジー
女子高生、美咲瑠璃(みさきるり)は、気がつくと泉の前にたたずんでいた。 あれ? 朝学校に行こうって玄関を出たはずなのに……。 現れた女神は言う。 「あなたは、異世界に飛んできました」 ……え? 帰してください。私、勇者とか聖女とか興味ないですから……。 帰還の方法がないことを知り、女神に願う。 ……分かりました。私はこの世界で生きていきます。 でも、戦いたくないからチカラとかいらない。 『どうせなら便利に楽させて!』 実はチートな自称普通の少女が、周りを幸せに、いや、巻き込みながら成長していく冒険ストーリー。 便利に生きるためなら自重しない。 令嬢の想いも、王女のわがままも、剣と魔法と、現代知識で無自覚に解決!! 「あなたのお役に立てましたか?」 「そうですわね。……でも、あなたやり過ぎですわ……」 ※R15は保険です。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも連載しております。

処理中です...