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第四章:商人編

第139話 黒炎魔法

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「無駄な移動が多いな」

 地下26階、『メル』と刻まれた墓石の下から、メルを引っ張り出した。
 魔術の指輪を手に入れようとして、『武器製造』と『道具製造』の二つは完全に忘れていた。
 まあ、ケチケチオヤジに頼んでも貰えなかったから、自力で手に入れるしかない。

「メル、ちょっと炎を出してみろ」
「あうっ! うあぅ、うあああっ!」
「……」

 メルに炎の指輪を嵌めると、試しに使わせてみた。
 軽く頷いた後に右手を強く握ってから、大袈裟に開いた。
 何も起こらなかったから、今のメルの魔力は0だ。

 盗んだ魔力の指輪も一応試してみたが、やっぱり何も起きなかった。
 職人オヤジ達の情報通りで間違いない。魔力が無いと炎の指輪はゴミになる。

「さてと、どうしようかな?」

 ゴミを強化する時間は勿体ない。
 黒妖犬も火竜も倒さなくていいなら、さっさとメルを進化させて町に戻ればいい。

 だが、実験しなければ結果は分からない。
 やらない後悔よりも、やって後悔した方がいい時もある。
 今回はやって後悔してみるとしよう。

「さっさとやりますか」
「あぐっ、はぐっ」

 どうせ落とし物を49階まで拾いに行かないといけない。
 メルは小船の上で弁当を食事中だが、黒妖犬ぐらいは俺の強射撃で倒せる。
 このまま小船に乗ったまま、墓地の犬狩りを終わらせるとしよう。
 不気味な黒い小船を走らせた。

 ♢

「あっ、聖水も忘れた」

 地下38階、小船に乗って、クリスタルゴーレムを倒していると思い出した。
 これだと赤髪のブレルを人間に戻せない。今回は急いでいたから色々と忘れ物が多い。
 まあ、現地調達で作ればいいか。

「うあっ、うあっ!」
「どうした? アメ玉が欲しいのか?」

 雪原の雪熊で作った、白い毛皮の新しいコートを着たメルが、俺の服を引っ張ってきた。
 水晶で家具を作って遊ぶように言っていたが、飽きたのだろう。
 振り返って見てみると、7センチ程の正方形の水晶が積み上げられていた。

「あうっ!」
「十三段だな」

 得意げに指差しているが、積み上げた数だけアメ玉をやるつもりはない。
 それに水晶の置き物は品揃えが豊富だから、もっと独創性が欲しいところだ。
 モンスターの置き物は昔からあるから、それ以外でお願いしたい。

 努力賞のアメ玉を一個だけやると、水晶洞窟を抜けて、闘技場は素通りした。
 ミノタウロスの魔石は、炎の指輪を強化した帰り道に集めればいい。
 今回の作業で一番難しいのは火竜の素材集めだ。

 49階に待機している強化火竜に頼んでもいいけど、流石に一対三だと負けてしまう。
 俺も嫌々ながらも手伝わないといけない。
 
「んっ? 待てよ……」

 ちょっと思ってしまった。
 ミノタウロスの魔石を七百個集めて、オヤジ達に売れば、魔術の指輪が買える。
 今のうちに属性魔石を大量に集めておけば、好きな属性の魔法が使えるようになる。

「木と水で悩むけど、威力が低いなら水だな。8階で手に入るから楽だし」

 属性魔石は水、木、風、火、地、氷、雷の順番で入手する事が出来る。
 水が一番簡単に入手できて、雷が一番難しい。
 だけど、雷を日常のどこで使用すればいいのか分からない。
 地、火、水の相性から考えれば、水しか考えられない。

 炎の指輪の強化後の予定も決まった。
 メルを進化させて、弓矢で援護させれば、七百個ぐらいは余裕で集まる。
 やれやれ、帰り道は大船で帰らないといけないな。

 ♢

 地下49階……

「あと三日は流石に長いな」

 草原に寝転んで青空を眺め続ける。
 強化火竜と協力して、火竜から炎竜の鱗五十枚を回収した。
 目的の炎の指輪はLV2に強化できた。
 あとはメルを進化させて、ミノタウロスを倒して、町に帰るだけだ。

 でも、ここで三日待てば、暗黒城で殺生白珠が取れるようになる。
 町までの往復に約六十二時間かかる。町で十時間しか休めない。
 どうせなら、俺の紫剣ドラゴンベインを強化してから帰りたい。
 何度も往復するのは面倒くさい。

「とりあえず進化だな。メル、来い」

 時間潰しに内職するよりは、メルを進化させて鍛えた方がマシだ。
 起き上がると、氷剣を五時間素振りさせているメルを呼んだ。

「よし、メル。頑張ったからアメ玉をやるぞ」
「あうっ」

 普通に吸収させようとしたら、抵抗されるのは分かっている。
 命結晶をアメ玉だと偽って、口の中に放り込んだ。

「あうっ? んあっ?」

 味のしないアメ玉を舐めているが、すぐにアメ玉は消えるはずだ。
 そして、アメ玉じゃないと気づくだろう。

「ゔゔゔゔっっ‼︎ ゔゔゔゔっっ‼︎」
「拘束してから、薬草がないか探してみるか」

 メルが地面をのたうち回り始めたから、俺も寝転んだ。連続進化開始だ。
 多分、残り五回は進化するから、それで一時間消費される。

 その後は45階に行って、ウッドエルフを拘束しながら薬草探しをする。
 メルが薬草製造を習得しているから、進化させていけば、聖水も作れるはずだ。
 これで一日は消費される。

「おっと、回復薬も作らないといけないのか」

 赤髪ゾンビを治療しても、怪我が残っている可能性がある。
 聖水以外にも回復薬が必要だ。ついでに食糧も必要だ。
 お弁当の食べ残しはないから、今回はアメ玉でいいだろう。

 十一分後……

「ゔゔっ‼︎ ゔゔっ‼︎」

 進化が終わったみたいだ。今回はなんて言っているのか分かる。
『騙しやがったな! 絶対に許さない!』だと思う。
 メルが地面を右足で踏みつけて怒っている。

【名前:ゾンビダークナイト 年齢:7歳 性別:ゾンビ 身長:140センチ 体重:34キロ】
【進化素材:太陽石七個】【移動可能階層:20~50階】
『剣術LV2』『黒炎魔法LV2』『家具製造LV2』

「こ、これは‼︎」

 自分の育てる才能が恐ろしい。進化後のメルを調べたら暗黒騎士に出世していた。
 しかも、特殊な魔法まで習得している。このままだと俺を超える怪物が誕生しそうだ。
 だけど、落ち着いて黒炎魔法を調べてみたら、間違いだと分かった。

『黒炎魔法LV2』——黒いだけの炎魔法。

「ようするに普通の炎だな。メル、黒炎魔法を撃ってこい」
「ゔゔっ、やぁ!」

『言われなくてもやってやる!』、そんな熱意が伝わってきた。
 俺の命令に躊躇なく、メルは黒炎の弾丸を右手から三発も撃ってきた。

「はい、はい、はい」

 でも、期待外れだ。
 速さは遅い、威力は弱い、トドメに熱くない。
 平手打ちで全部叩き落とした。

「この程度か? 本気で撃ってこいよ」
「ゔがぁー‼︎」

 この程度の弾丸が実戦で通用するわけない。俺が訓練してやる。
 左手を前に伸ばして、笑いながら手の平を振って挑発した。
 怒っているメルが、さらに怒って撃ってきた。

 次々に飛んでくる直径8センチ程の弾丸を、右手で叩き落としていく。
 身体に何発か当たったが痛くも痒くもない。ちょっと熱いだけだ。
 射撃のアビリティは弓使いで習得しているから、これ以上の威力は出ない。
 仕方ないから一日中撃たせて、LV4まで上げるとしよう。

 十五時間後……

「かなり上がったな。メル、休憩だ」
「ゔゔっ」

 途中から避けるのをやめて、黒炎の弾丸を受け続けた。
 その結果、『火耐性LV5』を俺が習得した。
 痛みに耐えて良く頑張った。

「次は剣術でも教えてやるか」

 休憩後に進化させよう。焼け野原から草原に移動して寝転んだ。
 予定通りに黒炎魔法はLV4まで上昇させた。進化させれば、LV5ぐらいにはなる。
 あとは暗黒騎士だから、剣術のLVを上げてやれば、さらに出世するはずだ。

「それにしても言葉が喋れないと大変だな。進化させても全然治らないし」
「ゔゔっ、ゔゔっ」

 隣に座るメルは草原の草達に八つ当たり中だ。引っこ抜いては投げている。
 まあ、喋れなくても俺の生活は困らない。
 戦力的にも資金面でも、メルの力は非常に助かっている。

 ただメルの幸せを考えると、自我というか、自主性がないと駄目だ。
 言われた事しか出来ないのなら、俺がいないと何も出来なくなる。
 腕の良い医者でもいればいいけど、モンスターを治療する医者はいない。
 進化させても駄目なら、Aダンジョンで名医でも探すしかない。

「ほら、メル。強くなる魔法の石だぞ。これを使うと俺を倒せるようになるぞ」
「うあっ!」
「ぐはぁ……!」

 流石にもう騙されるつもりはないようだ。
 休憩後、太陽石を見せただけで、顔面に黒炎弾を発射された。
 剣術の訓練は進化後にしようと思ったが、進化前にコテンパンにした方が良かったみたいだ。
 ちょっと大人の暴力を使わせてもらう。

「セィッ!」
「うがぁ!」

 足払いで地面にメルを倒すと、うつ伏せにして、背中に膝を乗せた。
 体術も鍛えないと駄目だが、これで体術が必要だと分かっただろう。
 進化後に覚えるはずだ。暴れるメルの背中に太陽石を吸収させた。

「ぐがぁ、ゔゔゔゔっっ!」
「痛みの先に幸せがある。頑張るんだぞ」

 痛みに苦しむメルを応援する。俺も同じ道を通ったから痛いのは分かる。
 でも、今の幸せな俺を見れば分かるはずだ。これは幸せになる為に必要な痛みだ。
 俺も心を痛めた気分で見守るから、あと四回頑張るんだぞ。
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