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第四章:商人編

第134話 偽メル

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【名前:ターニャ 年齢:7歳 性別:女 職業:無職 身長:125センチ 体重:24キロ】

「偽者め」

 念の為に建物の壁に隠れて、識別眼を使わさせてもらった。
 俺がゾンビにした方が偽者かと思ったが、流石にババアと違って、俺の目は誤魔化せない。
 ターニャとかいう女は、無職でアビリティも大した事ない。道端の石ころだ。
 磨こうにも小さ過ぎて、磨いただけで消えるような屑原石だ。
 どういうつもりか知らないが、この長男様が家から追い出してやる。

「おい、ババア。勝手に俺の墓を作ってんじゃねえよ」
「はい? どちら……ハッ! あんた、カナンじゃないの⁉︎ 死んだんじゃなかったの⁉︎」
「死んでないから生きてんだよ。俺の物を遺品整理とか言って、売ってないだろうな?」

 頭から鎖を外して、ババアと偽メルの前に現れた。
 最初は俺だと気づかなかったようだが、俺の顔を見た瞬間に分かったようだ。
 大声で叫んで死ぬほど驚いている。

「た、隊長、生きてたんですね……よ、良かったです」
「黙れ、偽者! お前に隊長とか呼ばれたくない!」
「ひぃぁ‼︎」

 微妙な笑みで偽メルが気安く話しかけてきたから、とりあえずブチ切れた。
 メルは丸目だが、お前はツリ目だ。鼻は広いし、耳の形は丸い。
 髪色と声だけ似せている粗悪品だ。

「なんてこと言うんだい! メルちゃんはあんたの帰りをずっと待っていたんだよ。今すぐに謝りな!」
「いいんです、おば様。私が置いて逃げたのを隊長は怒っているんです」
「それはこの馬鹿の自業自得だよ。メルちゃんは気にしなくていいの。あんたは早く謝りな!」
「いいんです。私が悪いんです。隊長、ごめんなさい」

 これは駄目だな。ババアが完全に洗脳されている。
 一旦切り離して、個別指導して、今日中に追い出さそう。

「はいはい、すみませんでした。おい、偽メル。ちょっと部屋に来い。話がある」
「話なら私があるよ。なんだい、その変な格好は? 近所の人に見られてないだろうね。恥ずかしくて、私が表を歩けなくなるよ」

 軽く謝ると、偽メルの左腕を掴んで部屋に連れて行こうとした。
 すると、ババアが俺の腕を掴んで止めてきた。また足蹴りを食らいたいようだ。
 偽メルの腕から手を離して、ババアの手を振り解いた。

「うるせいなぁー。俺が何着ようと関係ないだろう。お前のセンスが死んでんだよ」
「死んでんのはあんただよ。姉弟揃って髪染めて、剣は四本も必要ないでしょうが。無駄使いしてお金が無くなったから、こんな物を巻いてんじゃないだろうね?」
「触んじゃねえよ。高級品だぞ」

 ババアが岩鎖を触ってきたから、急いで手を払い退けた。
 凍結効果がある鎖に素人が下手に触ったら、火傷しないが火傷する。

「やっぱり無駄使いしたんだね。どうせお金が無くなって、宿屋を追い出されて帰ってきたんだろ。仕方ない馬鹿息子だね。その辺で強盗や物乞いをされるよりはマシだよ。さっさと風呂入って、飯でも食べな。生ゴミが腐った臭いがするよ」
「……」

 ババアが勝手に俺の悲惨な現状を想像しているようだが、気になるのは生ゴミ臭だ。
 49階で手作り風呂に入った。そんなに臭くないはずだ。
 最終進化を終えて、身体の腐っている部分も無くなっている。
 もしかして、卵と一緒で中身が腐っているパターンなのか?

 ♢

「隊長、お背中流しましょうか?」
「はぁ? 色仕掛けで俺まで騙すつもりか? 一人で入れる。お前は家を出て行く準備をするんだな。一人で出来ないなら、俺が手伝ってやるよ」
「うぅぅ……隊長、酷いです」

 ババアの許可を得て、家の中に入ると自分の部屋を目指した。
 何故か偽メルが付いてくるが、部屋に見られたくない物を隠しているからだろう。
 パパッと盗品チェックして、ババアの前に盗品をばら撒いてやる。
 それで騙されていたと分かるだろう。

「チッ。何だ、これは? 俺の部屋を汚しやがって」

 やはり偽メルで間違いない。散らかった部屋に酒ビンが転がっている。
 枕の下に違法薬物が普通に隠されていそうだ。

「おい、出て行く前にキチンと、なっ⁉︎」
「……」

 部屋の惨状をしっかり確認して、背後を振り返った。
 すると、偽メルが床に綺麗な土下座をしていた。
 こんな綺麗な土下座は見た事がない。

「それは何のつもりだ?」
「どうかどうか八年だけ見逃してください!」

 俺も鬼じゃない。部屋の片付けが済んだら、曲がった金貨でもやるつもりだ。
 それなのに八年住みたいとは、図々しいにも程がある。

「長いな。毒殺でもして、遺産でも相続するつもりか? 入る家を間違えているぞ」
「違います。この家のお姉さんに頼まれたんです! メルちゃんがダンジョンで死んじゃったから、メルちゃんのフリをして欲しいとお願いされたんです!」
「お姉さん? 姉貴が帰ってきているのか?」
「はい、黒髪のお姉さんに頼まれたんです。月に三十万ギル貰えるんです。お願いします。見逃してください」
「……」

 もしかすると、この女も騙されているんじゃないのか?
 ババアも「姉弟揃って髪染めて」とか言っていた。
 姉貴のフリをする黒髪の女がいて、金を出して偽メルを雇っている。
 そんな事に金を出す人間がいるのかと思ったが、黒髪の女には心当たりがある。

「その女は黒髪で白い服に剣を二本持っている女か?」
「はい、その人です。五日前にお金が入った鞄を渡されて頼まれました。鞄はここに隠してます」

 俺の知っている女の特徴を教えたら、偽メルが頷いている。
 間違いなくその女みたいだ。しかも、ベッドの下から見覚えのある鞄を引き摺り出している。
 間違いなく俺の鞄で、間違いなく俺の金で偽メルを雇っている。

「もういい。しばらくメルのフリをしていろ。その女は家にいるのか?」

 偽メルが鞄の中身を取り出していくが、わざわざ見せなくても分かっている。
 この家の状況は分かった。リエラが姉貴のフリをして、偽メルを俺の金で雇っている。
 闘技場で分かれた後、俺達が死んだと思ったのか、メルの偽者を大至急用意したんだろう。
 その辺の子供に盗品を大量に渡して、八年契約するとか正気じゃないが、悪くはない方法だ。

「家にはいません。用事があると言って、二日前に出ていって帰ってないです」
「なるほどね……」

 間違いなく、バレる前に逃げたな。この部屋の惨状もリエラの仕業だろう。
 盗んだ金で大宴会か? まあいい。鞄の中の冒険者カードが無事なら問題ない。
 風呂に入ったら、盗品も現金化しておこう。

 ♢

 風呂に入ると、換金所を目指して家を出た。
 服は白シャツに黒の長ズボン、中心が開いた茶色の魔法使いのロングローブに着替えた。
 武器は銀剣と赤い剣『バーミリオン・レックス』の二本だけにした。

「自分で作っても良いかもな」

 市販の服も悪くはないが、50階の宝箱が復活するまで時間がある。
 闘技場で防具製造のアビリティでも鍛えて、ミノタウロスの革服でも大量に生産しよう。
 戦闘能力もアップするから、ちょうどいい暇潰しになる。

「赤毛オヤジはパスするか。面倒そうだ」

 換金所に到着したが、顔馴染みのオヤジの姿が見えた。
 たまには女の受付で我慢するか。すぐに泣くから女は面倒くさいんだよな。

「こんにちは。魔石と素材の換金ですか?」
「それ以外に出来る事があるのか? さっさとやれよ」
「は、はい、少々お待ちください」

 笑顔で話しかけてきた黒髪の若い女のカウンターに、鞄を二個と冒険者カードを置いた。
 俺にとっての少々は三十秒だが、五分以上は確実にかかる。

 五分後……

「六番さん、査定が終わりました。カウンターまでお越しください」
「やっとか」

 換金所の中の椅子に座って、適当に雑誌を読んでいると、魔導具で拡声された女の声に呼び出された。
 雑誌を棚に戻すと、さっきの女のカウンターに向かった。

「買取金額は35万6830ギルになります。地下30階層と40階層の魔石と素材がありましたので、アビリティ能力のチェックにご協力ください」
「何だ? 俺が盗んだ物でも売りに来たと疑っているのか?」

 買取り金額に不満があるが、女の態度よりはマシだ。
 カウンターに置かれた俺の冒険者カードを見下している気がする。
 Bランク冒険者が取ってくる魔石を、Eランク冒険者は取って来れないと思っている。

「いえいえ、とんでもない! そういうわけではありません。買取り仲介業者の許可証をお持ちでないので、冒険者カードのランクアップの基準を満たしているか、確認させてもらいたいだけです。確認後に冒険者ランクもEランクからCランクに上げさせていただきます」
 
 女を睨み付けると、長々と丁寧に説明してくれたが、ようやくすると『怪しいから実力を見せろ』だ。
 明らかに盗品だと疑っている。後ろに控えている武装した職員二人の説明も是非聞きたい。
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