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第三章:魔人編

第133話 町に行こう

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「があッ‼︎」
「逃すか!」

 往生際の悪い奴だ。地面を力一杯踏み付けて、真上に向かって飛んでいった。
 お前が俺から逃げられる場所はあの世だけだ。身体を撃ち上げて追いかけた。

「何がしたいんだ?」

 このまま真上に向かっても、神の結界にぶつかるだけだ。
 俺なら階段の中に逃げようとする。まあ、それは俺が塞いでいたから無理だった。

「重力崩壊『紅滅』——」
「えっ?」

 結界にぶつかる前に空中で反転すると、神の結界を足場に、俺に向かって急降下してきた。
 左手に握った赤い魔石を砕いて、ヤバそうな赤い雷を放つ、直径二十センチはある黒い球体を出現させた。
 あの赤雷球を限界まで加速してから、俺の顔面に叩き込むつもりだ。

「死ね」
「うっ!」

 ヤバそうな攻撃だが避ければ大丈夫だ。でも、避ければ階段から逃げられる。
 ならばやる事は一つだけだ。赤い剣を正面に構えて、刀身に岩鎖を巻き付けていく。
 さらに長方形の岩盾を剣の前に構えた。やれるものならやってみろ。

「なぐっ⁉︎ ぐおおおお‼︎」

 赤雷球が激突すると、岩盾は呆気なく壊された。岩鎖の岩もボロボロ剥がされていく。
 両手で剣を飛ばされないように支えているが、支える手が馬鹿みたいに震えている。
 この剣と鎖が絶対に壊れないか、今すぐ知りたい。

「殺す殺す殺す殺す殺す——ッ‼︎」
「ぐゔゔゔっ!」

 空中に踏ん張って押し返そうとするけど、どう見ても猛スピードで落ちている。
 落ちてくるだけなら受け止められると思ったが、絶対に重さが激増している。
 巨大隕石でも受け止めている気分だ。赤雷球が剣を押し下げて、頭に近づいてくる。
 このままだと地面に叩き落とされて、頭が粉々になるのは時間の問題だ。

 だったら、攻撃を逸らすか躱すしかないが、剣がくっ付いたように動かなくなった。
 動かせるのは俺の身体だけだ。でも、それだけあれば十分だ。
 弧を描くように、足裏の岩板を上に向かって乱暴に動かした。

「ウラァッ‼︎」
「ぐぼぉっ‼︎」

 木の枝にぶら下がって一回転するように、強烈な双飛び膝蹴りを腹筋にブチ込んだ。
 そして、オルファウスがフラつき苦しんだ瞬間、剣を赤雷球から引き剥がした。

「一人で落ちてろ!」
「ふゔぁぁ⁉︎」

 左手を突き出したまま、オルファウスが地面に激突した。
 地面が吹き飛び、左腕が折れて、顔面からグチャグチャに砕け散った。

「自分の命まで粗末にしやがって……ゾンビに出来ないじゃないか」

 多分、ゾンビになるよりも死んだ方がマシなんだろう。二人もバラバラ死体を選んだ。
 仕方ないから鎖使いでも、ゾンビにしよう。いないよりはマシだ。

「さてと、やるか……」

 決着はついたが、まだ終わりじゃない。
 人質の生死を確認して、死にかけはゾンビにする。
 その後はメルを暗黒城から急いで探して、階段の中に避難させる。
 一週間後にモンスターが再出現するかは微妙だ。一時間後かもしれない。

「やれやれ、忙しくて死にそうだな」

 人質達の落下地点に急いで向かうと、岩塊に拘束されている連中を探した。
 呼吸と脈を確認して、死んでいるなら容赦なく血を飲ます。

「ぐがああッッ!」
「痛い痛い痛い!」

 どうやら全員無事みたいだ。岩船を作って無理矢理に詰め込もう。
 縦三列、横六列で立たせて乗せれば、小船でも運べそうだ。
 落ちている武器や鞄は後で回収に来るとしよう。

 ♢

「うわあああッッ‼︎」
「邪魔だ邪魔だ! 轢き殺すぞ!」

 34階の階段に寝転んでいる冒険者達が邪魔すぎる。
 こっちは急患を運んでいるから、道を開けるのが常識だ。

 町までの到着目標時間は35時間だ。流石にそれ以上は無理だ。
 メルを探すには時間がかかるから、下僕のゾンビ三匹に探させている。
 変態アレンなら嗅覚だけで探せるだろう。
 見つけられたら、ご褒美に進化させた後に治療してやる。

「とりあえず病院の前に放置して、残る問題は俺が灰にならないかだな」

 時間があるので町に着いた後の予定を考えてみた。
 事情を聞かれると面倒なので、急患は病院の前に放置で決定だ。

 問題があるとしたら、その前だ。
 ダンジョンから持ち帰れるのは魔石と素材、アビリティ装備しかない。
 アビリティで加工しないと、葉っぱ一枚も持ち出せない。
 持ち出そうとすれば、町とダンジョンの間の結界を通った瞬間に灰になる。

 つまり俺も灰になる可能性が多少はある。
 髪の毛を引っこ抜いて、安全を確かめてから出ないといけない。
 もしも灰になった時は、急患を乗せた小船だけを外に置いて、50階の家に帰ろう。

 31時間後……

「うわああッッ‼︎」
「懐かしいな。ほぼ二ヶ月ぶりぐらいだ」

 予定より早く地下一階に到着した。スライムを轢き殺しながら進んでいく。
 人間はまだ轢き殺してない。十六人ぐらいとちょっとぶつかっただけだ。
 治療費はコイツらが病院にいるから、コイツらに請求するといい。
 正義の味方鎖男には請求したら駄目だ。

「病院帰りに服でも買いに行くか」

 シトラスの服は普段着のような安物だから肌触りが良くない。
 最低でもシャツは五千ギル以上じゃないと駄目だ。
 安過ぎると馬鹿にされるが、高過ぎても馬鹿にされてしまう。

「チッ、そう言えば金がなかった。魔石と素材はあるのに……」

 買い物をしようにも金が無かった。曲がった金貨が数枚あるだけだ。
 俺の冒険者カードが入った鞄は、リエラが持ち逃げしたそうだ。
 再発行するには、換金所で身元を調べられないといけない。
 魔人のゾンビで再発行されるか心配だ。そのまま討伐されそうな気がする。

 まあ、いざという時は換金所を襲えばいい。
 魔石を全部売っても、進化素材を買えるだけの金額にはならない。

 地下洞窟を抜けると、六百段以上もある階段をゆっくり上り始めた。
 人が多いから流石に慎重に上るに決まっている。階段の頂上に扉が見えてきた。
 時刻は昼時だから、腹は減らないが、久し振りにまともな何かを食べたい。

「大丈夫だよな?」

 扉を開けて、小船を先に町に出した。
 次に水色の髪の毛を引き抜いて、太陽の光を髪の毛に浴びせてみた。
 どうやら問題ないようだが、まだ安心できない。
 右手から鎖を外して、小指の先だけ光に当ててみた。
 温かいだけで変化はなかった。

「よし、病院に行くか」

 扉を全部開けると、平常心で町中に出た。
 誰もいなかったら『うおおおおお! よしよしよしよしよしぉー‼︎』と喜び絶叫していた。
 だが、それは人目のない静かな場所でやろう。喜びすぎだと笑われてしまう。

「刺し身、焼き肉……今は無性に野菜が食いたいな」

 小船を病院に向かって進ませていく。
 病院はすぐ近くなので、到着したら小船と急患の拘束を壊して放置する。
 その後は適当に服を買って、風呂とサウナがある宿屋に泊まるとしよう。
 
「じゃあ、ゆっくり休むんだぞ」

 予定通りに病院の前で急患達を放置した。俺はこれから換金所に行くから忙しい。
 換金所を襲って、服屋に行って、サウナに入って、サラダを食うから大忙しだ。

「あぁー、オヤジ達の素材を盗んでくれば良かった。全然盗む時間がなかった」

 今すぐに戻るつもりはないが、時間があれば、オルファウス達の持ち物を探して回収していた。
 俺のバラバラ死体のアビリティ装備、銀剣、氷剣、呪われた剣、魔石と素材しか回収できなかった。
 剣は四本もいらないし、全身岩鎖に鞄を背負うとか完璧に変態だ。

「はぁ……仕方ない。今日は節約するか」

 変態として目立ちたくないから、行き先を換金所から実家に変更した。
 ババアのタダ飯とジジイの無料宿屋で我慢する。タンスの服も我慢すれば着れるだろう。
 俺が死んだ事になっているから、元気な顔を見せるついでにちょうどいい。

「なっ⁉︎」

 だが、家の目の前まで行くと、信じられないものを目撃してしまった。

「おば様、この洗濯物も乾いてます」
「ありがとう、メルちゃん。でも、休んでないと駄目よ。怪我してるんだから」
「このぐらい平気です!」

 ババアが茶髪の子供と、楽しそうに洗濯物を取り込んでいる。
 その女は絶対にメルじゃない。背格好は似ているが偽メルだ!
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