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第三章:魔人編

第126話 時間稼ぎ

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「はぁっ⁉︎」

 氷の大地の揺れが収まったと思ったら、それは起きた。
 氷の大地全体が何の危険も感じさせずに、上空に向かってブッ飛んできた。
 縦150メートル以上、横80メートル以上、厚さ7メートル強は絶対駄目だ。

「ぐっ、バリアを使う! 耐えろ!」

 氷の大地と一緒に飛んでくる坊主頭が叫んでいるが、それは無理に決まっている。
 出来るのは、頭の先から天井に激突しないように、仰向けになるか、うつ伏せになるかぐらいだ。

「ガイ、寝転べ! 出来るだけ防ぐ!」
「頼む!」

 背中から炎剣を抜くと、うつ伏せに寝転んで身体の正面に構えた。
 次に岩板に寝転んだガイと俺の身体を、急いで岩塊で分厚く覆い尽くしていく。
 あとは数秒後の衝撃に、身体が耐えられると信じるしかない。

 ドガァン‼︎

「ぐがぁぁ‼︎」

 打ち上がってきた氷の大地は一切止まる事なく、四角い岩塊に守られた俺達を容赦なく破壊した。
 丸型の天井に背中から激しく激突して、意識を吹き飛ばそうとするが、俺は気絶する事も寝る事も出来ない。
 ただ氷の勢いが止まるのを待つか、俺が潰れて死ぬか待つだけだ。

「ゔがああッッ‼︎」

 だが、そんなつもりはない。俺は待ち合わせ時間を過ぎたら待たない男だ。
 両手で構えた炎剣に魔力を注ぎ込んで、押し潰そうとする氷を溶かしていく。
 押し潰させるつもりも、押し潰されるつもりも微塵もない。

「がああッッ‼︎」

 ドガァ‼︎ 数秒間の根比べに勝利したのか、目の前で氷が砕け散った。
 ただ天井に衝突して砕け散っただけかもしれないが、砕けた氷の大地が水面に落ちていく。
 このまま一緒に落ちるつもりはない。岩板を作って気絶しているガイを一緒に乗せた。

「ぐはぁ! ハァ、ハァ……死ぬぞ!」

 何とか助かったが、これは駄目だ。Bランク冒険者が千人集まって勝てるかどうかだ。
 少なくとも地魔法使い一位を三十人、いや、五十人は欲しい。

「しぶといな。まだ何人か動けるか」
「あぁ、最悪だ……」

 こっちは全滅間近なのに、水中から竜人が飛び出してきた。
 空中で周囲を見渡して生き残りを探している。
 水面に落ちて死んだフリをすれば良かった。

「ロビンもやられているのか……」

 水面に氷塊と一緒に浮かんでいるヤツが多いが、水面に立っているのが三人いる。
 ヴァン、クォーク、坊主頭の三人が何とか立っている状態だ。
 天井に激突して、水面に落下したのに、逆に元気な方かもしれない。

「お前もまだ生きていたか。ここまで生き残った褒美をくれてやろう」
「……ありがとうございます。見逃してくれるんですか?」

 わざわざ天井まで竜人が飛んでくると、俺にご褒美をくれるそうだ。
 ろくなご褒美は期待できないが、一応丁寧に聞いてみた。

「いいや、違う。もう一度選ばせてやる。我の僕になれ。お前の力は見えている。その眷属使役で死なせなくない者を選べ。そいつらだけは特別に生きる事を許可してやる。慈悲深い我に感謝せよ」

 期待した通りのロクデモない褒美を言ってきた。
 今の眷属使役はLV4だ。進化後にLV5になれば、四人をゾンビとして使役できる。

 ちょうど生きている人間が四人いるなら、コイツらに使ってもいい。
 全滅するよりは生き残って、倒すか逃げるチャンスを待った方がいい。
 最悪、オルファウス達の力を借りてもいい。死ぬよりはマシだ。

「返事はどうした? まさか断るほど愚かではあるまい」
「……もちろんです。ご慈悲を有り難く頂戴させてもらいます」

 俺が黙っていると竜人が再度聞いてきた。
 選びたくはないが、選ばないとどうなるか分かっている。
 岩板に跪いて、額をつけて、感謝のフリを示した。

「そういうと思った。では、まずは使役しない者の首を剣で切り落としてもらおうか。いや、その前に隣の男を殺せ。我の身体を汚そうとした不届き者だ」
「——ッ‼︎」

 形だけの僕になる予定だったが、この腐れ外道は仲間殺しを命令してきた。
 ガイを殺させて、水面に浮いているのを殺させて、最後に扉の前にいるオヤジ達を殺させるつもりだろう。
 そして、そこまでやっても俺を生かしてくれる保証はない。全員殺させた後に焼き殺しそうだ。

「どうした? 早く殺せ。我の命令が聞けないのか?」
「それは……」

 天井まで残り13メートル。進化はまだ終わらない。
 おそらく十四分は経過しているから、残り六分だけ時間が欲しい。
 命乞いでも何でもいいから、死刑執行を出来るだけ遅らせる。
 生き残りを救出して、ゴーレムに乗って戦えば、態勢を立て直す時間稼ぎは出来るはずだ。

「ご主人様、お願いします! 他の者では駄目でしょうか! 仲間なんです!」
「駄目だ。そいつを殺すか、全員死ぬか、好きな方を選べ」
「うぐっ!」

 この腐れ外道め。この俺が頭を擦り付けて頼んでいるんだから、許すのがご慈悲だろうが。

「早くした方がよいぞ。水は止まらぬ。我が殺すのではない。お前の愚鈍な決断が殺すのだ」
「うぐっ……その必要はない!」
「ガイ……」

 竜人に急かされる中、他に時間稼ぎ方法がないかと探していると、ガイが立ち上がった。
 明らかに槍を支えに立っているだけで限界だ。

「俺がお前を倒す。それで終わりだ」
「クククッ。面白い冗談だ、気が変わった。コイツは殺さなくてもよい。我の爪研ぎに使ってやろう」
「だったら尻でも掻いてもらおうか。さっきの弱すぎる攻撃でちょうど痒かった」
「……人間、冗談が過ぎると笑えぬぞ」

 時間稼ぎになると思ったが、流石に限界だ。ガイを止めないと首が撥ね飛ばされる。
 竜人は最初は笑っていたが、二度目は怒気を含んだ紫色の瞳で睨みつけている。

「ご主人様、少々お待ちください。この無礼者が!」
「ぐがぁ! うわぁぁぁ!」

 素早く立ち上がると、ガイの顔面を殴りつけた。
 殴り飛ばされたガイが、岩板から悲鳴を上げて落ちていく。
 大丈夫だ。下には生き残りの回復術師がいるから、怪我しても治療してもらえる。

「これはどういうつもりだ?」
「こういうつもりです」

 ご主人様が理解力のない馬鹿みたいな質問をしてきたので、右手で左腰の銀剣を抜いて応えた。
 怪我人に戦わせるだけ無駄だ。進化予想時間の残り四分ぐらいは自分で稼ぐ。

「愚かな。我に再び刃を向けるか。真の死を理解しておらぬようだ。お前は何も見つけられず、何も手に入れられず、何も知らずに死んでいく。それは幸福や喜びを知らずに死ぬのと同じだ。つまらぬ人生だったと死して後悔するがよい」
「うるせいなぁー! テメェーを殺せばいいだけだろ! さっさと来い——」

 ブォーン‼︎ 来るのが早すぎる。

「くぅ‼︎ この野朗!」

 俺はつまらない話を最後まで聞いてやったのに、人の話は最後まで聞くつもりはないようだ。
 振り回された細長い尻尾が真横から飛んできた。岩板を急降下させて回避した。

「もう逃げ場もない。死ぬまでの時間を長く苦しむか、短く苦しむかはお前次第だ」

 残り僅かな空中を逃げ回る俺を、竜人の氷炎の刃が追いかけてくる。
 下には浮いている人間がいるから逃げられない。限られた空間を上と横に避け続ける。

「まだ痛むな。まだかよ」

 ヴァン達は坊主頭に回復されているようだが、戦闘復帰はまず無理だ。
 身体の痛みが消えるまで逃げ回るにも限界がある。いっそ水中に逃げた方が良さそうだ。
 急降下して氷塊の隙間に見える水面に突っ込んだ。

 ドボンッ‼︎ 冷たい水が身体の体温と痛みを奪い取っていく。
 これはこれで最高かもしれない。
 水面を見上げても、巨大な影が落ちて来なければ……

「ぐぼぉ!」

 身体を岩で包んで無理矢理に動かし、竜人の突進を緊急回避した。
 空中戦と違って、水中戦の経験はほとんどない。槍魚人と数回戦ったぐらいだ。
 こんな小便臭い水の中で死ぬなんて、つまらない人生ではなくて、最悪の人生だ。
 
【名前:ルティヤ 年齢:1歳半 性別:オス 種族:魔人 称号:ダンジョン主、蠱毒の王 身長:310センチ 体重:480キロ】

「何だ、これは……?」

 水中で襲ってくる竜人の攻撃を躱していると、変なものが見えた。
 水を通して調べるでも発動したのか知らないが、今必要なのは情報ではなく、力だ。
 水を切り裂いて飛んでくる三本の氷の刃に、銀剣を力一杯振り下ろした。

「ハァッ‼︎」

 バキィン‼︎ 刀身が激突した瞬間、横向きに縦に並んで飛んできた氷刃が砕け散った。
 避ける程の攻撃じゃなかった。手加減した攻撃で俺を切り刻んで、痛めつけるつもりだろう。

「それが貴様の本当の力か? 我を倒して新しい主になるつもりか知らんが、一年以上も主を続けた我は、Aランクを超えた存在だ。勝てると思わぬ事だ」
「はい?」

 次の攻撃を警戒していると、水中で仁王立ちしている竜人が、また訳の分からない事を言い始めた。
 今度は言い終わるのを待つつもりはないから、俺から攻撃してやる。
 左手を向けると、魔力を圧縮した弾丸を発射した。

 ドン‼︎

「ぐっ!」

 左手から発射された直径40センチ程の弾丸が、予想以上の速度で水を吹き飛ばして飛んでいく。
 いつもと違う強い手応えに驚いたが、竜人には避けられてしまった。
 だけど、避けられた弾丸が70メートル程先の壁まで飛んでいって激突した。

「な、何だ、これ⁉︎」

 思わず震える左手を見て叫んでしまった。
 地上でもこの飛距離と威力は絶対にあり得ない。
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