上 下
124 / 172
第三章:魔人編

第124話 ダンジョン主

しおりを挟む
「んっ? 何で通れないんだ?」

 出発してから約五秒、小船に最初の危機的状況が訪れた。
 49階へ上る階段の中に入れない。小船の船首がゴツゴツと見えない壁に当たっている。

「まったく、どういうつもりだよ。いきなり通行止めか?」

 小船から降りると、階段の結界を調べに向かった。小船が通れない時点で何かおかしい。
 神の結界が通れないのはモンスターだけで、小船だけなら通れるはずだ。

【魔人結界】——地下50階のダンジョン主が作り出した結界。破壊不能、脱出不能。

「はぁ? そんなの知らねえよ!」

 階段を塞ぐ結界から左手を離して剣を抜くと、怒り任せに斬りつけた。
 最近まで自由に出入りさせてたくせに、いきなり脱出できないとか巫山戯るな。

 ギィーン‼︎

「チッ、この辺で許してやる」

 二十回程、結界をデタラメに斬りつけたが、破壊できない事が分かっただけだった。
 ここから出るには、この結界を作った本人を壊さないと駄目らしい。
 でも、魔人結界と言われても、俺には全然心当たりがない。剣を鞘に戻して考え始めた。

 多分、ダンジョン主は開かずの扉の中にいると思う。
 このまま待機していれば、ヴァン達が倒せば結界は消える。
 逆にヴァン達が倒されれば、永遠に消えない。

 だったら今すぐに加勢に行った方がいいが、進化には時間がかかる。
 やるとしたら、このままで戦わないといけない。

「仕方ない。見学に行くか」
 
 何時間待つか分からないのに、黙って待っているほど暇じゃない。
 苦戦しているようなら手伝って、楽勝ならトドメを刺して腕輪を回収だ。
 さっき言ったばかりだが、ダンジョンの中を逃げ回る自信はある。

 小船に再び乗り込むと、五階の開かずの扉を目指して進んでいく。
 ロビンに「本体はまだ出ないのか?」と聞きたいが、アイツは適当に予想する。
 また外れだろう。誰もいない、静かな階段を上りきった。

「何だよ、もう終わったのか?」

 開かずの扉の前にオヤジ達がボッーと突っ立っている。
 このまま小船をゆっくり反転させてもいいけど、腕輪を見てからでもいいだろう。

「おっ! 何だよ、心配で見に来たのか?」
「そういうわけじゃない。もうダンジョン主は倒したのか?」

 俺に気づいたオヤジの一人が勘違いして聞いてきたが、結界の事は内緒だ。
 姉貴に全てを聞いているはずの俺が、結界の存在を知らないのはおかしい。

「へぇー、あの竜人はダンジョン主って言うのか。今入ったばかりだから、兄さんも行けよ」
「いや、俺はいいよ。見に来ただけだから……」
「はいはい、分かってるよ。毒持ちみたいだが、兄さんなら無敵だろ。頑張って来いよ!」
「ちょっ、このぉ……!」

 やるとは一言も言ってないのに、小船から無理矢理に降ろされて、扉の中に集団で押し込まれた。
 俺はお前達が心配で見に来たんじゃない。俺が外に出られるか心配で見に来たんだ。

「やらないって言ってるだろう! やって欲しいなら、その赤い剣と青い剣を寄越——」
「ほらよ!」

 カラン、カラン!

「くっー!」

 報酬を要求し終わる前に、オヤジが炎剣と氷剣を躊躇なく投げ込んできた。
 俺は端た金で何でもやる恥知らずな男じゃない。
 だが、そこまで言うなら、一番後ろから援護ぐらいはしてやる。

 ♢

「チッ、腰抜けクソジジイ共め」
「戻ってくるなんて、急に一人で帰るのが怖くなったんですか?」
「違う。報酬分の仕事をしてやろうと思っただけだ」
「だったら前に行けよ。こっちは人数足りてるんだから」
「お前が行けよ! お前、遠距離できないだろ!」

 炎剣と氷剣を左右の手に持って、後方で弓矢を構えているロビンの横に加わった。
 アレンが前に行けと文句を言っているが、どう考えても、前衛が前衛に行くべきだ。

 前衛はヴァン、ガイ、クォーク、金髪の雷鞭使い。
 後衛はロビン、アレン、坊主頭の回復棍棒使い、赤髪の風ブーメラン使い。
 前衛四、後衛四のバランスの良い隊列だが、扉の所にさらにオヤジ十二人がいる。
 不測の事態が起きたとしても、戦力的には何とかなる人数だ。

「攻撃しないのか?」
「相手が動かないのに、迂闊に攻め込むつもりはないですよ。様子見です」
「ふーん。慎重だな」

 距離は残り100メートルを切っているのに、誰も攻撃しない。
 椅子に座っている紫色の竜人もピクリとも動かない。
 俺をゾンビにした罠を思い出すが、部屋に中にはゾンビが落ちてくる穴は見えない。

「来ますよ」
「ああ」

 距離50メートル。
 武器を構えて近づく俺達に対して、竜人がゆっくり椅子から立ち上がった。
 そして、最大級の警戒をする中で予想外の事が起きた。

「よくぞここまで辿り着いた。人間共よ。我が名はルティヤ。このダンジョンの支配者だ」
「なっ⁉︎ 嘘だろ、モンスターが喋りやがった!」

 竜人の口からしゃがれた男の声が聞こえてきた。
 戦闘中に動揺するべきではないが、喋れるモンスターは見た事がない。
 もしかすると、あっちは竜に噛まれた男かもしれない。

「お前達如きが喋れるのだ。驚くほどの事ではあるまい」
「如きかよ。随分と下に見られたもんだな。お前を倒せば腕輪を貰えるのか?」

 尊大な竜人に臆する事なく、ガイは矛先を向けて問いかけた。
 この人間を下に見た話し方は、多分元人間という線はハズレだ。
 モンスターならば、喋れたとしても殺人罪には問われない。

「慌てるな人間、もう少し会話を楽しめ。そこの腐った奴、お前はこちら側の人間だな。何故、我に刃を向けている?」
「えっ、俺?」
「そうだ、お前だ。我に逆らうのならば、容赦なく捻り潰す。命が惜しくはないのか?」
「あぁー……」

 会話の途中だったが、竜人が突然右腕を俺に向けて、仲間だろうと言ってきた。
 仲間になった覚えはないが、これはチャンスかもしれない。話を合わせて交渉するか。

「分かった、仲間になる。仲間になれば、俺は何を貰えるんだ?」
「そんなものは決まっている。我に仕える栄誉だ。お前はこの城で永遠に我の僕として暮らせる。これ以上の褒美はこの世に存在せぬ」
「……」

 はい、さっさとブッ殺します。
 何も貰えないのに永遠にタダ働きしたいヤツはいません。
 
「悪いな、そんな褒美なら仲間になれない。褒美はお前の命に変えさせてもらう」

 右手に持っている氷剣の切っ先を向けて、交渉決裂を教えてやった。
 俺に仲間になって欲しいなら、月に28個の殺生白珠を納めて、邪魔な結界を解け。

「愚かな。同族のよしみで慈悲をくれてやったのに断るとはな。では、問おう。炎と氷、どちらが好きだ?」
「何だ、それ? 炎と氷なら、炎だな。もう殺していいか?」
「構わぬ。出来るものならやってみろ。お前が消し炭になる前にな」

 命乞いでもするかと思ったのに、右手に炎、左手に氷の塊を作って聞いてきた。
 火竜と氷竜の能力を持っているようだが、その程度なら逆に安心だ。
 くだらない人生最後の質問に答えてやると、氷剣の切っ先に鋭い氷柱を作って発射した。

 ドガッ!

「……」

 悪いな。今の俺も両方使える。
 発射された氷柱は竜人の左胸に直撃して砕け散った。
 やはりこの程度では死なないが、戦闘開始の合図にはちょうどいい。

「おおー!」

 合図と同時に八人の冒険者が動き出した。
 俺は予定通りに最後方から援護するから頑張って……とは行かないようだ。

 ガシャン‼︎

「なっ⁉︎」

 天井と壁のステンドグラスが砕け散ると、大量の水が流れ落ちてきた。

「気をつけろ! ガラスが落ちてくるぞ!」
「その前にブッ殺す!」

 ガラスへの注意が飛び交う中、ガイの槍が竜人に向かって飛んでいった。
 でも、その槍を軽々と竜人は左手で掴んで受け止めた。

「そうだ、急いだ方が良い。我が倒されるのが先か、お前達が溺れ死ぬのが先か、さて、どちらだろうな?」
「くだらない手を使う。水上を歩けないとでも思ったのか? 行くぞ!」
「おおー!」

 竜人が愉快そうに口角を上げて話していたが、まったく効果はなかった。
 ヴァンの掛け声で恐怖する事なく、前衛達は水浸しの床を蹴って突撃した。

「まさか、これを使うとはな……」

 後ろを振り返ると、開かずの扉がまた閉まっていた。これは長期戦になりそうだ。
 背中の鞄を開けて、水上歩行の靴を取り出して履き替えた。
 ゾンビなら溺れ死ぬ事はないが、水の上は歩けない。
 ついでに殺生白珠も使っておこう。ここで死んだら永遠に使えない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔銃士(ガンナー)とフェンリル ~最強殺し屋が異世界転移して冒険者ライフを満喫します~

三田村優希(または南雲天音)
ファンタジー
依頼完遂率100%の牧野颯太は凄腕の暗殺者。世界を股にかけて依頼をこなしていたがある日、暗殺しようとした瞬間に落雷に見舞われた。意識を手放す颯太。しかし次に目覚めたとき、彼は異様な光景を目にする。 眼前には巨大な狼と蛇が戦っており、子狼が悲痛な遠吠えをあげている。 暗殺者だが犬好きな颯太は、コルト・ガバメントを引き抜き蛇の眉間に向けて撃つ。しかし蛇は弾丸などかすり傷にもならない。 吹き飛ばされた颯太が宝箱を目にし、武器はないかと開ける。そこには大ぶりな回転式拳銃(リボルバー)があるが弾がない。 「氷魔法を撃って! 水色に合わせて、早く!」 巨大な狼の思念が頭に流れ、颯太は色づけされたチャンバーを合わせ撃つ。蛇を一撃で倒したが巨大な狼はそのまま絶命し、子狼となりゆきで主従契約してしまった。 異世界転移した暗殺者は魔銃士(ガンナー)として冒険者ギルドに登録し、相棒の子フェンリルと共に様々なダンジョン踏破を目指す。 【他サイト掲載】カクヨム・エブリスタ

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

2回目チート人生、まじですか

ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆ ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで! わっは!!!テンプレ!!!! じゃない!!!!なんで〝また!?〟 実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。 その時はしっかり魔王退治? しましたよ!! でもね 辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!! ということで2回目のチート人生。 勇者じゃなく自由に生きます?

異世界隠密冒険記

リュース
ファンタジー
ごく普通の人間だと自認している高校生の少年、御影黒斗。 人と違うところといえばほんの少し影が薄いことと、頭の回転が少し速いことくらい。 ある日、唐突に真っ白な空間に飛ばされる。そこにいた老人の管理者が言うには、この空間は世界の狭間であり、元の世界に戻るための路は、すでに閉じているとのこと。 黒斗は老人から色々説明を受けた後、現在開いている路から続いている世界へ旅立つことを決める。 その世界はステータスというものが存在しており、黒斗は自らのステータスを確認するのだが、そこには、とんでもない隠密系の才能が表示されており・・・。 冷静沈着で中性的な容姿を持つ主人公の、バトルあり、恋愛ありの、気ままな異世界隠密生活が、今、始まる。 現在、1日に2回は投稿します。それ以外の投稿は適当に。 改稿を始めました。 以前より読みやすくなっているはずです。 第一部完結しました。第二部完結しました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~

有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。 主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...