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第三章:魔人編

第114話 地魔法使い

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「ここまで来るとは思ってなかった。一人で来たのか? 女はどうした?」
「女?」

 五メートル程の距離で立ち止まると、エストが周囲を警戒しつつ聞いてきた。
 内緒話でもしたいのだろうか。女とはおそらくメルの事だ。
 コイツがメルを気にする理由は分からないが、親切に教える義務はない。
 怒った口調で嘘を教えてやった。

「死んだよ。あれで死なないと思ったのか?」
「そうか、呆気ないものだ。確かに全身穴だらけにされたら、そうなるかもしれないな」

 全身穴だらけは流石に言い過ぎだが、その穴は進化で綺麗に塞がっている。
 心配する必要はない。あとは言葉を話せれば人間だと言える。
 まさか、こんな事を聞きたいわけじゃないだろう。
 
「心配してくれているとは思ってなかった。本当は何が聞きたいんだ?」
「死体はどこにある? 本当に死んでいるのか確認したい。素直に教えれば楽に殺してやる」
「殺す? 何を言っているんだ?」

 どうも話が噛み合わないが、俺の会話を無視すれば分かりそうだ。
 つまりエストはメルが本当に死んだのか、死体を見て確かめたいと言っている。
 当然、見せられないし、殺されるつもりもない。交渉決裂だな。

「悪いな。海の底に沈めてしまった。43階に行って探すんだな。運が良ければ浮いているかもしれない」
「はぁ……嘘が下手過ぎる。40階から死体を担いで、わざわざ43階に捨てる意味が分からない」
「遺言なんだよ。綺麗な海に沈めてほしいって……」

 まあ、この程度の嘘に騙されるヤツはいない。
 それに殺すと言っているから、敵認定してもいいだろう。
 ゾンビにする前に情報を聞き出して、用が済んだら階段に放り込んでやる。
 怪しまれない内部の共犯者ゲットだな。これで楽に盗みが出来る。

「それよりも50階は攻略したのか? まだなら、地魔法使い二位の俺が手伝ってやってもいいぞ」
「面白い冗談だ。二位はディルという名前だった。お前は十七位だったと記憶している」

 十七位だと? 情報を聞き出そうと思ったが、コイツからは正確な情報は聞けそうにない。
 俺は十五位だ。魔力を地面に流して、エストの周囲の地面から黒い弾丸を一斉に発射する。
 地面から空に落ちる弾丸の雨に撃たれて、俺の前に跪け。

「残念、その情報は古過ぎだ。それにすぐに一位は変わる!」

 パァン‼︎

「なっ⁉︎」

 だが、弾丸の雨を発射しようとした瞬間、地面の魔力が弾かれ消失した。
『魔法破棄』——同系統の魔法なら、強い方が弱い方の魔法を打ち消す事が出来る技か。
 どうやら、瞬間的な魔力放出量はアイツの方がかなり上らしい。

「お前の魔力の流れは『魔眼』で見えている。今度は逃すつもりはない。無駄な抵抗はやめろ」
「そのつもりはない!」

 地面の弾丸を防いだ程度で調子に乗ったようだ。突っ込んできた。
 地面が無理なら、手から発射すればいいだけだ。両手を向けると弾丸を発射した。
 安心しろ。お前が魔力を使い切る前に倒してやる。

「腕から切るか」

 弾丸の雨を走りながら回避して、エストが右手を一回振り上げた。
 その直後に地面から、紙のように薄い2メートル程の黒い刃が突き出した。

「何だ、あれは?」

 砂ザメの背ビレのように、黒い刃が地面を滑るように俺に向かってきた。
 刃に触れた草原の草が切断されている。圧縮された地魔法の刃のようだ。
 だったら、同じ弾丸で破壊可能だ。

 でも、それは無理なようだ。
 弾丸が切られているのか、弾丸をすり抜けて黒い刃が向かってくる。
 だったら、避けるしかない。右に飛んで回避した。

「くっ!」

 だけど、地を這う刃が方向を変えて付いて来た。
 そういえば、同じような現象を弓矢で見た事がある。きっと空に飛んでも付いて来る。
 急いで鞘から剣を引き抜き、全力で黒い刃に叩きつけた。

 ガン‼︎

「ぐくっ、硬ッ……!」

 薄い刃なのに予想よりも硬くて力がある。
 目の前に人がいるようにグイグイ押し返してくる。

「このぉー! 消えろ‼︎」

 だけど、アイツに出来る事が、俺に出来ないわけがない。
 剣から黒い刃に向かって、魔力を全力で流して破壊した。

「壊せるとは思わなかった」
「余裕だよ!」

 目の前まで迫ってきたエストに対して、力強く剣を構えた。
 面倒な相手だが、コイツを倒せば、俺が地魔法使い一位だ。
 素手の相手だろうと容赦なく切り倒してやる。

「ハァッ、ウラァッ!」

 左肩を狙って剣を振り下ろし、右胸を狙って突き出す。
 上手く躱しているつもりかもしれないが、お前の動きは速くない。
 胴体を半分に切り終わったら、たっぷりと輸血してやるから感謝しろ。

 乱撃で隙を作ると素早く間合いを詰めた。終わりだ。
 浮いている左腕の肘下を通るように、左胸を狙って鋭い斬撃を振り払った。

「ハァッ!」

 ガン!

「軽いな」
「ぐぐっ!」

 だけど、その鋭い斬撃をエストが左腕を下げて、左腕の前腕で受け止めた。
 剣から硬い衝撃が伝わってくる。絶対に腕に何か隠している。
 素手のフリをして油断させるとは、卑怯な奴だ。
 左腕で剣を受け止めたまま、右拳で俺の顔面を殴り飛ばした。

 ドゴォン!
 
「ぐがぁ!」

 痛覚耐性で強烈な痛みは感じないが、思いっきり殴られれば痛いに決まっている。
 それなのに、フラついた俺に拳と蹴りを容赦なく叩き込んでくる。
 剣を振り回して反撃するが、両腕の硬い何かに受け止められてしまう。

「本気を出せ。それともこの程度か?」
「ぐっ、ぐふっ、ぐごぉ……」

 身体を守る岩鎧が壊されていく。
 俺が動けなくなるまで、痛ぶるつもりなら無駄だ。
 強引に後ろに飛んで、身体を空に撃ち上げた。

「ペェッ……骨が折れたらどうする!」

 上空に逃げると、口に溜まった血を地上に吐き捨てた。
 少し油断して、ボコボコに暴行されそうになったが、今度は俺の番だ。
 ブラックゴーレムLV6に乗れば、お前の拳はもう効かない。

「何だと……?」

 だけど、地上から猛スピードで飛んでくる人間が現れた。
 明らかに俺に向かって飛んでくる。

「逃さないと言ったはずだ」
「しつこい男は嫌われるぞ!」

 まさか空まで追いかけてくるとは思わなかった。
 ゴーレムになりかけの左手で弾丸を飛ばして、しつこい男を地上に落とそうとする。

 けれども、エストが空中に、複数の四角い岩板をバラバラに出現させた。
 それを足場に飛ぶ方向を器用に変えて、弾丸を避けながら接近してくる。

「悪いな、遊びは終わりだ」

 だが、俺の勝ちだ。三メートルと小さいがブラックゴーレムは完成した。
 付け焼き刃の空中戦で俺に挑むとは、一位様はやはり調子に乗っているようだ。
 右手の大剣で相応しい順位に叩き落としてやろう。

「それはもういい」
「んっ?」

 投げナイフなのか知らないが、エストが手の平を合わせて黒い針を作って撃ってきた。
 ゴーレムの胸の真ん中に真っ直ぐに、黒い針がたった一本だけ飛んでくる。
 当然、大剣で受け止めるに決まっている。大剣の腹を胸の真ん中に構えた。

「えっ……?」

 でも、黒い針が大剣を避けるようにストンと下に落ちた。
 そして、今度は急上昇して胸の中心に突き刺さった。
 黒い針がゴーレムを突き破って、俺の身体を——

「舐めるな!」

 突き破るのを待つつもりはない。
 俺の身体を出来るだけ岩で厚く覆って、ゴーレムの体内を右に移動した。
 だけど、間に合わなかった。目の前で爆発が起こった。

 ドガァン‼︎

「ぐがぁぁ‼︎」

 衝撃が身体を襲い、僅かに意識を奪われた。それでも、回復した頭で状況を確認した。
 ゴーレムの左半身が吹き飛んでいる。地魔法で爆発を起こせるなんて、聞いた事がない。

「首……残っていたか。加減……ぎたか」
「はい?」

 ちょっと何言っているのか分からない。
 空中に浮いた岩の板に、エストが黒い針を構えて立っている。
 今は耳がキーンとなっているから待ってほしい。
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