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第一章:人間編

第44話 精神崩壊

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 一時間後……

「あぐっ……ぐわぁっ……があああッ!」

 身体を拘束する巨大な岩レンガから、頭だけを出した状態で待機していると、予想通りに高熱が襲ってきた。
 聖水が無いから、頭から汗を流して、苦しみもがくしかやる事がない。
 ジェイに噛まれる前に飲んだ聖水の効果は無かったようだ。

「ぐがぁ……ああああッ……ちくしょう!」

 こんな事になると知っていたら、自分の直感を信じて逃げるべきだった。
 凡人如きが俺に指示して、間違った行動を取らせるからこうなった。
 余計な事をせずに五人で調べるべきだった。

「……ふぅー、楽になってきた。一回目の波が終わったようだ」
 
 十五分ぐらい耐えていると、身体の熱と痛みが急に落ち着いてきた。
 ゾンビになる経過は分からないが、すぐには変化しないだろう。
 数回の波を繰り返して、ゾンビになると思う。
 ジェイと同じなら、三時間の我慢でゾンビになって楽になれる。

 一時間後……

「チッ、遅いな。俺は待つのが嫌いなんだ。食堂ならとっくに帰っているぞ」

 さらに一時間後……

「何も起こらないな。まさか、聖水の副作用でちょっと熱が出ただけなのか?」

 さらにさらに一時間後……

「やっぱり、あれで終わりか? 何だよ、ゾンビにならないのかよ」

 見えるところに懐中時計を置いて三時間待っても、一回目の痛み以外は何も起こらなかった。
 ゾンビにならないなら、これから最短五日、最長一ヶ月の救出我慢大会に参加しないといけない。
 余計な体力を使ってしまった。

「さっさと出るか」

 胸の前で祈るようにクロスさせていた両手から魔力を流していく。
 身体を包み込んでいた岩レンガがヒビ割れて、身体から剥がれ落ちていく。
 上半身が自由になると身体を起き上がらせて、下半身の岩レンガを壊していく。
 これで自由に動けるようになった。
 だが、巨大な岩の牢獄に閉じ込められたままなのは変わらない。

「あぁー、くそ! あのババアは予言者かよ。本当に閉じ込めやがって!」

 今の状況を見て、ババアが言っていた言葉を思い出してしまった。
 メルに変な事をしたら、変態に相応しい場所に一生引きこもってもらうらしい。
 そう考えると、俺とメルが家から出た日から、ババアが俺に呪いを送り続けた可能性がある。
 そうなると、予言者というよりも邪術師だ。

「あのババアが。今度は俺がここからお前達に呪いを送り続けてやる」

 やる事がないので、毎日、ババアとジジイに呪いを送る事に決めた。ついでにダリル達にも送るとしよう。
 あとは換金所のオヤジにも送る。使えないパーティを紹介した責任は万死に値する。

「さて、本当にやる事がないな」

 一回目のお祈りが終わったので、床に寝転んだ。
 腹は空かないし、足の痛みもいつの間にか感じなくなっている。

「やべぇな。手が青白くなっている。ゾンビに噛まれたら肌が変色するのかよ」

 何気なく見た右手が青白い肌になっていた。
 ゾンビに噛まれた副作用なんて聞いた事がないし、青白い肌の冒険者も見た事がない。
 そのうちに薄い黄色に戻るとは思うが、一生気味の悪い青白い肌になるのはゴメンだ。

「あぁー、暇だな。筋トレしたいなぁー」

 体力は使えないから、床に寝転ぶしかやる事がない。
 でも、全然眠くもならないし、お腹も空かない。
 姉貴の手帳はあるけど、読書向きじゃないし、何度も読んでいるから内容は分かっている。
 仕方ないので、ジェイの荷物を漁る事にした。

 ガサゴソ、ガサゴソ……

「金は入ってないのかよ」

 重要な食糧と水を先に取り出して、次に魔石や素材を取り出していく。
 そう言えば、ジェイがアビリティ防具を持っていないか調べてなかった。
 身体を調べれば、指輪の一つぐらいは填めているだろう。

 まあ、一時的に使えそうなアビリティがあったら借りるだけだ。
 あとでキチンと返すから、泥棒じゃない。

「グガァ、グガァ!」
「おい、本当にDランク冒険者かよ。俺の足を引っ張るし、ゾンビになるし、本当に使えない奴だな」

 岩レンガに閉じ込められているジェイを調べたが、手足に指輪一本も無かった。
 使えない奴の後頭部をペチペチ叩いてお仕置きする。
 暇で暇でゾンビをイジメる以外にやる事がない。

「はぁ……駄目だ。俺の強靭な精神力でも、暇過ぎて長くは持たないな。よし、何か作るか」

 ゾンビをイジメるのに飽きてきたので、別の遊びを考えた。
 人形をイメージして、魔力を放出して、片手で持てる目も鼻も無い不細工な岩人形を作った。

「隊長ぉー! 隊長ぉー!」
「どうした、メル?」
「あそこに宝箱があります」
「何だって! どこだ? どこにある?」
「こっちです! 付いて来てください!」
「よし、さっさと案内しろ」

 うつ伏せに寝転ぶと裏声を巧みに使って、一人二役に挑戦してみた。
 右手に持ったメル岩人形を青い宝箱があった祭壇に歩かせる。
 俺はそれを地面を這って追いかける。
 やがって、何もない祭壇に到着した。開けた宝箱はとっくに消えている。

「テメェー、何もないじゃねぇか!」

 ガン、ガン——

「きゃあぁー! やめて、隊長! 痛い痛い!」

 俺に嘘を吐いたので、メル人形を逆さ吊りにして、床に頭から何度も叩きつける。
 メル人形はやめてと叫ぶが、やめるつもりはない。

 バキィ——

「ぎゃああああ! 頭が取れちゃったよぉー!」
「……俺の頭もイカれそうになるわ!」

 ドガァ! 床から立ち上がると、頭が壊れたメル人形を壁にぶん投げて破壊した。
 もう我慢できない。こんなおかしな事を続けていると、救出が来る前に頭がイカれてしまう。

「よし、こっちからもトンネルを掘るぞ!」

 食糧は十六食、水は三日分もある。
 最低五日で救出が来るのなら、こっちからも壁を掘れば、二日半でトンネルが繋がる。
 ピンチこそ、最大のチャンスだ。
 目の前に立ち塞がるどんなに分厚い壁も、俺の前では紙切れ同然だと教えてやる。
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