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第一章:人間編

第40話 宝箱の罠

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「隊長、開けますよ?」

 両側の壁に人が入れそうな穴が横に並んで空いている。
 少し気になって見ていると、青い宝箱の前のメルが聞いてきた。

「あぁ、開けていいぞ」
「では、開けますね……やりました! 指輪ですよ!」
「良くやった。当たりだな」

 宝箱を開けると銀色の指輪が入っていた。
 銅色じゃないから、今まで入手した指輪とは違うアビリティの可能性大だ。
 メルから指輪を受け取って、『調べる』を使ってみた。

 ドサッ、ドサッ——

「何だ?」

 でも、壁の方から何かが落ちる音が複数聞こえたので振り向いた。

「「「ギャアア‼︎」」」
「……ゾンビッ⁉︎」

 左右合わせて十四個もある壁の穴から、ゾンビが次々と滑り落ちてきている。
 地面に倒れたゾンビが立ち上がると、悲鳴のような叫び声を上げた後に俺達を見た。

「チッ……罠かよ。援護するから、お前達はさっさと逃げろ!」
「メル、全力で走れ!」
「は、はい!」

 罠や嫌がらせだとしても、これはやり過ぎだ。素早くメルの手を掴んで、階段に向かって走っていく。
 ジェイが後ろを走りながら、ゾンビ達の頭に木の矢を連射しているが、倒すよりも落ちてくる数の方が早い。

「お前は真っ直ぐ走れ!」
「はい!」
「クソが! 甘噛みぐらいはさせてやるよ!」

 メルから手を離して剣を抜くと、両手の肘まで岩の小手でしっかりと防御した。
 ゾンビ達が俺達に向かってくるが、倒すよりも、噛まれる覚悟で強行突破するしかない。
 身体を掴まれたら、手足をバラバラに引き千切られるだけだ。

 バキィ、ザシュ——

「ハッ! ラァッ!」
「グギャア‼︎」
「グガァー‼︎」

 剣を力一杯振り回して、メルに襲い掛かろうとするゾンビの頭を斬りつける。
 剣なのに鈍器のように全然切れないが、床に殴り倒すぐらいは出来る。
 メルが階段の中に入ったので、あとはゾンビが入れないように岩壁で塞ぐだけだ。

「ガグゥ、ガグゥ!」
「ぐぅぅぅ!」

 階段の出入り口に剣を水平に構えて、雪崩れ込んで来ようとするゾンビ達を押し止める。
 ガブッと足に噛み付いてきたゾンビがいるが、我慢して足元に魔力を集めていく。
 お前は岩壁で押し潰して、ついでに狩人には名誉の戦死をくれてやる。
 ダリル達には俺が上手い事言っておくから心配するな。

 ドガッ——

「グギャア‼︎」

 足に噛み付いていたゾンビが岩壁に押し上げられて、頭から天井に激突した。
 岩壁と天井に首が挟まった状態で暴れている。
 口に勢いよく剣を突き刺して、大人しくさせてやった。
 
「ハァ、ハァ……メル、聖水だ!」
「は、はい! すぐに出します!」

 すぐに岩壁を何枚も作らないといけないから、鞄から取り出している余裕はない。
 メルを呼んで、聖水を渡してもらう。これでゾンビにならずに済みそうだ。

 ゴクゴクゴク……

「ふぅー、危なかった」
「あの、隊長? ジェイさんは助けなくていいんですか?」
「無理だな。あのゾンビの数だと矢が足りない。助けたいなら、近くの冒険者を呼んでくるしかない。実に惜しい若者を失ってしまった。俺もショックだよ」

 聖水を飲み干すと、メルが馬鹿な事を言ってきた。
 岩壁の隙間からゾンビの叫び声が、虫のようにウジャウジャ聞こえてくる。
 ざっと四十体以上はいると思っていい。
 そこら辺の冒険者を三人呼んできた程度じゃ倒せない。

 今考えられる最善の手は、岩壁で通路を何重にも塞いで、ゾンビに壊されないようにするだけだ。
 残酷だが、助けられない時は助けられないから諦めるしかない。
 それが冒険者という仕事だ。

「分かりました。すぐに呼んできます! 隊長は時間稼ぎをしてください!」
「はぁ? おい、待て! あぁー、あの馬鹿が!」

 全然何も分かってないのに、メルが階段を駆け上がっていった。
 助けを呼びに行くつもりか知らないが、冒険者の前にゾンビと遭遇する事を考えてない。
 
「もう腕の一本ぐらい食われた後かもな」

 それでもかなりイラつきながら、時間稼ぎをする事に決めた。
 重なった岩壁三枚に魔力を流して、俺の頭の高さに丸い空洞を開けていく。
 この空洞からゾンビに向かって鋭い岩塊を発射して、注意を引き付ける。

「グギャア‼︎」
「あぁ、疲れてきた……」

 ドガァ! もう四十発以上は撃った。岩壁も岩塊も無限に作れない。
 メルも冒険者を連れてくるなら早くして欲しいものだ。
 俺の岩塊程度じゃ、五発で一体倒せるかどうかだ。

「おい、おっさん! その壁、邪魔だ! さっさと消せ!」
「何だ、まだ生きていたのか……仕方ないな」

 壁の空洞からチラッと剣を振り回しているジェイが見えた。
 本当は消したくないが、ジェイがゾンビを全滅させて、ついでにメルが冒険者を連れて来たらマズイ。
 自分が助かる為に見殺しにしたと思われてしまう。いや、絶対に思われる。

 だから、仕方ないので岩壁の上半分だけを消して、人が通れる道を作った。
 あとは自力でこの道を通って、こっち側に逃げてもらうしかない。
 俺は助けたくても、左足をゾンビに噛まれているから、まともに走る事が出来ない。

「ちくしょう! この腐れゾンビが!」
「……全然駄目だな」

 だが、自力で逃げられる力は残ってないようだ。
 ジェイは部屋の奥の方に逃げて、ゾンビ二十匹以上に囲まれている。
 どう見ても襲ってくるゾンビの攻撃を避けるだけで精一杯だ。
 俺が助けに行かないと絶対に死ぬ。

 まずは目の前にいる六体のゾンビの壁を突破して、ジェイを取り囲むゾンビ達から救出する。
 あとは部屋の角に逃げて、岩壁を作って、助けが来るまで篭城する。
 助かる可能性があるとしたら、これしかない。

「これだから雑魚は困るんだよな!」
「グギャア‼︎」

 岩壁の上に飛び乗り、ゾンビの頭を踏み台にして部屋の中に着地した。
 恐怖と痛みを我慢すれば何とか走れそうだ。噛まれた足の怪我が想像以上に軽い。

「よし!」と軽く気合いを入れて走り出した。
 ジェイを囲んでいるゾンビに向かって、岩塊を発射して、ゾンビの注意を俺にも向ける。
 襲い掛かってきたゾンビを避けつつ、剣で斬りつけつつ、前に進んでいく。

「ジェイ! 右角に逃げるぞ!」
「遅せよ!」
 
 ジェイの近くまで辿り着くと、部屋の右奥に逃げると剣で指し示した。
 すると、すぐに暴言が返ってきた。腕や肩を何ヶ所も噛まれているようだが、元気はあるようだ。
 これなら手を引っ張って、エスコートする必要はない。

「「「ギャアア‼︎」」」
「邪魔なんだよ!」

 襲い掛かってくるゾンビの攻撃を避けて、ゾンビ達の隙間を走り抜けていく。
 ジェイの方は右足を負傷しているのか、片足スキップで逃げ回っている。
 足がつったら終わりなので、ゾンビを体当たりで退かして、肩を貸してやった。

「さっさと行くぞ!」
「ぐっ……ああ、頼む」

 顔色が悪いから一瞬ゾンビかと思ったが、喋れるなら人間だろう。
 力尽くで部屋の角まで引き摺っていくと、床に落とした。
 あとは頑丈な岩壁を作るだけだ。

「お前の命の恩人なんだから、魔石の半分は貰うからな」
「ッ……巫山戯んな、誰がやるかよ」

 ゾンビ達が向かってくるが、冷静に足元に魔力を集めていく。
 もうお前達は間に合わない。俺が岩壁を作る方が早いからだ。
 頑丈な壁と天井を作って、お前達が倒されるまで篭城させてもらう。

「「「ギャアア‼︎」」」

 ドガッ——

「残念。遅過ぎだ」

 床から迫り上がった岩壁で、青白いゾンビの顔が見えなくなった。
 あとは壁と天井に岩壁を追加して補強すれば問題ない。十五分もあれば助けが来る。
 ゾンビと篭城するつもりはないから、さっさとジェイに聖水を飲ませるとしよう。
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