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第一章:人間編

第24話 宿屋暮らし

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 ダンジョン近くにある宿屋を目指して、人通りの少なくなった暗い道を歩いていく。
 鞄に必要最低限の物を急いで詰め込んで、夜逃げしている気分だ。

「あのぉ……喧嘩でもしたんですか?」

 聞きにくそうにメルが聞いてきた。
 喧嘩というよりも、立ち退き要求のない強制退去だ。

「家から出て行けと言われて、お前にも二度と会うなと言われた」
「何ですか、それ?」
「俺が知るか。俺が病気らしいから、その病気がお前に感染るんじゃないのか?」
「えっ? 隊長、病気なんですか……」

 俺が病気だと教えると、メルが急に立ち止まって、二歩だけ右に離れた。
 明らかに失礼な態度だ。それに病気だと言っているのは俺じゃない。
 キチンと注意した。

「おい、離れようとするな。感染るなら、もう感染っている」
「えっ? もう感染っているんですか⁉︎ どんな病気なんですか⁉︎ 私、死ぬんですか⁉︎」

 注意したら、混乱状態になってしまった。
 頭を両手で抱えて右往左往している。
 面白い反応だから、もう少し見ていたいが、やめておこう。

「少し落ち着け。お前に感染る前に、ババア達に感染る。二人ともピンピンしているから嘘だ」
「ホッ。嘘なら安心ですね。でも、おば様とおじ様は何で嘘を吐いたんですか?」

 嘘だと教えてあげると、少し落ち着いたようだ。
 今言った事は嘘だと言ったら、今度はどうなるのか見てみたい。
 でも、そんな冗談を言っている暇はない。

 普通に考えて、致死率の高い伝染病にかかっているなら、俺は隔離されている。
 俺とメルを引き離す為の嘘なのは明白だ。

 問題はメルの言う通り嘘を吐く理由だ。
 冒険者をやらせているのは知っているし、まだ一度も大怪我させていない。
 安全対策はバッチリだ。文句を言われるような事はしていない。

「さあな。とりあえず、しばらくは宿屋に泊まる。金が貯まったら家を借りるぞ」
「隊長はもう家に帰らないんですか?」
「ああ、帰らない。悪いがお前にも付き合ってもらう。用が済んだら帰してやる」
「がぁーん! 私、誘拐されたんですか!」
「その通りだ。逃げようとしたら、痛い目に遭ってもらうからな」
「ひゃぁ‼︎」
 
 メルが逃げないように、拳をボキボキ鳴らして脅しておいた。
 安心しろ。洗濯に風呂付きの高級宿屋に行けば、ババア以上に面倒見てくれる。
 あのボロ家から解放されたと感謝させてやる。

 ♢

「この宿屋が良いから、ここに泊まるぞ」
「わぁー! 高そうな大きな宿屋です」

 子供の立ち直りは早い。
 美味しい料理を食べさせると言えば、大人しく付いてくる。
 五階建ての濃茶色の屋根に薄い黄色い壁……木と石造りの宿屋に到着した。

 一泊二人部屋で二千ギルで、洗濯代と食事代は別料金だ。
 ただし一人分の料金なので、メルの分を合わせると四千ギルになる。
 綺麗な部屋にシャワー付きならば、かなり安い値段設定だ。

「部屋に温水シャワーがあるから、寝る前に身体を綺麗にしろよ。ベッドを汚すと追加料金を取られるからな」
「はぁーい、パパ! こんな感じでいいですか?」
「まあ、そんな感じだな。よし、入るぞ」
「はぁーい」

 宿屋に入る前に親娘という設定に決めた。
 小さな女の子を夜中に連れ回すのは、誘拐犯ぐらいしかいない。
 メルの娘演技をチェックしたが、髪の色が同じなら通用するだろう。

「パパ? 今日はこの綺麗な宿屋に泊まるの?」
「シィー……ああ、そうだよ。他のお客さんに迷惑だから静かにするんだよ」
「うん、分かった」

 手を繋いで、楽しそうに宿屋に入った。
 どう見ても可愛い娘と、その優しい父親にしか見えない。
 もしくは、普段は娘を汚い宿屋に寝かせている酷い父親だ。
 娘の演技が下手過ぎる。

「いらっしゃいませ。お二人ですか?」
「親娘で一部屋頼む。食事と洗濯は抜きでいい」
「かしこまりました、四千ギルになります。前払いですが構いませんか?」
「ああ、もちろん」

 木製の受付カウンターに二人の男が立っていた。そのうちの若い方の前に立った。
 久し振りの宿屋の手続きを手早く済ませると、料金を支払って鍵を受け取った。

 新人冒険者を部屋に押し込めて、宿屋代を稼がせていたのが、ずっと昔のようだ。
 宿屋代の二千ギルも稼げない役立たずは、俺のパーティからも宿屋からも追い出された。

 階段で三階まで上がると、鍵で部屋の扉を開けて中に入った。
 大きなベッドが二つ、壁にくっ付いた細長い机と椅子が一つある。
 清潔な匂いが漂い、トイレと風呂は各部屋に付いてある。

「わぁー! ベッドが二つあります。私も使っていいんですか?」
「二つあるなら片方使えばいい。さっさとシャワーを浴びて寝ろ」
「お風呂に入ってないから助かります」

 とりあえず、メルを先に風呂に入れさせた。
 収納鞄から着替えを取り出させて、シャワーの使い方を教えた。
 赤い方の蛇口を捻れば、お湯が出てきて、青い方を捻れば、水が出てくる。
 これでゆっくり考えられる。収納鞄と剣を床に置いて、椅子に座った。
 
「あぁー、眠い」

 目頭を押さえて、何とか眠気を追い払う。
 イカれたババア達の所為で、完全に予定が狂ってしまった。
 青い宝箱を見つけるだけで良かったのに、宿屋代まで稼がないといけなくなった。

「スライムだけだと生活は無理だな。最低でも五階で稼がないとマズイ」

 疲れた頭で新しい予定を考えていく。
 この町の貸家の相場は安い方で、月五万ギルぐらいだ。
 貸家を借りて、家具や日用品を購入するよりは、一泊二千ギルで泊まり続けた方がいい。
 とりあえず休んでいる暇はない。明日からはより稼ぎまくる必要がある。

「んっ? 終わったみたいだな。さっさと入って寝るか」

 シャワーの音が聞こえなくなった。やっと終わったみたいだ。
 メルには明日は休みだと言ったが、その余裕はなくなった。
 恨むなら、ババア達を恨むんだな。俺はまったく悪くない。

「ふわぁー、ここの石鹸凄く良い匂いがします」
「そうか、それは良かったな。明日の休みは無しになったから、さっさと寝るんだぞ」
「えっ?」

 シャワー室の扉が開くと、半袖白シャツを着たメルが出てきた。
 身体から湯気が出ているから、お湯は少し熱いようだ。
 明日の予定変更を教えると、着替えを持ってシャワー室に入った。
 さっさと風呂に入って寝るとしよう。
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