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第一章:人間編

第3話 イジメ開始

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「あれか……?」

 家の前で待っていると、馬の蹄と車輪の音が聞こえてきた。
 子供は町までババアが迎えに行った。ジジイは仕事に出掛けているからいない。

「ドーウ、ドーウ! 着いたぞぉー」
「アルムお爺ちゃん、ありがとうございます」
「ああ、お嬢ちゃんも元気でな」

 麦わら帽子を被った御者の爺さんが、家の前で茶毛の馬を止めた。
 一頭立ての二輪馬車は、四角い箱が乗っているだけの安っぽいものだ。
 その箱の中にババアと一緒に、膨らんだ茶髪の七歳ぐらいの少女が座っている。
 俺と同じ髪の色だから親子に間違われそうだが、年齢的には兄妹の方が近いだろう。

「メルちゃん、ここが今日からあなたの家よ。あのおじさんをパパだと思って、何でも好きな物を買ってもらいなさい」
「メルです。よろしくお願いします」

 馬車から降りたババアが少女を連れてやって来た。
 頭を下げて挨拶してきたメルは、半袖半ズボンの白い服を着ている。
 付け焼き刃で多少は身なりを良くしているが、年齢のわりには少し痩せている。
 第一印象は悪くないが、会う前から脅すと決めていました。

「誰がおじさんだ。おい、お前!」
「は、はい!」
「俺の事は隊長と呼べ。分かったな!」
「は、はい、隊長!」

 まずは大声で怒鳴りつけた。俺の好感度は1ミリも上げるつもりはない。
 徹底的に嫌われる態度を取り続ける。予定通りにメルはビビっている。

「よし、この剣を持て。そして、百回振り下ろせ。それが出来たら家の中に入れてやる」
「……」
「さっさとやれぇー‼︎」
「は、はい、隊長!」

 啞然とした表情で俺が差し出した長剣を無視しているので、大声で怒鳴りつけた。
 メルは自分の胸の高さまである剣を慌てて受け取ると、地面に置いて鞘から抜こうとしている。

「随分と変わった抜き方だな? 野良犬にでも習ったのか?」
「す、すみません!」

 モタモタと剣を鞘から引き摺るように抜いているメルに聞いた。
 鉄剣の重さは一キロ前後だ。こんなに非力だと買い物もまともに出来ないな。
 
「うーん、うーん!」
「メルちゃん、この馬鹿の言う事は聞かなくていいんだよ。あんたは一体何考えてんだい! この馬鹿息子が!」

 抜いた剣を持ち上げようと頑張るメルを、ババアが止めると俺を睨みつけた。
 俺はコイツが将来盗みで捕まった時、牢獄で困らないように育てているだけだ。
 俺の育て方に文句があるなら自分で育てればいい。

「だったら、ババアが面倒見ればいいだろう。俺は暇じゃないんだ」
「じゃあ、約束通りに家から出て行きな!」
「やれるもんならやってみろよ!」
「あの……だ、大丈夫です! 隊長の言う通りに頑張ります!」

 ババアに優しく面倒見てもらえばいいのに、思ったよりも根性があるみたいだ。
 俺とババアの喧嘩をぎこちない笑顔で止めると、剣を両手で持ち上げた。

「メルちゃん、無理しなくても——」
「だったら、さっさと一回でも振り下ろせ!」
「は、はい!」
「メルちゃん……」

 だけど、温かい家族と温かい食事を期待しているのなら、世間の厳しさを教えてやる。
 路上でパンでも盗んでいた方が良かったと思えるぐらいに、徹底的にイジメてやるよ。

「何だ、それは? 農家にでもなりたいのか? それとも剣とクワの違いも分からないのか?」
「す、すみません!」

 剣をクワのように持ち上げて、振り下ろすだけのメルに聞いた。
 さっきも謝るだけで質問には答えていない。頭の中も鍛えないと駄目なようだ。

「メルちゃん、無理しなくていいんだよ」
「ハァ、ハァ……大丈夫です。おば様、ありがとうございます」

 76回……両腕を震わせて、剣を持ち上げて、下ろすだけの素振りを続けている。
 そんなメルをババアが心配している。この程度で心配するなんて笑わせてくれる。
 まだまだ修業は始まったばかりだ。

「ババアは邪魔だ。さっさと家の中に入れ」
「うるさいね。メルちゃんに怪我させないように気をつけるんだよ! 監視付きの家に引っ越しさせるよ!」
「はいはい、分かった分かった。さっさと消えろ」
「まったく……」

 ババアが牢屋に入れると脅してくるが、それはもう聞き飽きた。
 右手で邪魔だと追い払うと、ブツブツ文句を言いながら、やっと家の中に入っていった。
 これで本格的な修業を始められる。

「ハァ、ハァ……終わりました」
「次からは八分以内に終わらせろ」
「は、はい……」

 たったの百回で十分以上もかかっている。全身汗だくで体力も低そうだ。
 冒険者になりたいなら、最低でも三分以内に終わらない奴は使いものにならない。
 まあ、コイツには関係ない話だ。徹底的に痛ぶってやるだけだ。

「約束通りに家の中に入れてやる。部屋の掃除はお前の仕事だ。掃除が終わるまでは飯抜きだからな」
「はい、ありがとうございます」

 質屋に売られる前にメルの手から剣を回収すると、次の指示を与えた。
 すると、元気な声が返ってきた。ババアに助けを求めずに、まだ修業したいみたいだ。

「掃除の仕方は知っているな? ゴミと一緒に必要な物を捨てるんじゃないぞ」
「うわぁ……」

 二階の俺の部屋まで連れていくと、バケツ、雑巾、箒、塵取り、ゴミ袋をメルに渡した。
 この日の為に本棚に入っていた本を床にばら撒き、雑草と薬草をばら撒いた。
 窓ガラスも泥で綺麗に汚しておいた。お前の為に用意した特別な汚部屋だ。

「よぉーし!」

 メルは掃除道具一式を廊下に置くと、気合いを入れて掃除を始めた。
 本棚に本を入れて、ゴミ袋に雑草と薬草を入れていく。
 まずは部屋の床から物を退かす作戦のようだ。

 床が終わると、バケツに水を汲んできて、濡らした雑巾で窓ガラスの泥を拭いていく。
 次に床のゴミを箒と塵取りで回収した後に、木床を雑巾で拭いていく。
 ここに来る前にどこかの孤児院で、掃除の仕方でも習ったようだ。
 段取りは一応は出来ている。

 30分後……

「ハァ、ハァ……終わりました。どうでしょうか?」
「ふーん……」

 廊下で監視していた俺に掃除が終わったと、メルが疲れた感じで報告にきた。

 では、チェックしてやろう。
 四段ある本棚には下から重たい本を並べて、上の方は軽い本を置いている。
 多少は頭を使ったようだが、そんな気遣いはどうでもいい。これは一方的な罰ゲームだ。
 褒められて優しくされたいのなら、ババアの部屋に今すぐ行け。

「何だ、これは? 本は種類別に並べるのが基本だ。それに雑草の中に薬草が入っているぞ。必要な物は捨てるなと言ったのに、俺の言う事が聞けないのか?」

 苛立ちを見せる為に、本棚の本やゴミ袋の薬草を手に取って、床に落としていく。
 俺が子供ならば、今すぐに泣いて逃げ出している。

「そんなつもりは——」
「黙れ! 言い訳するな!」
「す、すみません! ごめんなさい!」

 言い訳も反論も一切認めない。怒鳴りつけて、メルに謝らせた。
 白い服が泥とホコリで汚れていても関係ない。遊んで汚しても、仕事で汚しても俺には同じだ。
 俺を満足させられないなら褒めない。そして、俺は絶対に満足しない。これが俺のやり方だ。
 嫌なら、さっさと出て行け!

「もういい。次は買い物だ。二十分以内に二人分のパンを買って来い。出来なければ飯抜きだ。いいな?」
「はい……」

 ポケットから銅色の百ギル硬貨を三枚取り出すと、泣きそうなメルに買い物を頼んだ。
 俺の足で全力で走っても、一番近くのパン屋まで七分かかる。絶対に間に合わない。
 玄関まで付いていくと、「よーい、スタート!」の合図でメルを走らせた。
 頑張るだけ時間の無駄だと、さっさと教えてやろう。
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