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前菜と名探偵

彼と食卓を囲むのは

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 ここは所謂いわゆる天国である。天国と云えども、現世の様に街があり、人が居て、店がある。
 見た目は現世と変わらないのだ。

 しかし、決定的に違うことがある。

 一つは、本国と異国の違いがほぼないと云うこと。
「死んだ人間に何人もないから一緒にしてしまえ」ということらしい。
 多くは生前のままだが「国」がないからか、大々的な「差別」ということは一度もここでは起きていない。
 また、天国では見た目も好きに変えることもできる。
 それもあってか、差別だとか軽蔑というのが大きな問題にはならなかった。

 もう一つは、偉人に会える可能性があるということだ。
 ここは天国なのである。死んだ偉人に会うことだってできるのだ。
 それに、そんな偉人たちは好奇心が旺盛で、天国のメディアにも出れば、本も書く。復興事業なんかも立ち上げたり、パーティを主宰することだって、サークルに参加したりだってする。

 江戸川乱歩。

 彼もその一人だ。



 日本のミステリーの父と言われた彼は自身で立ち上げた「ミステリ作家同窓会」と「美青年研究会」に参加している。
 そして、彼は天国で最も大きいとされる図書館に来ていたのだ。

「ふむ、ここは現世のミステリーも中々に揃っていますね。馴染みの本屋の主人に店に仕入れて頂ける様に頼まなくては」

「あら、乱歩さん。こんなところで。奇遇ですね」

 透き通る優しい男性の声がした。

「おや、夢野さんではありませんか。久方ぶりですね」
「乱歩さん。この前の講演会は楽しかったですよ。研究しているのですよ、今でも。僕はあなたをどの様にしてぎゃふんと言わせるか。講演会はそのヒントがたくさんありましたから。ふふふ」
「おや、まだ諦めて頂けませんでしたか。前回は完膚かんぷなきまでに暴いたと思ったのですが」
 夢野はほっそりとした美しい人差し指を、妖しいほど麗しい唇にやさしく添える。
 そうかと思うと、乱歩の耳元で囁く。
「乱歩さん。僕は本当に感謝しているのですよ。そして、敬愛もしています。だからこそ。だからこそです。だからこそあなたを負かしたいのです」
「夢野さん、ワタクシは美少年以外の方に言い寄られるのはあまりなのですが」
「乱歩さんは酷いことを」

 夢野はテロリストが銃を捨て、降伏をするような体勢をとった。

 欧羅巴ヨーロッパ的とも日本的とも取れない和服と洋服が混じった不格好な服装。
 黒いバックを肩に掛け、より不思議な姿になっている。
 そして絹糸なんかよりも美しく、艶やかな黒髪。
 血でも吸ったかと思われるほど、赤く潤った口元。
 ドールの陶器の様な滑らかな肌。

 彼はこれでもかと云うほど乱歩に見せつけた。

「夢野さん。ワタクシは美しい方も好きですが美少年が好きなのです。今風でいうと、そうですね、ショタが好きなのです」
「釣れませんね」
「夢野さん。あなたの場合、一種の賭け事でしょう」
「ふふふ、さ、す、が。乱歩さん」


「して、夢野さん。本題は何でしょう」
「察しがお早いですね」
 夢野は肩に掛けたバックから小さな手記を取り出した。

「僕が丹精込めた自家製のウミガメのスープ。どうぞ、召し上がってください。覚める前に」
「冷めるではなく、覚めるですか」
 乱歩は不敵な笑みを浮かべる。
「ええ、勿論です。乱歩さん、貴男あなたが飽きてしまっては元も子もないですからね」
「しかし、ウミガメのスープなどと云った高級品。一人で食べるにはいささか贅沢すぎますね」
「あなたは何方どなたとお食事に」
「そうですね……」

 乱歩は知り合いが居ないか周囲を見渡す。
 ここはミステリのコーナーだ。誰か知り合いが居ても可笑しくないだろう。
「せっかく食卓を囲むのですから、親密な方が良いですね」
 彼は、ミステリのコーナーからSFのコーナーに目を向ける。
「おや」
 彼は立派な口髭を生やし、スーツを完璧に着こなした英国紳士と目が合った。
 英国紳士は彫の豪華な杖を左手に持ち乱歩に近づく。
 杖を持っているとは言え、まだ二十代後半の様だ。痩せてはいるが筋肉質の肉体。彫が深く整った顔立ち。
 つばが二つ付いた鹿打帽子。
 シャーロック・ホームズ英国の名探偵。そう形容したいほど彼にそっくりだった。

「やあ、久方ぶりだね。乱歩君」
「ドイルさん。好かったら、ウミガメのスープでも召し上がりませんか。こちらにいらっしゃる、夢野さんが御馳走してくれるそうですよ」
「はじめまして。夢野久作と言います。生前は日本の探偵小説家です。乱歩さんと同じ。『ドグラ・マグラ』。僕の代表作です。以後お見知りおきを」
「こちらこそ、よろしく。久作君。私の名前はアーサー・コナン・ドイル。『失われた世界』や『妖精物語』などを書いていた。けれど悔しいことに『ホームズ』の作者。と言った方が伝わりやすいね。これから御贔屓に」
 ドイルは帽子を恭しく礼をした。
「久作君、本当に私もご馳走になって良いのかい」
「ええ、勿論です」
「では、遠慮なく味わわせてもらうよ」
「さぁ、では開演と致しましょうか」


「乱歩さん。

 ドイルさん。

 お楽しみください。


とっておきのウミガメのスープを。」







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