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第三話 愉快でハイカラな神様
愉快でハイカラな神様 伍
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「私は香果と申します」
「ぼ、僕は八雲です」と香果さんに連られて自己紹介をする。
「オレは藤華でさぁ」
藤華さんは黒猫のまま脱力して挨拶する。
「俺は、月詠だ」
一通りこちらの挨拶が終わると、香果さんいつもの様に質問を始めた。
「君は今、どうなっているか教えてくれるかい。あと名前も解っていたら教えてくれるとうれしいのだけれど」
香果さんは優しく問う。
青年は元気に「はい」と返事をすると話始めた。
しかし、それは所々つっかえていて、言葉を選んでいる様だった。
だが、それも無理も無いだろう。
この状態を話してくれと言われてもそう簡単なものではない。
この浮世離れしすぎた生活に慣れ始めてきた私にも難しいと思う。すらすらと、この不思議で愉快な日常の出来事を話す事は。
「えっと僕は、小野見里蓮と言います。あまり解らないのですが、地縛霊、みたいな感じです」
「君は如何して地縛霊になったか分かるかい」
穏やかな香果さんの声は、静かな海の様で心地が良かった。
「いえ。思い出していないだけかも知れませんが、特に心当たりは……」
「では里蓮君。何故、自縛霊になったのか、心当たりはないのだね」
香果さんがそう訊くと「はい」と里蓮くんは申し訳無さそうに答えた。
「他に何か覚えている事とかは無いかい? 何が好きだったとか、何か運動をしていたとか。本当に些細な事で良いのだけれど」
「すみません。その、高校生だったて事くらいしか覚えてないのです。えっと、その、良く解らないけれど、気が付いたら交差点に居て」
「ですが、ここに来るのも自縛霊なら大変じゃねぇんですかい」
藤華さんは気だるげな目付きのままで的確な質問をした。
彼は弱弱しく「えっと、僕の考えなんですけれど」と前置きをしてから話し出した。
「ここに来られたのは死んでしまってから時間があまり経っていないので、まだ霊力が弱いから、だと思います。他は全く解りません」
彼は申し訳無さそうに呟く。
「その交差点にずっと居なくてもへーきなのか。急に連れ戻されたり、一定以上の距離から出られなくなったりはしないのか」
横槍を入れた月詠さんが不思議そうに、そして好奇心を隠しきれていない表情で質問をする。
「交差点にずっと居なくても無くても大丈夫みたいです。ただ、そこ居ない時は夕暮れくらいになるとなぜだか意識を失って、気が付いたらいつもの交差点に戻って居るんです」
里蓮くんは「でも死人が意識を失うって表現は結構変ですよね」と笑った。
「如何するんだ、コーカ。日が沈むまでは制限時間付きだが、まだ黄昏には時間はあるぞ」
「そうだね。では彼の憂いを晴らしたいところだね。里蓮君、その交差点に案内してくれるかい」
「よし、では俺について来給え。ヤクモ」
そう声が聞こえたのは月詠さんの声だった。
明るく元気な声は、境内の中に歌声の様に響いている。
それは美しいソプラノ奏者様に透き通る声だった。
「ぼ、ぼくですか」
驚いたあまり、声色が引きずった。自分でも変な声が出たと痛いほど自覚した。
「全く、月の旦那が来たら煩くって敵わねえでさあ」
藤華さんは目を半月型にして煩わしそうに月詠さんを睨んでいる。
月詠さんはそんな事お構いなしに黒猫の頬をぷにっと掴む。
「なぁに、煩い奴なら他にも居るだろう。小言が多かったり、歌ばっかり詠む奴も居たりすれば酒ばっかりの奴も、稲荷寿司に目が無い白狐だって居るだろう。俺ばっかりじゃないさ。それにしても猫の頬は本当に柔らかいな」
「今すぐやめるんでさぁ」
猫は死んだ目で彼を睨む。
「なに、減るもんじゃないだろう。それにご利益が付くかも知れないぞ」
「妖怪の猫にこれ以上ご利益はいらねぇってもんでさぁ」
「そうか、それはつまらないな」
そう言って悪びれもなく猫の頬から手を離すと、バレリーナの様に身軽で華麗なステップをする。
そしてそのまま、一の鳥居に向かっていく。
香果さんはそれを見て「やれやれ」と困ったように優しく微笑んだ。
「里蓮君、鳥居を抜けたらその交差点まで案内を宜しく頼むね。私は鳥居まで案内するから」
「香果さんでしたっけ。宜しくお願いします」
里蓮くんはそう言うと頭を下げた。
「頭を上げてくれるかい。これは私のしたい事でもあるからね」
香果さんは母性の溢れる笑みを浮かべた。
そして私達は、一の鳥居へと向かった。
「ぼ、僕は八雲です」と香果さんに連られて自己紹介をする。
「オレは藤華でさぁ」
藤華さんは黒猫のまま脱力して挨拶する。
「俺は、月詠だ」
一通りこちらの挨拶が終わると、香果さんいつもの様に質問を始めた。
「君は今、どうなっているか教えてくれるかい。あと名前も解っていたら教えてくれるとうれしいのだけれど」
香果さんは優しく問う。
青年は元気に「はい」と返事をすると話始めた。
しかし、それは所々つっかえていて、言葉を選んでいる様だった。
だが、それも無理も無いだろう。
この状態を話してくれと言われてもそう簡単なものではない。
この浮世離れしすぎた生活に慣れ始めてきた私にも難しいと思う。すらすらと、この不思議で愉快な日常の出来事を話す事は。
「えっと僕は、小野見里蓮と言います。あまり解らないのですが、地縛霊、みたいな感じです」
「君は如何して地縛霊になったか分かるかい」
穏やかな香果さんの声は、静かな海の様で心地が良かった。
「いえ。思い出していないだけかも知れませんが、特に心当たりは……」
「では里蓮君。何故、自縛霊になったのか、心当たりはないのだね」
香果さんがそう訊くと「はい」と里蓮くんは申し訳無さそうに答えた。
「他に何か覚えている事とかは無いかい? 何が好きだったとか、何か運動をしていたとか。本当に些細な事で良いのだけれど」
「すみません。その、高校生だったて事くらいしか覚えてないのです。えっと、その、良く解らないけれど、気が付いたら交差点に居て」
「ですが、ここに来るのも自縛霊なら大変じゃねぇんですかい」
藤華さんは気だるげな目付きのままで的確な質問をした。
彼は弱弱しく「えっと、僕の考えなんですけれど」と前置きをしてから話し出した。
「ここに来られたのは死んでしまってから時間があまり経っていないので、まだ霊力が弱いから、だと思います。他は全く解りません」
彼は申し訳無さそうに呟く。
「その交差点にずっと居なくてもへーきなのか。急に連れ戻されたり、一定以上の距離から出られなくなったりはしないのか」
横槍を入れた月詠さんが不思議そうに、そして好奇心を隠しきれていない表情で質問をする。
「交差点にずっと居なくても無くても大丈夫みたいです。ただ、そこ居ない時は夕暮れくらいになるとなぜだか意識を失って、気が付いたらいつもの交差点に戻って居るんです」
里蓮くんは「でも死人が意識を失うって表現は結構変ですよね」と笑った。
「如何するんだ、コーカ。日が沈むまでは制限時間付きだが、まだ黄昏には時間はあるぞ」
「そうだね。では彼の憂いを晴らしたいところだね。里蓮君、その交差点に案内してくれるかい」
「よし、では俺について来給え。ヤクモ」
そう声が聞こえたのは月詠さんの声だった。
明るく元気な声は、境内の中に歌声の様に響いている。
それは美しいソプラノ奏者様に透き通る声だった。
「ぼ、ぼくですか」
驚いたあまり、声色が引きずった。自分でも変な声が出たと痛いほど自覚した。
「全く、月の旦那が来たら煩くって敵わねえでさあ」
藤華さんは目を半月型にして煩わしそうに月詠さんを睨んでいる。
月詠さんはそんな事お構いなしに黒猫の頬をぷにっと掴む。
「なぁに、煩い奴なら他にも居るだろう。小言が多かったり、歌ばっかり詠む奴も居たりすれば酒ばっかりの奴も、稲荷寿司に目が無い白狐だって居るだろう。俺ばっかりじゃないさ。それにしても猫の頬は本当に柔らかいな」
「今すぐやめるんでさぁ」
猫は死んだ目で彼を睨む。
「なに、減るもんじゃないだろう。それにご利益が付くかも知れないぞ」
「妖怪の猫にこれ以上ご利益はいらねぇってもんでさぁ」
「そうか、それはつまらないな」
そう言って悪びれもなく猫の頬から手を離すと、バレリーナの様に身軽で華麗なステップをする。
そしてそのまま、一の鳥居に向かっていく。
香果さんはそれを見て「やれやれ」と困ったように優しく微笑んだ。
「里蓮君、鳥居を抜けたらその交差点まで案内を宜しく頼むね。私は鳥居まで案内するから」
「香果さんでしたっけ。宜しくお願いします」
里蓮くんはそう言うと頭を下げた。
「頭を上げてくれるかい。これは私のしたい事でもあるからね」
香果さんは母性の溢れる笑みを浮かべた。
そして私達は、一の鳥居へと向かった。
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