アヤカシ町雨月神社

藤宮舞美

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第三話 愉快でハイカラな神様

愉快でハイカラな神様 漆

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「こんにちは。少し話を訊きたいのだけれど良いかい」

 香果さんは、近くを通っていた女性に声を掛けた。
 彼女は高校生だろう。
 校章の入った制服を少し着崩していて、可愛らしい縫い目のあるローファーを履いていた。
 制服には少し皴があり、ローファーには少しの擦り切れや汚れが所々ある。一年生では無さそうだ。
 まだ学校が始まったばかりだからだろうか、正午を少し過ぎたこの時間帯に下校をしているようだった。

「なになに、訊きたい事って。イケメンのお兄さん達」
 彼女は目を光ら食い気味に言った。
 しかし「イケメンの」お兄さん達とはきっと香果さんと月詠さん、藤華さんの事だろう。
 三人は人間離れしたと言っても良いほどの美貌の持ち主だ。
 実際にこの中の少なくとも二名は確実に人間ではないが。

 月詠さんは「イケメン」と言われて気を良くしたのか、いつもより明るく、聞き取り易い声で質問した。
「嗚呼、この交差点で多分事故があっただろう。俺達はそれについて調べていているんだ。何か知っている事があったら教えてはくれないか」
「なんで、事故の事を……」
 女性は少し訝しげに月詠さんを見つめている。
 先程のグイグイと来る性格と真逆な人間が、彼女の肉体に入っている様だった。

 それほどまでに、女子高校生らしい活発さが一瞬で無くなった。
「だって、あれは……」
 口を噤む彼女に対して、月詠さんは友好的で可愛げのある笑みを浮かべている。

「私達は事故にあった、小野見里蓮君、と言う男の子と知り合いだったのだよ。警察の捜査はまだかかりそうだから、早く真実が知りたくてね。だから、何か些細な事でも良いから、教えてくれると嬉しいのだけれど」
 香果さんはそう言いながら優しく眉を顰めて、申し訳無さそうに微笑む。
 彼女は香果さんの悲しそうな笑みを見た。
 そして、しばらくの沈黙が現れた後、躊躇いながらも、ゆっくりと言葉を搾り出した。
 色白で美しい手が、女々しくも力強く胸元のシャツを握る。

「ここで、亡くなったのは小野見里蓮で間違いない。彼はいつもみたいに部活が終わってすごく疲れた様子で自転車に乗って帰ていたの。ヘトヘトながらに漕いでいるところ、私、見たから」

 言葉を手探りに呟く。

「でもいつも通りじゃなかった。たまたまそこの交差点に車がすごいスピードで走って来た。此処は車も人も全然通らないから。ほら。今も車も人もそうは通っていないでしょ」
 彼女の言う通りだった。
 この道を通ったのは一台の車と彼女だけだった。
「だから二人とも油断してたのね。まぁ私も知り合いから聞いた事だけど」

 彼女は聞き取れないほど小さな声で誰のにも聞こえない様に、それでいて聞いて欲しい様に呟いた。
「こんな事に為るならあいつに一言だけ、馬鹿になって一言だけ、言えばよかった」

 私は里蓮くんを見た。
 彼は何かを必死に思い出している様だった。
 答えが喉元まで出かかってはいるが、何か一番肝心なモノが思い出せない。そんな様子であった。
「ありがとう。教えてくれて」
「どうって事ないよ、イケメンなお兄さん達」
 彼女はそう言うと「あー、ごめん。バイトあるからそろそろ帰るね。バイバイ」と元の陽気な彼女に戻り、笑顔でひらひらと手を振りながら帰って言った。

「里連君、本当に些細な事でも良いのだけれど、何か思い出したかい」
「な、何でしょう。あと少しで思い出せそうですけど、何か一番大事な事を忘れている様な」
 彼は、唇を強く悔しそうに噛み締める。葛藤でもしている様なそんな顔で。
「でも、さっきの話によると、僕は部活の帰りに事故に遭ったんですよね」
「多分そういう事になるな」
 月詠さんはそう答えると首を傾けた。

「コーカ、普通なら自分の死因が判ったら、まず未練は無くなるんじゃないのか」
「確かに死因が解れば憂いが癒えると云う事は多いのだけれど、何とも言えないね。亡くなる前にやりたかった事、やり残した事が未練として残る事も少なくは無いからね」
遺言幽霊ゆいごんゆうれいたぐいか」
「そう、かも知れないね」
 香果さんはゆっくりと瞬きをする。

 何も知らない春の生暖かい風が、こちらの事情なんてお構いなしに、私達の周りではしゃぎ回る。
「そう云えば」
 一つのイベントが私の脳裏に浮んだ。

「如何したんだい」
「えっと、その、確証は無くて、もしかしたらだけど」
「何だ、勿体ぶらないで言い給え」
「新人戦、かも」

 進学、進級して初めての部活の大会。新人戦だ。
 先輩が卒業した後、一年間の練習の成果をみせる大会だ。
 私は中高共に文化部だったので新人戦は無かった。
 しかし運動部はどの部活も一試合でも勝ちたいと云う程の気合であった。
 新人戦に向けて必死に練習している中、不慮の事故に巻き込まれて試合に出られないのはあまりにも残酷だ。
 きっと「悲しい」「辛い」なんて言葉では表せられないだろう。

「ああ、そうだ。そうだ。俺、新人戦の練習の後、疲れきっていて。それで」
 里蓮くんは顔に手を当てて静かに泣き出した。
 言葉に成ら無い感情を必死に自分の口から紡ぎ吐いていた。

「違う。違う、違うはずだ。どうして、どうして俺なんだ。人一倍練習だってした。先輩にだって負けないくらいまで成長したのに。どうしてなんだ。大会だってまだなのに。これから予選だっていうのに。どうして、どうして、どうしてどうしてどうして、どうして。どうして俺が死なないといけなかったんだ」
 
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