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 「ああ! レティ、目覚めたんだね。気分はどうだい? 本当によかった! 」

 随分と長い間眠っていたような気がする。
 カシーナ国の公爵令嬢である十八歳のレティは、見慣れた自室で目を覚ました。
 目の前にいるのは婚約者である王太子、ノアである。
 金髪碧眼で見る者全てを虜にするような見た目の王太子は、レティが十四歳の頃からの婚約者だ。
 
 「私……? 」
 「ああ、やはり記憶を失ってしまったんだね。可哀想に。でも私が側についているから、安心しておくれ」

 そう言ってノアはレティの額に手を触れた。
 そしてその様子を、レティの護衛騎士であるステアがジッと見守る。


 レティが何者かの手によって突然呪いにかけられたのは、今から一年前のこと。
 思い当たる節は何もないのだが、ある日を境に体調を崩すことが多くなった。
 手足に力が入りづらくなり、頭も働かない。
 心配した公爵夫妻が国中の名医を集めて診察させたところ、レティの状態は医療の範疇外であると告げられたのである。
 そして代わりに連れてこられたのは、呪術師であった。
 この国では数は少ないものの、呪術を操ることが出来る者が存在している。
 どうやらレティはその呪術の類にかかってしまったらしい。
 かけられた呪いは複雑で、解術はおろか呪いをかけた人物もわからずじまいであった。
 優秀な呪術師達が集められ、昼夜問わずレティの呪いを研究した結果、いくつか分かったことがある。
 それは、このまま呪いが解けなければレティの余命は一年であるということと、レティと心から愛し合っている者の口付けが必要であるということ。
 そして最後に、無事呪いが解けてもその代償として呪いがかけられた前後の記憶を失う、というものであった。


 だがこうして王太子が喜んでいる様子を見ると、どうやらレティの呪いは無事に解術されたらしい。
 そして、解術のためにレティに口付けたのは、婚約者であるノアなのだろう。

 「レティの体調が落ち着いたならば、すぐに式を挙げよう」
 「まだ結婚は早いのではないですか? 確か以前ノア様がそう仰っていたような……」

 これはレティが呪いにかかるよりも、前のこと。
 ノアはレティとの交流にいささか非協力的であった。
 二人の仲を深めるという名目のお茶会に欠席することは日常茶飯事で、彼がエスコートするはずであった舞踏会を、ステアのエスコートで参加したことなど数知れない。
 レティが思うに、ノアには他に好きな女性がいるのだ。
 幼い頃からの政略結婚のため、そこに愛や恋は存在しないことなどわかりきっている。
 レティは別にそれでもいいと思っていた。
 心のどこかでは、自分だけを愛してくれる男性を求めていたのだが。

 「そんなこと、僕が言ったかな? 君の記憶違いではないかい? 君はここしばらく呪いの影響で寝たり起きたりしていたから」
 「そうでしょうか」
 「きっとそうだよ。挙式は半年後でどうだろうか? 」
 「少し早すぎませんか? まだ何も準備も整えておりませんのに……」
 「準備など、どうとでもなるさ。だからそれまでにしっかり体を休めておいてくれ。また来るからね」

 ノアはそう言って城へと戻っていく。
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