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番外編
リンドという男 13
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リンドは早速ローランド辺境伯にシークベルト公爵の座へ復帰しようと思うこと、そして自分の決意について伝えた。
辺境伯はその決意に驚きつつも、リンドを引き留める様なことはしなかった。
「本音を言えば、君にも誰か愛し愛される人ができれば……と思っていたのだがね」
「俺が心から愛しているのは今後もカリーナただ一人です。彼女の幸せを、遠くから見守り支えて行きます」
「リンド君がそこまで言うのならば、もう決意は固いのだろう。私が何を言っても無駄なことくらいわかるからな」
辺境伯は困った様な笑みを浮かべた。
彼がいたからこそ、今リンドがここにいるのだ。
あの時彼の支えが無かったならばリンドは命を絶っていたかも知れない。
「あなた様には、本当に言葉では表せないほどお世話になりました……突然騎士としての任務を離れる自分をお許しください」
リンドは深々と頭を下げる。
「そんなことは気にしなくて良いのだよ。何となく、君がシークベルトに戻ることは予想していたからね」
「ローランド辺境伯様……」
「国王陛下を、王妃殿下をしっかりお支えするのだよ」
リンドが報告を終えて部屋を出ると、そこには神妙そうな表情を浮かべたマリアンヌが立っていた。
「マリアンヌ嬢……」
「すみません。立ち聞きするつもりはなかったのですが……ついお話が聞こえてしまいましたので」
「いや、ちょうどあなたと話す時間を取ろうと思っていたところです」
リンドとマリアンヌは応接間に移動して向かい合い腰掛けた。
「あなたがお聞きした通り、俺はシークベルト公爵の座に戻ろうと思っています」
「……そうなのですね」
「あなたをこのローランド辺境伯邸に残してしまう事は非常に心苦しいですが……サフランがあなたを支えてくれるでしょう」
サフランの名前が出た途端、マリアンヌはハッとしてリンドを見つめた。
サフランとマリアンヌの距離が近づきつつある事をリンドは知っていたのだろうか。
「サフランが俺に言ってきたんだ。マリアンヌ嬢の事が好きだと。これ以上君の気持ちを振り回す様な真似はやめてくれと」
「サフラン様が……」
サフランの胸で大泣きしたあの日以来、マリアンヌの中でサフランの存在が大きくなりつつあった。
リンドに向けた燃える様な恋慕ではないものの、一緒にいると落ち着き安心するような感情で満たされる。
未だにあの告白への返事をすることのできていない自分に後ろめたさも感じつつ、踏ん切りをつけられない気持ちがどこかにあった。
それは恐らくリンドに関係しているのだろうと自分でもわかる。
「俺はあなたに改めて謝らなければならない。かつてシークベルト公爵だった頃、あなたにはひどい仕打ちをしてしまった。そして今回も……俺はあなたの気持ちには応える事ができなかった。あなたはシルビア公爵を出る覚悟までしたというのに」
「そのような……全ては私が自分で決めた事です」
マリアンヌには、聞いておきたい事があった。
それはアマリアとの事である。
リンドはアマリアをシークベルト公爵家へ連れて帰るのだろうか。
そしてアマリアをシークベルト公爵夫人として据えるのだろうか。
「あの……リンド様は、アマリア様を奥様にされるのでしょうか? 」
「……アマリアを? 」
リンドは驚いた様に目を開いてマリアンヌを見つめた。
エメラルドの瞳が困惑で揺れている。
「実は私知っているのです……その、アマリア様とリンド様が……」
実際に言葉にするとなんだか辛いものがあり、マリアンヌの言葉が詰まる。
「何を勘違いしたか知らないが、俺はアマリアとは何の関係でもない。もちろん恋人でもないし、よって彼女を妻に迎えることはない」
「えっ……」
「恥ずかしい限りだが、俺はまだカリーナの事を想っているのだ。もちろん永遠に叶うはずのない想いではあるがな」
リンドはそう言うと、どこか遠い場所を見るように目をそっと細めた。
「だが彼女の生きる未来を守りたい。彼女が幸せに生きていける様に、陰で支えていきたいんだ」
「リンド様……」
「マリアンヌ嬢には本当に辛い思いをさせた。申し訳ない」
「私、もう気にしておりませんわ。カリーナ様は本当に素敵なお方です。あのお方のことを、どうかよろしくお願い致します」
不思議とマリアンヌの胸に苦しみは無かった。
むしろ、今もまだカリーナのことを思っているリンドに安心している自分がいた。
アマリアと彼は何でも無かったのだ。
かつての自分ならばこれで再び自分にもチャンスが訪れたと喜んでいたかもしれないが、今は違った。
もうリンドと結ばれたいという淡い期待は持ち合わせていなかった。
それはサフランと共に過ごす時間が多くなったからなのか、リンドのカリーナへの想いには敵わないと悟ったからなのかはわからない。
だが素直にリンドの新しい門出を応援しようと思える自分がいることに気付いたのだ。
「サフランの事、よく考えてやってほしい。不器用だが良い奴なんだ」
「リンド様に言われなくとも、それはよくわかっておりますわ」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
初めてお互いの本当の思いをぶつけ合った瞬間であったのかもしれない。
辺境伯はその決意に驚きつつも、リンドを引き留める様なことはしなかった。
「本音を言えば、君にも誰か愛し愛される人ができれば……と思っていたのだがね」
「俺が心から愛しているのは今後もカリーナただ一人です。彼女の幸せを、遠くから見守り支えて行きます」
「リンド君がそこまで言うのならば、もう決意は固いのだろう。私が何を言っても無駄なことくらいわかるからな」
辺境伯は困った様な笑みを浮かべた。
彼がいたからこそ、今リンドがここにいるのだ。
あの時彼の支えが無かったならばリンドは命を絶っていたかも知れない。
「あなた様には、本当に言葉では表せないほどお世話になりました……突然騎士としての任務を離れる自分をお許しください」
リンドは深々と頭を下げる。
「そんなことは気にしなくて良いのだよ。何となく、君がシークベルトに戻ることは予想していたからね」
「ローランド辺境伯様……」
「国王陛下を、王妃殿下をしっかりお支えするのだよ」
リンドが報告を終えて部屋を出ると、そこには神妙そうな表情を浮かべたマリアンヌが立っていた。
「マリアンヌ嬢……」
「すみません。立ち聞きするつもりはなかったのですが……ついお話が聞こえてしまいましたので」
「いや、ちょうどあなたと話す時間を取ろうと思っていたところです」
リンドとマリアンヌは応接間に移動して向かい合い腰掛けた。
「あなたがお聞きした通り、俺はシークベルト公爵の座に戻ろうと思っています」
「……そうなのですね」
「あなたをこのローランド辺境伯邸に残してしまう事は非常に心苦しいですが……サフランがあなたを支えてくれるでしょう」
サフランの名前が出た途端、マリアンヌはハッとしてリンドを見つめた。
サフランとマリアンヌの距離が近づきつつある事をリンドは知っていたのだろうか。
「サフランが俺に言ってきたんだ。マリアンヌ嬢の事が好きだと。これ以上君の気持ちを振り回す様な真似はやめてくれと」
「サフラン様が……」
サフランの胸で大泣きしたあの日以来、マリアンヌの中でサフランの存在が大きくなりつつあった。
リンドに向けた燃える様な恋慕ではないものの、一緒にいると落ち着き安心するような感情で満たされる。
未だにあの告白への返事をすることのできていない自分に後ろめたさも感じつつ、踏ん切りをつけられない気持ちがどこかにあった。
それは恐らくリンドに関係しているのだろうと自分でもわかる。
「俺はあなたに改めて謝らなければならない。かつてシークベルト公爵だった頃、あなたにはひどい仕打ちをしてしまった。そして今回も……俺はあなたの気持ちには応える事ができなかった。あなたはシルビア公爵を出る覚悟までしたというのに」
「そのような……全ては私が自分で決めた事です」
マリアンヌには、聞いておきたい事があった。
それはアマリアとの事である。
リンドはアマリアをシークベルト公爵家へ連れて帰るのだろうか。
そしてアマリアをシークベルト公爵夫人として据えるのだろうか。
「あの……リンド様は、アマリア様を奥様にされるのでしょうか? 」
「……アマリアを? 」
リンドは驚いた様に目を開いてマリアンヌを見つめた。
エメラルドの瞳が困惑で揺れている。
「実は私知っているのです……その、アマリア様とリンド様が……」
実際に言葉にするとなんだか辛いものがあり、マリアンヌの言葉が詰まる。
「何を勘違いしたか知らないが、俺はアマリアとは何の関係でもない。もちろん恋人でもないし、よって彼女を妻に迎えることはない」
「えっ……」
「恥ずかしい限りだが、俺はまだカリーナの事を想っているのだ。もちろん永遠に叶うはずのない想いではあるがな」
リンドはそう言うと、どこか遠い場所を見るように目をそっと細めた。
「だが彼女の生きる未来を守りたい。彼女が幸せに生きていける様に、陰で支えていきたいんだ」
「リンド様……」
「マリアンヌ嬢には本当に辛い思いをさせた。申し訳ない」
「私、もう気にしておりませんわ。カリーナ様は本当に素敵なお方です。あのお方のことを、どうかよろしくお願い致します」
不思議とマリアンヌの胸に苦しみは無かった。
むしろ、今もまだカリーナのことを思っているリンドに安心している自分がいた。
アマリアと彼は何でも無かったのだ。
かつての自分ならばこれで再び自分にもチャンスが訪れたと喜んでいたかもしれないが、今は違った。
もうリンドと結ばれたいという淡い期待は持ち合わせていなかった。
それはサフランと共に過ごす時間が多くなったからなのか、リンドのカリーナへの想いには敵わないと悟ったからなのかはわからない。
だが素直にリンドの新しい門出を応援しようと思える自分がいることに気付いたのだ。
「サフランの事、よく考えてやってほしい。不器用だが良い奴なんだ」
「リンド様に言われなくとも、それはよくわかっておりますわ」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
初めてお互いの本当の思いをぶつけ合った瞬間であったのかもしれない。
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