上 下
56 / 65
番外編

リンドという男 8

しおりを挟む

 「リンド様……? 」

 マリアンヌは屋敷の廊下で呆然と立ち尽くしていた。
 その視線の先にはリンドと一人の女性の姿が。

 突然屋敷に帰ってきたと思ったら、何と女性を連れてきたのである。
 リンド曰くアマリアというその女性は、珍しい褐色の肌をしていたがとても美しい人であった。

 リンドはローランド辺境伯に、しばらく彼女を匿ってほしいと頼んだ。
 一体ローランド辺境伯はなぜそこまでしてくれるのだろうかと思うが、もちろん彼は快く了承した。

 マリアンヌはショックを受ける。
 リンドが女性を連れてくるなど、これまで一度もなかった。
 物事に対して常に冷静で、何事にも興味を示すことのない様な彼が。

 そしてマリアンヌは気付いてしまったのだ。
 彼女の。アマリアの瞳に。

 (あの瞳はカリーナ様と同じ……)

 所詮自分はリンドに愛されるわけが無かったのだ。
 そんなこと最初からわかっていたはずなのに。
 偶然にも彼と再会し同じ屋敷で働くことができて、それだけでも幸せだったはずなのに。
 いつのまにか期待をしてしまった自分が恥ずかしい。

 マリアンヌは廊下の隅で俯き、涙を堪えながらリンドとアマリアが通り過ぎるのを待った。
 パタンと部屋のドアが閉まると同時に、マリアンヌの目から堰を切ったように涙が溢れる。



 「どうした? 」

 急に後ろから声をかけられ、マリアンヌがパッと振り向くと、そこにはサフランの姿が。

 「リンドに……あいつに泣かされたのか? 」

 いつも飄々としているサフランにしては珍しく、真剣な表情をしている。

 「あいつのことが、好きなんだろう? 」

 「っ……なぜそれを」

 「君の視線を見てればすぐにわかるよ。君はいつだってあいつのことばかり見てる」

 心なしかサフランの表情は苦しそうだ。

 「私など、あのお方に相手にすらされませんわ。いくら気持ちをお伝えしても、絶対に振り向いてはくださらないのです……」

 「俺ではダメか? 」

 「……え? 」

 マリアンヌは何のことかわからず、瞬きする。
 サフランは一体何を言っているのだろうか。

 「俺は君が好きだ。俺ならあいつと違って君だけを見てる。君を絶対に幸せにできる……」

 「サフラン、様……? 」

 サフランはそう言うと、マリアンヌをそっと抱きしめ涙を拭った。
 そして顔を近づけ触れるか触れないかの口付けを送ったのである。

 「返事はすぐでなくていい。待ってるから」

 サフランはそれだけ言い残すと、去っていってしまった。
 一人残されたマリアンヌは、何が起きたのか信じられずに呆然と立ち尽くす。

 「サフラン様が、私を……? 」

 口付けされたばかりの唇が熱く感じて、そっと指でなぞる。
 マリアンヌにとって初めての口付けは唐突であった。
 リンドで無ければ嫌だと思っていたはずなのに、サフランとの口付けで嫌な気持ちにはならなかった。

 先ほどまでリンドとアマリアの事で泣いていたはずなのに、すっかりそんなことを忘れていた自分に驚く。

 「私……どうすればいいのかしら」

 マリアンヌは寝れない夜を過ごしたのであった。


 同じ頃リンドとアマリアは応接間にいた。
 アマリアはまず侍女達の手により着替えさせられる。
 踊り子特有の露出の多いドレスから、シンプルだが上品なドレスへと身を包んだアマリアの姿に侍女達も感嘆の息を漏らした。
 リンドは着替え終えたアマリアを一目見た瞬間に、自分は間違っていなかったのだと感じた。
 彼女をただのジプシーのまま終わらせるのは惜しい。

 「いいか、これから社交界に出ても恥ずかしくない様な知識や教養を教えてやる。そうすればいずれ外の世界に出ても役に立つはずだ」

 話していながらどこかで聞いたことのあるセリフだとリンドは感じた。

 「なぜここまでしてくれるの? 」

 アマリアは疑念の目を向ける。
 これまでその美貌に近づいてきた数多の男達に騙され、命すら脅かされたこともあった。
 それを乗り越えここまで一人で生きてきたのだ。

 「昔、お前と同じ様な娘を引き取った事がある。お前を見ていると昔を見ている様で、放っておけなかった」

 リンドの言葉にアマリアは目を丸くする。

 「その人は今どうしているの? 」

 「……幸せに暮らしているよ。まあ、お前とは似ても似つかぬほど上品な女性になっているがな」

 リンドは一瞬言葉に詰まりながらも答えた。

 「失礼ね。私だってちゃんとやれるわ」

 「お前のやる気を見せてもらおう。期待しているぞ」


 こうしてリンドとアマリアの猛特訓が始まったのである。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

【完結済】ラーレの初恋

こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた! 死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし! けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──? 転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。 他サイトにも掲載しております。

私のことは気にせずどうぞ勝手にやっていてください

みゅー
恋愛
異世界へ転生したと気づいた主人公。だが、自分は登場人物でもなく、王太子殿下が見初めたのは自分の侍女だった。 自分には好きな人がいるので気にしていなかったが、その相手が実は王太子殿下だと気づく。 主人公は開きなおって、勝手にやって下さいと思いなおすが……… 切ない話を書きたくて書きました。 ハッピーエンドです。

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

処理中です...