55 / 65
番外編
リンドという男 7
しおりを挟む
翌日からマリアンヌはローランド辺境伯邸で働き始めた。
と言っても元公爵令嬢のマリアンヌには慣れぬことばかり。
屋敷の掃除など簡単なことを一つ一つ覚えるだけでもかなりの時間がかかる。
結局あれから1月経つが、リンドとは一度屋敷の中ですれ違っただけ。
それでもマリアンヌは満足していた。
初めて自分の意思で、周りに指図されずに自分の思い通りの人生を送ることができる充実感があったのだ。
「おっ、今日も頑張ってるね~」
「サフラン様。おはようございます」
代わりに毎日顔を合わせるようになったのは、サフランという男。
リンドと同じくローランド辺境伯に仕える騎士である。
「何か困った事はない? あったらいつでも言うんだよ」
屋敷の中で初めて顔を合わせて以来、こうして定期的に声をかけてくれるサフランの存在は、マリアンヌにとっても安心感に繋がっていた。
聞けば元々子爵家の三男であったサフラン。
家督を継ぐ可能性も無く、婿入りするにしても良い条件の家が見つからないため、騎士になったとか。
金髪に碧眼の見た目は多くの女性を虜にするに違いない。
「いつもありがとうございます。サフラン様。お陰様で、何不自由なく働くことができていますわ」
サフランはマリアンヌが元シルビア公爵令嬢であることを知っているのかはわからない。
二人でいる時にそのような話題になったこともなかったし、敢えて自分から話そうとも思わなかった。
「そういえば、リンドの奴見かけたりしたかな? 」
「いいえ。見かけておりませんわ」
唐突に出されたリンドの名にドキッとするが、冷静を装う。
サフランはリンドを探してその場を立ち去った。
同じ頃。
リンドはいつものように屋敷付近の見回りを行なっていた。
相変わらず国中お祝いムードが続き、治安もそれに振り回される。
リンドたちの仕事に終わりはない。
「おや……あれは……」
何やら広場が騒がしくなっており、悲鳴が聞こえる。
見ると一人の女性が複数の男に取り押さえられていた。
「離しなさいよ! 」
「うるさい! ここは商売禁止の場所だぞ! 連行するからな」
どうやら広場で商売をしていた女性が取り押さえられているらしい。
いつもなら何の気なしに通り過ぎるのだが、今日はなぜだかその様子が気になった。
「おい、どうしたんだ」
リンドは騒ぎの中心に向かって歩いて行き、声をかける。
「これは……リンド殿。この女が違反行為をしていまして。ジプシーです」
ジプシーか。
ジプシーは家を持たない少数派の民族であり、踊りや歌を披露したりして生活費を稼ぐ事も多い。
確かに女をよく見れば、褐色の肌に黒髪、肌を多く露出した踊り子のような服を着ている。
だが容姿はかなり美しい。
すると次の瞬間、女が勢いよく顔を上げた。
女と目が合ったリンドは息が止まるかと思った。
女の瞳はカリーナを彷彿させるようなエメラルド色だった。
だがその表情は彼女と違って険しいものである。
「お前は……名はなんと言う」
「名前なんて聞いてどうするつもり? どうせ牢獄行きでしょうに」
女は尚もリンドを睨み付ける。
「いいから、名を言ってみろ」
「……アマリアよ」
「アマリア。お前を捕らえたりはしない。だがここでの商売は認められていない。諦めて他の場所を探すんだな」
「どうせどこへ行っても同じ事。私には帰る家なんて無いの。こうやってお金を稼いでいくしかないのよ! あなた達にはわからないでしょうけどね」
リンドはその瞬間、カリーナと初めて会った時のことを思い出した。
カリーナも祖国が戦争に敗れた事で肉親を失い、天涯孤独の身であった。
「私がお前の身柄を引き受けよう。真っ当な人生を歩めるように手伝ってやる」
気付けばこんな事を口にしていた自分に驚く。
「はあ? 嫌よ、誰かのお世話になるのはうんざりだわ 」
「ではこのまま牢獄にぶちこまれたいか? 」
「……なんて卑怯なの」
アマリアは渋々リンドの言うことに従うしかなかった。
「この女の始末は俺が責任を持って行う。お前達は見回りを続けろ」
リンドはそう言うと、アマリアをローランド辺境伯邸へ連れて帰ったのだった。
と言っても元公爵令嬢のマリアンヌには慣れぬことばかり。
屋敷の掃除など簡単なことを一つ一つ覚えるだけでもかなりの時間がかかる。
結局あれから1月経つが、リンドとは一度屋敷の中ですれ違っただけ。
それでもマリアンヌは満足していた。
初めて自分の意思で、周りに指図されずに自分の思い通りの人生を送ることができる充実感があったのだ。
「おっ、今日も頑張ってるね~」
「サフラン様。おはようございます」
代わりに毎日顔を合わせるようになったのは、サフランという男。
リンドと同じくローランド辺境伯に仕える騎士である。
「何か困った事はない? あったらいつでも言うんだよ」
屋敷の中で初めて顔を合わせて以来、こうして定期的に声をかけてくれるサフランの存在は、マリアンヌにとっても安心感に繋がっていた。
聞けば元々子爵家の三男であったサフラン。
家督を継ぐ可能性も無く、婿入りするにしても良い条件の家が見つからないため、騎士になったとか。
金髪に碧眼の見た目は多くの女性を虜にするに違いない。
「いつもありがとうございます。サフラン様。お陰様で、何不自由なく働くことができていますわ」
サフランはマリアンヌが元シルビア公爵令嬢であることを知っているのかはわからない。
二人でいる時にそのような話題になったこともなかったし、敢えて自分から話そうとも思わなかった。
「そういえば、リンドの奴見かけたりしたかな? 」
「いいえ。見かけておりませんわ」
唐突に出されたリンドの名にドキッとするが、冷静を装う。
サフランはリンドを探してその場を立ち去った。
同じ頃。
リンドはいつものように屋敷付近の見回りを行なっていた。
相変わらず国中お祝いムードが続き、治安もそれに振り回される。
リンドたちの仕事に終わりはない。
「おや……あれは……」
何やら広場が騒がしくなっており、悲鳴が聞こえる。
見ると一人の女性が複数の男に取り押さえられていた。
「離しなさいよ! 」
「うるさい! ここは商売禁止の場所だぞ! 連行するからな」
どうやら広場で商売をしていた女性が取り押さえられているらしい。
いつもなら何の気なしに通り過ぎるのだが、今日はなぜだかその様子が気になった。
「おい、どうしたんだ」
リンドは騒ぎの中心に向かって歩いて行き、声をかける。
「これは……リンド殿。この女が違反行為をしていまして。ジプシーです」
ジプシーか。
ジプシーは家を持たない少数派の民族であり、踊りや歌を披露したりして生活費を稼ぐ事も多い。
確かに女をよく見れば、褐色の肌に黒髪、肌を多く露出した踊り子のような服を着ている。
だが容姿はかなり美しい。
すると次の瞬間、女が勢いよく顔を上げた。
女と目が合ったリンドは息が止まるかと思った。
女の瞳はカリーナを彷彿させるようなエメラルド色だった。
だがその表情は彼女と違って険しいものである。
「お前は……名はなんと言う」
「名前なんて聞いてどうするつもり? どうせ牢獄行きでしょうに」
女は尚もリンドを睨み付ける。
「いいから、名を言ってみろ」
「……アマリアよ」
「アマリア。お前を捕らえたりはしない。だがここでの商売は認められていない。諦めて他の場所を探すんだな」
「どうせどこへ行っても同じ事。私には帰る家なんて無いの。こうやってお金を稼いでいくしかないのよ! あなた達にはわからないでしょうけどね」
リンドはその瞬間、カリーナと初めて会った時のことを思い出した。
カリーナも祖国が戦争に敗れた事で肉親を失い、天涯孤独の身であった。
「私がお前の身柄を引き受けよう。真っ当な人生を歩めるように手伝ってやる」
気付けばこんな事を口にしていた自分に驚く。
「はあ? 嫌よ、誰かのお世話になるのはうんざりだわ 」
「ではこのまま牢獄にぶちこまれたいか? 」
「……なんて卑怯なの」
アマリアは渋々リンドの言うことに従うしかなかった。
「この女の始末は俺が責任を持って行う。お前達は見回りを続けろ」
リンドはそう言うと、アマリアをローランド辺境伯邸へ連れて帰ったのだった。
2
お気に入りに追加
1,414
あなたにおすすめの小説
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
【完結済】ラーレの初恋
こゆき
恋愛
元気なアラサーだった私は、大好きな中世ヨーロッパ風乙女ゲームの世界に転生していた!
死因のせいで顔に大きな火傷跡のような痣があるけど、推しが愛してくれるから問題なし!
けれど、待ちに待った誕生日のその日、なんだかみんなの様子がおかしくて──?
転生した少女、ラーレの初恋をめぐるストーリー。
他サイトにも掲載しております。
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
私のことは気にせずどうぞ勝手にやっていてください
みゅー
恋愛
異世界へ転生したと気づいた主人公。だが、自分は登場人物でもなく、王太子殿下が見初めたのは自分の侍女だった。
自分には好きな人がいるので気にしていなかったが、その相手が実は王太子殿下だと気づく。
主人公は開きなおって、勝手にやって下さいと思いなおすが………
切ない話を書きたくて書きました。
ハッピーエンドです。
好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜
ぐう
恋愛
アンジェラ編
幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど…
彼が選んだのは噂の王女様だった。
初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか…
ミラ編
婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか…
ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。
小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。
お飾り王妃の愛と献身
石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。
けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。
ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。
国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる