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番外編

リンドという男 7

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 翌日からマリアンヌはローランド辺境伯邸で働き始めた。
 と言っても元公爵令嬢のマリアンヌには慣れぬことばかり。
 屋敷の掃除など簡単なことを一つ一つ覚えるだけでもかなりの時間がかかる。
 
 結局あれから1月経つが、リンドとは一度屋敷の中ですれ違っただけ。
 それでもマリアンヌは満足していた。
 初めて自分の意思で、周りに指図されずに自分の思い通りの人生を送ることができる充実感があったのだ。

 「おっ、今日も頑張ってるね~」

 「サフラン様。おはようございます」

 代わりに毎日顔を合わせるようになったのは、サフランという男。
 リンドと同じくローランド辺境伯に仕える騎士である。

 「何か困った事はない? あったらいつでも言うんだよ」

 屋敷の中で初めて顔を合わせて以来、こうして定期的に声をかけてくれるサフランの存在は、マリアンヌにとっても安心感に繋がっていた。

 聞けば元々子爵家の三男であったサフラン。
 家督を継ぐ可能性も無く、婿入りするにしても良い条件の家が見つからないため、騎士になったとか。
 金髪に碧眼の見た目は多くの女性を虜にするに違いない。

 「いつもありがとうございます。サフラン様。お陰様で、何不自由なく働くことができていますわ」

 サフランはマリアンヌが元シルビア公爵令嬢であることを知っているのかはわからない。
 二人でいる時にそのような話題になったこともなかったし、敢えて自分から話そうとも思わなかった。

 「そういえば、リンドの奴見かけたりしたかな? 」

 「いいえ。見かけておりませんわ」

 唐突に出されたリンドの名にドキッとするが、冷静を装う。
 サフランはリンドを探してその場を立ち去った。



 同じ頃。
 リンドはいつものように屋敷付近の見回りを行なっていた。
 相変わらず国中お祝いムードが続き、治安もそれに振り回される。
 リンドたちの仕事に終わりはない。

 「おや……あれは……」

 何やら広場が騒がしくなっており、悲鳴が聞こえる。
 見ると一人の女性が複数の男に取り押さえられていた。

 「離しなさいよ! 」

 「うるさい! ここは商売禁止の場所だぞ! 連行するからな」

 どうやら広場で商売をしていた女性が取り押さえられているらしい。
 いつもなら何の気なしに通り過ぎるのだが、今日はなぜだかその様子が気になった。

 「おい、どうしたんだ」

 リンドは騒ぎの中心に向かって歩いて行き、声をかける。

 「これは……リンド殿。この女が違反行為をしていまして。ジプシーです」

 ジプシーか。
 ジプシーは家を持たない少数派の民族であり、踊りや歌を披露したりして生活費を稼ぐ事も多い。
 確かに女をよく見れば、褐色の肌に黒髪、肌を多く露出した踊り子のような服を着ている。
 だが容姿はかなり美しい。

 すると次の瞬間、女が勢いよく顔を上げた。
 女と目が合ったリンドは息が止まるかと思った。

 女の瞳はカリーナを彷彿させるようなエメラルド色だった。
 だがその表情は彼女と違って険しいものである。

 「お前は……名はなんと言う」

 「名前なんて聞いてどうするつもり? どうせ牢獄行きでしょうに」

 女は尚もリンドを睨み付ける。

 「いいから、名を言ってみろ」

 「……アマリアよ」

 「アマリア。お前を捕らえたりはしない。だがここでの商売は認められていない。諦めて他の場所を探すんだな」

 「どうせどこへ行っても同じ事。私には帰る家なんて無いの。こうやってお金を稼いでいくしかないのよ! あなた達にはわからないでしょうけどね」

 リンドはその瞬間、カリーナと初めて会った時のことを思い出した。
 カリーナも祖国が戦争に敗れた事で肉親を失い、天涯孤独の身であった。

 「私がお前の身柄を引き受けよう。真っ当な人生を歩めるように手伝ってやる」

 気付けばこんな事を口にしていた自分に驚く。

 「はあ? 嫌よ、誰かのお世話になるのはうんざりだわ 」

 「ではこのまま牢獄にぶちこまれたいか? 」

 「……なんて卑怯なの」

 アマリアは渋々リンドの言うことに従うしかなかった。

 「この女の始末は俺が責任を持って行う。お前達は見回りを続けろ」

 リンドはそう言うと、アマリアをローランド辺境伯邸へ連れて帰ったのだった。

 
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