今日であなたを忘れます〜公爵様を好きになりましたが、叶わない恋でした〜

桜百合

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 「アレックス様ったら……メアリーの言う通り、式の前に花嫁の姿を見ることは御法度ですわよ? 」

 アレックスを見上げ微笑みながらそういうと、アレックスは困ったように両手を挙げた。

 「すまない。だがどうしてもそなたに伝えておきたいことがあったんだ……」

 「何ですの? 」

 するとアレックスはこれまでの表情から一変し、佇まいを直してカリーナに真っ直ぐ向き合う。
 アレックスの様子に、つられてカリーナも体が強張る。

 「リンドの事なんだが」

 アレックスの口から出たのは、予想外の言葉であった。
 カリーナはパチパチと目を瞬かせる。

 「リンド様、ですか……? 」

 一体なぜ式の前に突然リンドの話を持ち出してきたのだろうか。
 リンドはあの日城を去ってから行方知れずのままである。
 アレックスすらもその所在はわからないと話していた。


 「あいつは無事だ。生きている」

 「まあ……良かった……本当に良かった……」

 よもや命を落としたのではないかと危惧していたのだ。
 カリーナは安堵しつい涙ぐむが、その様子を苦し気な表情でアレックスが見つめていることに気が付いた。

 「アレックス様。私とリンド様のこと、まだご心配なのですか? 」

 カリーナはそっとアレックスの頬に手を添える。

 「本当に、もうリンド様の事は何とも思っておりません。私がお慕いしているのはあなた様だけ。信じてください」

 「……すまない。本当に器の狭い男だ私は。ここまで自分が狭量だとは思っていなかった」

 アレックスはカリーナの装いが崩れぬように、そっと腰に手を回す。

 「そなたは私だけを見てくれていると言うのに」


 アレックスがここまで不安がるのも、無理はないだろう。
 元々カリーナはリンドに恋をしていたのだ。
 自分に気を遣って一緒にいてくれているのではないか、と心配に襲われる夜がいまだにあることも事実である。

 「今すぐには無理かもしれませんが、徐々にその不安もおさまるはずですわ」

 カリーナは幼な子に話すようにそう諭す。
 以前カリーナがリンドを忘れることができなかった時にアレックスは同じように寄り添ってくれた。
 今度はカリーナがアレックスに寄り添う番である。
 カリーナがそう言うと、アレックスは安心したように表情を和らげて目を閉じた。

 「そなたには敵わんな。私は死ぬまでカリーナに頭が上がらないだろう」

 「これから結婚式だというのに、死ぬなどと悲しい事は仰らないでください」

 「すまぬ、そのようなつもりで言ったのではないぞ。二人で幸せに年を取ろう」

 二人の間には穏やかな時が流れる。

 「リンドは、ローランド辺境伯の元で騎士となり、領地の警備にあたっているようだ」

 先ほどとは違い、アレックスは今回こそはためらうことなくリンドの近況をカリーナに伝える。

 「ローランド辺境伯様の元で、ですか」

 カリーナが王城へ入る際に後ろ盾になってくれ、今度はリンドを助けたと言うのか。

 「なぜ辺境伯様はそこまで……? 」

 「それはわからないが……。当初は下男として下働きをしていたらしいが、リンドの度胸と剣術の腕を辺境伯が見抜き、騎士になるよう勧めたらしい。恐らく辺境伯は元々そのつもりであったのだろうな」

 初めて舞踏会であった時の優しそうな辺境伯の姿が今でも目に浮かぶ。

 ーーローランド辺境伯様、あの時将来を思い描いていた人とは違う人と未来を歩むことになりましたが、私は幸せです。

 城へ入ってからしばらく会うことができていない辺境伯に向けて、カリーナは心で呟いた。

 「シークベルト公爵家も、順調に切り盛りされているらしい。安心してくれ」

 「それを聞けて何より安心していますわ。あそこには私の親しい方々が大勢いらっしゃいますもの」

 「きっと今日の式にも参列してくれているはずだからね。後でゆっくり挨拶するといい」

 ……と、ここまで話したところで何やらドアから殺気のようなものを感じる。

 「やれやれ、メアリーだな。じゃあカリーナ、私はそろそろ行くとしよう。また後で、式で会おう」

 化粧が取れぬように額にそっと口づけると、アレックスは颯爽と部屋を出て行ったのだった。

 入れ違うように入ってきたメアリーは、式が近づいてきたこともあって落ち着かない様子である。

 「もう、あれほど短時間でとお願いしましたのに、国王陛下ったら……」

 「まだそれほど時間は経ってないから、そこまで慌てずとも大丈夫よメアリー」

 ブツブツと小言を言いながら、僅かなドレスの乱れや皺を一つ一つ丁寧に直していく手腕はさすがだ。

 「メアリー、ちょっといいかしら」

 カリーナの問いかけに、メアリーは忙しなく動かしていた両手をぴたりと止めて、カリーナに向き合う。

 「はい、なんでございましょう? 」

 「私、あなたにまだちゃんとお礼を伝えていなかったわ」

 カリーナはメアリーの両手をしっかりと握り、真っ直ぐに目を見つめて話し出した。

 「私が今こうしてアレックス様の隣に立って今日という日を迎えることができたのはメアリー、あなたのお陰よ。シークベルト公爵家にいた時から、あなたにはとても良くしてもらいました。お城へ移ってからはもっとです」

 「カリーナ様……」

 もう既にメアリーの目からは大粒の涙が溢れそうになっているが、カリーナは続ける。

 「あなたもシークベルト公爵家からお城へ移って、慣れないことばかりで大変だったはずなのに……いつも私のことを思って動いてくれたこと、感謝しています。そして、リンド様のことで落ち込んでいた時に、背中を押してくれてありがとう。あなたのあの時の声掛けがなかったならば、私はリンド様との事に踏ん切りを付けることができなかったと思うの。アレックス様のことをさらに傷つけてしまったかもしれないわ」

 だから、とカリーナは続けた。

 「あなたは私にとってかけがえのない人なのメアリー。王妃となってからも不安な事しかないけれど、あなたが隣にいてくれるなら私は頑張れる気がするわ」

 「うっ……がりーなざま……ぐすっ」

 遂にメアリーの涙腺は崩壊したらしい。
 ハンカチを握りしめておいおいと泣く姿に、カリーナも困ったように笑う。

 「もう、メアリーったら……泣きすぎよ。そんなに泣かれたら私まで……」

 「ううっカリーナ様……私の方こそ、あなた様のようなお方にお仕えすることができて、本当に幸せ者です。普通の侍女ならば経験できないようなことを、たくさんさせて頂きました。これからもよろしくお願い致します」

 結局二人して泣いてしまい、慌ててメアリーはカリーナの化粧を直したのであった。


 「さあ、カリーナ様。お時間ですわ。参りましょう」

 「ようやくこの時が来たのね……次にここへ戻ってくるときには王妃となっているのだわ」

 カリーナは遂にアレックスの待つ大聖堂へと歩き始めたのだった。







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