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本編

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 「カリーナ様、本当にお綺麗ですわ」

 「メアリーったら、まだ式が始まってもいないのに泣きすぎじゃないかしら? 」

 「シークベルト公爵家の時からずっとおそばで見守ってまいりましたもの。喜びもひとしおなのですわ」

 メアリーはグズグズと鼻を鳴らして、泣き腫らした目をハンカチで拭く。
 その様子からすると昨夜はほとんど寝れなかったらしい。

 「今日が本番なのだから、くれぐれも体調には気をつけてちょうだいね」

 「はい。カリーナ様にご心配をおかけするなんて、私もまだまだですわね」

 いつも通りのメアリーとの掛け合いに、緊張して凝り固まったカリーナの気持ちも解されていく。

 カリーナとアレックスはようやく結婚式の日を迎えた。
 シルビア公爵邸での舞踏会で二人が出会ってから1年と少し。
 長く険しい道のりであった。


 「それにしても、カリーナ様は本当にますますお美しくなられました」

 カリーナは涙ぐみながらニッコリと微笑んだ。

 今日のカリーナの装いは、まるで女神を想像させるような神々しいものであった。
 真っ白なサテン生地のウエディングドレスは裾に細かいダイアモンドが縫い付けられており、カリーナが動くたびに光を放っている。
 体のラインにフィットした上半身のデザインとは正反対に、腰から下は何層もの布地を重ね合わせて大きく広がるプリンセスラインのものとなっていた。

 ウエディングドレスから覗く胸元も今ではすっかり大人のそれである。
 メアリーは、式の最中にアレックスがその点に気付かないといいがと思っていた。


 「今日のお化粧は、いつもよりしっかりと施させていただきました」

 鏡を見ながら満足げに頷くメアリーの手腕は、以前と変わらず健在である。

 メアリーに促されて鏡を見てみれば、美しく飾り立てられた自分の姿があった。
 目元にはハッキリとしたラインと、紫色のアイシャドウが。
 カリーナの儚げな美しさをより強調させている。
 さらに唇には真っ赤な紅がさされていた。

 首元にはアレックスから贈られたエメラルドの首飾りが。
 同じく耳元にもアレックスからの贈り物が輝く。
 何だかアレックスに包まれているようで恥ずかしくなり、カリーナは視線をずらした。


 長い艶やかな黒髪は大きく巻かれた後に編み込まれ、頭頂部には王妃となる証のティアラが載せられた。
 ティアラはバルサミア王家に代々伝わるものであり、その中央には三つの宝石が並んで嵌め込まれている。

 『中央にあるエメラルドは王妃を。サイドにある二つのルビーは、王妃を守る守護神を表していると言われているのよ。これを、私からあなたに』

 以前アレックスの母である前王妃からそう教えてもらったことがある。
 バルサミアの王家では代々エメラルドの瞳が受け継がれているらしく、その名残で王妃のティアラにもエメラルドが用いられているとか。
 
 王妃を守る守護神のルビー。
 一瞬だけ、リンドの顔が浮かんだのは気のせいだろうか。
 リンドから贈られ、手紙と共に送り返したあの首飾りが懐かしくなり、微笑む。

 リンドの事を思い出しても、もう心が苦しくなる事はなかった。
 彼とのことは良い思い出として、カリーナの中で消化することができていた。
 リンドと出会い、彼を好きになったからこそ、今のアレックスとの出会いがある。
 周りの人を巻き込んでしまったことは心苦しいが、リンドとの出会いに後悔は何一つない。

 「ティアラをつけますと、より一層王妃様になられるのだという実感が湧きますねぇ」

 「本当ね。私の代で途絶えてしまうことのないように、しっかりとお守りしていかなければ」

 こうしてカリーナは、歴代の王妃によって受け継がれてきたティアラを引き継いだ。



 「カリーナ」

 メアリーと鏡を見ながらティアラの美しさに浸っていると、不意に声をかけられた。
 ハッと振り向くと、入り口からアレックスが顔を出している。

 「アレックス様! 」

 「国王陛下、式前に花嫁のお顔を拝見されるというのは、しきたりに反します……」

 この国では、挙式で初めて新郎新婦が対面するのが習わし。
 挙式前の準備中の花嫁の元を、花婿が訪問するなど本来はあってはいけないことなのだが。

 「わかっているんだメアリー。だが式の前にどうしてもカリーナと話しておきたいことがあってね」

 「……国王陛下にそう言われましては、私からはもう何も言えないじゃないですか。……カリーナ様、もうお式まで時間がないんですからね、くれぐれも短時間になさってくださいませ」

 メアリーは後ろ髪を引かれるように渋々と部屋を出ていく。
 彼女が出て行った後ドアがパタンと閉まることを確認すると、アレックスがカリーナに歩み寄った。

 「カリーナ、なんと美しい……」

 まるで女神を見上げるような感嘆の眼差しをカリーナに向けたその表情は、国王ではなくただ一人の男そのものである。
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