今日であなたを忘れます〜公爵様を好きになりましたが、叶わない恋でした〜

桜百合

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 「あなたが……カリーナ様なのですね? リンド様がお慕いしていらっしゃるのはあなたなのですね……」

 マリアンヌは惚れ惚れとカリーナを見上げながらそう尋ねる。
 カリーナはアレックスの隣の椅子に腰掛けると思いきや、シルビア公爵とマリアンヌの目の前まで近づいてひざまづいた。

 「はい。私がカリーナ・アルシェです。この度は、私のせいでご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 カリーナはマリアンヌの目をしっかりと見据え、頭を下げた。
 その表情に嘘はなかった。

 「そのような……お顔を上げてくださいませ」

 マリアンヌがそう告げても、カリーナはしばらく頭を上げなかった。

 「私が……」

 カリーナは頭を下げたまま話し出す。

 「元はと言えば私が……身分を顧みずにリンド様の事をお慕いしてしまったせいなのです。それで皆様を振り回してしまった事、なんとお詫び申せば良いのか……」

 「カリーナ様……」

 「私が何を言っても信じていただけないかもしれませんが……ただ一つだけ。リンド様と私は決して最後の一線を超えるようなことは致しておりません。ただならぬ関係でもありませんでした。それだけは、信じて頂きたいのです……」

 カリーナは平身低頭マリアンヌに謝罪する。
 アレックスも今回はその様子を黙って見守っているようだ。
 
 「頭を上げてくださいませ。不思議なことに、あなた様に対して憎しみの気持ちはありませんの」

 マリアンヌはカリーナの肩に両手を添えて、そっと頭を上げさせる。
 その瞬間カリーナと目が合い、マリアンヌは微笑んだ。

 「最初は、私という婚約者がいるのに他の女性を想うリンド様のことが憎いと感じたこともありました。ですが、その気持ちはすぐに消え去りました。清々しいほどに、あのお方は私のことを見てはいなかったのです」

 カリーナは何も答えない。

 「幼いころからリンド様をお慕いしておりましたが、それこそ私の一方的な片思いでした。父に無理を言って婚約を結んでもらったは良いものの、やはりそれでは上手く行くはずがなかったのですわ。ですがそれでもなお、未だにリンド様のことを忘れることができない私は大馬鹿者です」

 マリアンヌは自嘲気味にそう笑った。

 「そのようなことはないと思うぞ」

 突然、頭上から声が降って来る。
 どうやらアレックスが王座から立ち上がりこちらへ話しかけてきたようだ。

 「本気で人を好きになるとは、そういうことなのではないか? 恥ずかしながら私も、このカリーナと出会ってすっかり彼女の虜になってしまった。最初は無理を言って彼女を城へ連れてきたようなものだったが、彼女への想いが深まるにつれて、彼女が幸せならそれでいいと思うようになった。たとえ別の男を選ぶことになったとしても……」

 「アレックス様、そのくらいで」

 「いや、良いのだ。……だがカリーナはこんな私を選んで一生を共にすると言ってくれた。私は今が1番幸せだ。本気で人を愛することができるマリアンヌ嬢には、同じようにきっと、いつか幸せが訪れるはずだということを覚えていてほしい」

 「国王陛下……」
 「アレックス様……」

 カリーナとマリアンヌの声が重なった。
 二人とも涙ぐみドレスに染みを作っている。
 隣に座っているシルビア公爵は呆然として、言葉を失っている様子。

 「シルビア公爵。此度のことはきちんと王家の方で責任を取らせてもらう。追って沙汰を出すので待っていてくれ」

 「は、はあ……かしこまりました」

 「マリアンヌ嬢、良かったらこの後城でお茶でも飲んでいかぬか」



 「ほお、それではルアナ嬢はそろそろ産み月なのか」

 「はい、もうすっかりお腹も大きくなっておりますわ」

 「幸せそうなら何よりだ。ルアナ嬢には私の都合で婚約を白紙にさせてしまった負い目がある」

 「姉は、かねてよりお慕いしていたお方と結婚致しました。それはそれは幸せそうでございますので、どうかお気になさらないでくださいませ」

    あれからシルビア公爵以外の面々でお茶を飲みながらしばし語らい、いつのまにかカリーナとマリアンヌの間には友情のようなものが生まれかけていた。

 「一度だけ、お姉さまのルアナ様とお会いしたことがあります。とても美しいお方でした」

 「まあ、そうなのですか。お姉様ったら何も仰らないから」

 あまりの居心地の良さに、マリアンヌは一体何のために王城を訪れたのか忘れてしまうくらいである。
 シルビア公爵家にいても、常にリンドとの婚約破棄の話をされるだけである。
 自分の気持ちがほとほと疲れ果てていたのだ、ということを実感した。


 「カリーナ様、よろしかったらまたお城へ伺った際にお会いできますか? 」

 「マリアンヌ様がよろしいのなら、私は喜んで」

 「おやおや、すっかり仲が良くなったようだね」

 あまりの展開の速さにアレックスは苦笑しているが、どことなく嬉しそうでもある。

 「それではまた、お会いしましょう」

 行きとは違い、少し晴れ晴れとした表情を携えながら、マリアンヌはシルビア公爵邸へと戻って行ったのだった。

 
 
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