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本編
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しおりを挟む結局マリアンヌが止めるのも聞かず、シルビア公爵は無理矢理マリアンヌを引き連れて王城へと馬車を走らせた。
「お父様、今更私たちが向かったところで何も変わりませんわ」
「それでも何もせずに指を咥えて見ているよりはマシだろう。あの娘とシークベルトのやつには一言物申してやる」
未だ怒り冷めやまぬ様子の父に、マリアンヌは溜息を落とす。
昔からそうだ。
父は一度そうと決めたら、周りに何を言われても自らの信念を貫くところがある。
「国王陛下、一体どういうことですかな!? ルアナに続き、今度はこのマリアンヌまで。あなたはこのシルビア公爵家を馬鹿にしておられるのか? 」
怒り心頭に城へとやってきたシルビア公爵の剣幕には誰も逆らえず、城へ到着してから異例の速さで国王との対面となっていた。
マリアンヌは初めて会う国王の美しさと、父の剣幕に恥ずかしくなり終始俯いている。
「シルビア公爵、この度は本当に申し訳ないことをした。できる限りそなたの希望を叶えた詫びの品を贈らせてもらいたい」
謁見の間に置かれた王座に座るアレックスは、シルビア公爵の剣幕を目の前にしてもさほど驚いていない様子だ。
「詫びの品などで済まされる問題ですかな? そもそも、陛下の婚約者であるカリーナ嬢はシークベルト公爵と以前からただならぬ関係で、駆け落ちなさったとか。陛下はそれでよろしいのですかね」
カリーナの名前が挙がった途端に、アレックスの表情が変わった。
「そなた。言っていいことと悪い事があるのではないか? 」
明らかにアレックスの逆鱗に触れたようであるが、父は意にも介してない様子。
「お父様! それ以上はおやめくださいませ! 」
「うるさいぞマリアンヌ! お前ももっと強くならんか! お前のことだろう」
父に何か物申したところで、倍返しになって返ってくるだけである。
マリアンヌはそのまま下を向いて黙ってしまった。
「シルビア公爵、そなたは何か思い違いをしているようだな」
シルビア公爵は答えない。
「我が婚約者カリーナは、シークベルト公爵と駆け落ちなどしておらぬ。それに公爵とただならぬ関係にあったというのも噂に過ぎぬ。そなたもよく存じておるだろう、王家に嫁ぐものは純潔でなければならない。カリーナがシークベルト公爵とそのような関係であるならば、王妃となる事ができないというのが、わからないのか」
「ですが陛下、シークベルト公爵がカリーナ嬢を求めて城へ向かったというのは紛れもない事実ですぞ。シークベルト公爵に対してどのような罰をお与えになるのですかな」
まさか、とシルビア公爵は続ける。
「執務を手伝う優秀なお従兄弟を、庇うような真似をなさるおつもりかな? 」
国王アレックスに向けてこのような物言いをすれば、普通ならば即刻で投獄されるであろう。
だがバルサミアにおけるシルビア公爵家の力は無視できぬほどに大きい。
その事を公爵自身も理解しているからこそ、より態度が大きくなっているのだろう。
「シークベルト公爵は、その座を降りた。本日よりリンドというただの一人の男となっている」
「な、なんですと!? 」
アレックスの言葉に、シルビア公爵を勢いよく頭を上げて目を見開いた。
隣に控えていたマリアンヌも思わずえっと声が漏れる。
リンドがシークベルト公爵の座を降りてただの男となってしまった。
これで公爵令嬢である自分がリンドと結婚できる可能性は皆無だ。
元々婚約は破棄されるものだと思ってはいたものの、衝撃の事実を突きつけられて息が苦しくなる。
「言葉の通りだ。自らの意思で公爵の座を譲りたいとの話があってな。シークベルト公爵家は、ローランド辺境伯が責任を持って支えていく所存だ。そなたはこれを聞いても、まだリンドにこれ以上の罰を与えるべきと考えるか? 」
「で、ですが国王陛下……マリアンヌはどうなるのですか!? 好いた男に裏切られた娘の気持ちは!? 」
「お父様、もうやめてください」
「マリアンヌ……」
気付くとマリアンヌは泣いていた。
シルビア公爵は娘の涙に、先ほどの剣幕が嘘のようにオロオロと慌て出す。
「これ以上、私に恥ずかしい思いをさせないでくださいませ……」
父がアレックスに物申す度に、マリアンヌは心の傷を抉られたように感じた。
リンドに選ばれなかったという事実を、何度も突きつけられることが辛い。
何より父が抗議すればするほど、リンドとの距離がより一層遠ざかっていくような気がする。
「マリアンヌ……」
「マリアンヌ嬢、この度のことは私からも謝罪させてほしい。あなたに非があった訳ではないという事だけはわかっていてほしいのだ」
アレックスはマリアンヌに説くように話しかける。
「あなたは心優しく、素晴らしい令嬢だ。必ずまた良い縁に巡り合えるはず。私も最大限の力添えをしたいと思っている」
「国王陛下……」
と、その時であった。
「私からも謝罪をさせていただきたいのです」
鈴が鳴るような声が謁見の間に響いた。
シルビア公爵とマリアンヌが声の方に顔を向けると、薄紫色のドレスに身を包んだ美しい女性が後ろから歩いてくる。
ーーなんて美しいお方なの。
艶めく黒髪に、国王とリンドと同じエメラルドの瞳、肌は雪のように白く唇は薔薇のように赤い。
自分と同じ人間であろうかと信じられない思いでマリアンヌはその女性を見つめる。
隣のシルビア公爵も同じ様子らしい。
二人ともあまりの美しさに、女性から目を離す事も、言葉を発することもできないでいた。
「カリーナ、なぜそなたが!? 」
沈黙を破ったのは国王アレックス。
愛しい人の予想外の登場に、戸惑いを隠せない様子。
「どうしても、いても立ってもいられなくなったのです。勝手な振る舞いをして申し訳ありません」
「いや……謝らなくていい。だがそなたが傷つくようなことがあったら……」
アレックスは、先ほどのようにシルビア公爵がカリーナの事を悪く言い、それがカリーナの耳に入る事を恐れているらしい。
「私なら大丈夫ですわ。ご心配なさらないで」
「そうか……それならいいのだが……」
二人のやり取りを見ているだけで、国王アレックスがこの女性の虜になっているというのは一目瞭然であった。
そしてこの麗しい天使のような女性こそが、リンドの想い人であるカリーナ本人だということも。
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